#だっせぇ
あれから数日後――。
じいさんの治癒魔法で、なんとか起き上がれるまで回復した。
その間、ストロガノフやリコッタ、ミルクが代わる代わる様子を見に来てくれた。
なのに我はずっと寝たふりをしていたのだ。
それは、あんな目に合わせたみんなに合わせる顔がなかったから。
そして、少し回復したことで一気に恐怖が襲ってきたからだ。
初めて死に直面して、本当に恐ろしいと思った。
ものすごい激痛の中、自分という存在が消滅してしまう。
想像していた死とは別次元の恐怖が植え付けられた。
「……………」
現実から逃げるために何度も眠る。
眠っている間は何も考えなくてもいいから。
でも、目覚める度に自己嫌悪に陥る。
こうしている間にも、勇者たちは刻一刻と我に近づいているというのに……。
そして、決まって浮かび上がる答えの出ない問い。
「これから……どうしよう……」
もう一度、勇者と戦うとしても、もうみんなを巻き込むなんてできない。
かといって、ひとりで立ち向かったとしても、勇者たちにあっという間に殺されるだろう。
女々しいが、あんな形でバレてしまったトルテちゃんにも会いたくない。
「このまま、魔王も勇者も関係ない世界に逃げ出したい……」
窓に浮かぶ真っ赤な三日月を眺めて小さく呟いた。
そのとき、遠くからドカドカと廊下を歩く音が聞こえた。
足音は我の部屋の前で止まると同時に扉が乱暴に開かれる。
慌てて布団をかぶり、眠ったフリをした。
「おい、起きてるんだろ?」
うっすらと目を開けると、ストロガノフがベッドの横に立っていた。
まだ、誰とも話す気持ちになれなかったので、目を閉じて狸寝入りをした。
すると、ヒジを曲げたストロガノフが、我の腹めがけて全体重で落ちてくる。
「ぐっふーーー!」
予想外のエルボーをくらい、つぶされたカエルのように絶叫する。
「いいてててて‼︎‼︎」
腹を押さえてベッドの上をのたうち回った。
「やっぱり起きてるじゃねーか」
「こっ、こんなことをしたら、誰だって起きるよ!」
涙目でゲホゲホとえづきながら反論した。
「いつまでも寝てんじゃねえ! このままじゃ納得いかねぇから、もう一度、勇者と戦うぞ!」
「でっ、でも、まだ、傷も治ってないし……」
「オメェはもう、起き上がれるんだろうが! ザンギは、まだ上半身しか起こせないけど、鉄アレイを振って鍛えてんぞ」
じいさんが褒めていただけあって非常にタフである。
いや、そんなことはどうでもいい。
「無理だよ……」
「はぁ? なんでだよ?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔でストロガノフが我を見る。
我はストロガノフを見ることができず、下を向いて拳をぎゅっと握った。
「だって……、だって、怖いんだよ……」
剣で切られてときに痛かった。
雷撃が体を走ったときに死を意識した。
何度眠っても、体が回復しても、一度知ってしまった恐怖をぬぐえない。
「自分が殺されるのも怖いし、相手を殺すのも怖い‼︎‼︎ 我のせいでリコッタが、ザンギが、死にそうな思いをした。これ以上、みんなを巻きこむのもイヤなんだよ‼ なのに、なんで戦わないといけないんだよ‼︎‼︎」
鼻と喉の奥がツンと熱くなった。
「我は学校を休んだら、みんなに押し付けられただけなんだよ‼︎‼︎」
一度言葉にすると、堰を切るように気持ちが溢れてくる。
「最初から、魔王になんてなりたくなかったんだあああぁぁぁぁあああああ‼︎‼︎‼︎‼︎」
両手でベッドを思い切り叩いて、心の底から叫んだ。
頬を伝う涙が熱かった。
ストロガノフは腕を組み、ため息をつくと我をじっと見つめた。
「で? 怖いから、魔王になりたくないからって、そのままウジウジしてて解決するのかよ。なにもしないで死ぬのを待つより、少しでも可能性にかけようとも思わねぇのかよ」
ストロガノフが言っていることが正しいのはわかっていた。でも、いまの我にはそれを受け入れられる余裕なんてなかった。
「元から強いストロガノフに、魔王史上最弱の我の気持ちなんてわからないよ‼︎‼︎」
「戦おうともしないヤツの気持ちなんざ、わかりたくもないね」
カッとして言い返した我を、ストロガノフは冷めた目で見返した。
「つーか、最弱ってわかっているなら、何でなにもしねーんだよ。もういいわ。死ぬまでそうしてろ。俺らは勝手にやるからな」
だっせぇと言い残すと、ストロガノフは一度もこっちを見ずに部屋から出ていった。