#バーサーカー
「うおおおお!」
気合いとともに勇者がザンギに向かって一直線に走り出す。
同時に、神官は純銀の槍を天に掲げて神に祈りを捧げる。まばゆい光が勇者の体を包んだ。攻撃力の高いザンギに少しでも対抗するため、神の加護によって防御力を上げたのだろう。
「くらえっ!」
勇者は剣を大きく振りかぶり、ザンギの首元に向かって振り下ろした。
ザンギは気を集中させて、鋼鉄のようになった左腕で剣を受け止めると、勇者の腹に向かって右の拳を放った。
勇者はとっさに後ろに飛んで衝撃をかわす。
「氷の刃よ! 切り裂け!」
勇者がザンギから離れたところを狙って、魔法使いが氷の呪文を唱える。
ザンギは体に纏った青い炎を解き放って、氷の刃を打ち消した。
「はあああ!」
体制を立て直した勇者が、今度はザンギの左胸を狙って鋭い突きを放つ。
ザンギは体をひねってかわしながら、勇者の頬を思い切り殴りつけた。
「ぐっ!」
勇者は靴底を擦って踏ん張ると、素早く離れながら、雷の呪文を唱え、激しい稲妻を振り下ろした。
ザンギは大きく飛び跳ねて直撃をかわす。
ピンとした緊張感がホールに張りつめる。
「強い……」
勇者は呟くと、血の混じった唾を吐き出した。
「こんなもんじゃねーだろ。ガッカリさせるな」
戦いに高揚したザンギは、爛々とした目で、指を手前に引き、かかってこいと合図した。
「それは、こっちのセリフだ!」
勇者は再び剣を構えると、ザンギに向かって振りかざした。
勇者が剣でザンギに傷を負わせれば、ザンギが拳で勇者を殴りつける。
一進一退の攻防が続いた。
「…………」
両者の凄まじい気迫と戦いに、神官と魔法使いは間に入ることができず、様子を見守っていた。
巻き添えを食らった像や彫刻が、両者の身代わりにバラバラと音を立てて崩れ落ちた。
リコッタを探すため、何度も拳を打ち込んでいたザンギは、普段ならとっくに限界がきていたはずだろう。
なのに、拳を打つほど、頭と体が研ぎ澄まされていった。
「おもしれぇ」
命をかけたギリギリのやり取りが、本能を目覚めさせるように、ザンギの血を熱くたぎらせた。
よけきれなかった剣先が頬を、腕を、腹を引き裂くも痛みを感じなかった。
「バーサーカーみたいな気持ちだな」
目の前の敵を倒せれば、どれだけ傷ついてもかまわなかった。
「おらっ‼︎」
ザンギは勇者の放った剣を、上体を低くしてかわすと、胸に強烈な一撃を叩き込んだ。
「がはっ‼︎」
吹き飛ばされた勇者は、背中から壁に叩きつけられる。
気持ちは立ち上がろうとするも、体が言うことを聞かず、その場から動けない。
「アルス!」
神官と魔法使いが血相を変えて勇者に駆け寄る。
神官は神に祈り、勇者を回復させようとするも、ザンギが間髪入れず拳に力をためる。
「楽しかったけど、これでお終りだ。全員、粉々にしてやるよ」
ザンギの体から轟轟と青い炎が吹き出した。
絶体絶命を理解した勇者たちの顔には、絶望が浮かぶ。
ザンギはニヤリと笑い、すべての力を拳に込め、特大の衝撃波を放った。
「くらえ‼︎‼︎」
パラパラと砕けた壁や石像が音を立てる。
「うううっ……」
ザンギの衝撃波が直撃した勇者と魔法使いは、壁に体をしこたま打ち付けて意識を失った。
「はぁ、はぁ……、はぁ」
全精力を使い果たしたザンギが肩で息をつく。
ドクドクと体中の血が脈を打ち、滝のような汗が体を伝った。
ふと、顔を上げると、目の前に神官が立っていた。
「まだだ! 僕がいる!」
像の影に姿を隠し、難を逃れた神官は、ザンギに向かって駆けだすと杖を振りざした。
体力は限界を迎えているとはいえ、非力な神官の攻撃など、ザンギにとって取るに足らないものだった。
振り下ろされた杖を素手で掴む。
「おい、いいのか? 紫色の髪の女がどうなっても」
薙ぎ払おうとした瞬間、神官の口から、耳を疑う言葉が発せられた。
いつも読んでくれてありがとうございます。
そろそろ物語が動き始めます。
引き続きお付き合いただけると嬉しいです。
読んでもらえて幸せです。
感謝してます。