#一年後
先代魔王と勇者の決戦以降、誰も立ち入ることのなかった小さな島、ホイロ島に上陸する。
むき出しの岩々と、勇者の剣が封印されている城以外、なにもない荒野に風が轟轟と吹く。
「行くぞ」
銀髪と真紅のマントをなびかせながら、塔に向かって一歩一歩、力強く踏み出す。
お気に入りの暗黒アーマーは1年前よりもキツく、軽く感じた。
多少ついた筋肉を少し誇らしく思いながら、黒光りするほど磨き上げた魔笛兼鎌を強く握る。
ついに決戦の日がきた。
正直なところ、必殺技は完璧に習得することはできなかった。
しかし、我の隣にはストロガノフ、ザンギ、リコッタ、命を預けて戦うことのできる仲間がいる。
必殺技が使えなくとも臆することはないのだ。
ちなみに、ミルクは昼飯を食ってから来るとのこと。
仲間たちと目を配らせ、島の中央にある城を見上げる。
鮮血のように真っ赤に染まった、中世ヨーロッパ風の城は、何もない小さな島に異様な存在感を放っていた。
城のてっぺんには、先々代魔王のファニーなオブジェが掲げられ、グロテスクさの中に茶目っ気を演出していた。
さすが我らの魔王、最高にセンスが良い。
至るところに破壊や焼け焦げた跡があり、先代と勇者による激しい戦いを物語っていた。
「我は魔を継承するもの。いまこそ扉、開けよ!」
おどろおどろしい悪魔が描かれている重厚な扉の前に立ち、手の平を当てて解除の呪文を唱える。
扉は我の手と声を認証すると、ポウッと黒い光で五芒星を描き、ギギギと不気味な音を立て、ゆっくりと開かれた。
魔王でないと開かない扉。
お約束で非常にカッコイイ。
勇者よ、扉が開かずに困るがよい。
ちなみに、いまのシーンは機会があったら動画配信する予定だ。
ぜひ楽しみにしていただきたい。
エントランスを抜け、階段を上ると塔の中央に位置する閲覧の間に出た。
展望と外部からの侵入者をひと目で確認できるようガラス張りになっており、塔の中とは思えないほど広く感じた。
まぁ、ほとんどが破壊され、窓枠からなくなっているけど。
中央には王座があり、その隣には鏡のようにまばゆい光を放つオルハリコンの刀身、柄には精霊の横顔が刻まれた、ひと目で勇者のものとわかる剣が突き刺さっていた。
弱弱しい暗黒の蔦が、刀身から放たれる、まばゆい白銀の光をかろうじて押さえている。
「間もなく封印が解けるだろう……」
誰にいうまでもなく呟くと、焼け焦げた王座に向かってヒザを付き、命をかけて時間を作ってくれた先代に敬礼した。
「先代魔王はどんな気持ちで勇者を迎えたのだろうか……」
祈りを込め、いまだ焼け焦げた匂いのする王座に腰を掛ける。
「我も今日、あなたたちと同じ日を迎えています」
果てなく続く水平線と、大空に小さな点を描く鳥を眺めながら思いをはせる。
まだ、修行が足りないと、不安に思う気持ちはある。
でも、先代魔王からもらった時間の中でやれることはやった。
これがいまの自分だ。
どうあがいても持てる力で挑むしかないのだ。
しかし、結果はどうであれ、何もしなかったときより、自分のことが好きになれた。
それだけでも、大きな収穫ではないか。
そう思うと、高まっていた鼓動が徐々に落ち着き、驚くくらいクリアな気持ちになった。
「魔王として誇らしく戦おう」
覚悟を決めて、再び大空を眺めたとき、先ほどまで小さな点だった鳥が、まんじゅうサイズまで大きくなっているのに気が付いた。
「あれ? もしかして……?」
空から何かがすごい速さで近づいてきていない?