#切実なお願い
「ここにいます! あなたは?」
トルテちゃんは、牢の扉の前に立つと、声に向かって呼びかけた。
「誰かわからぬが、頼む! ワシをここから出してくれええぇえ‼︎‼︎」
扉の奥から、唯一の希望にすがろうとする悲痛な声が聞こえる。
トルテちゃんは、のぞき穴に目を合わせて、中にいる囚人の姿を確認した。
「あなたは……、ジョナ村にいらっしゃいましたよね⁉︎ 私、勇者と旅をしているものです!」
「おおおおお‼︎‼︎ 勇者一向の者とは! 神は、まだワシを見捨てなかったあああぁあ‼︎」
絶叫している中年男に、トルテちゃんが問いかける。
「ジョナ村で修業しているときに、あなたのお姿を拝見しました。なぜ、ジョナ村にいたのですか? そして、どうして、牢に閉じ込められているのですか? 教えてください! いま、テニース国に、何が起こっているのですか!?」
「ワシは……、この国の大臣。いや、正しくは大臣だった者じゃ……」
覇気のない声で大臣がポツリポツリと話し始める。
「数日前、妖艶な女がやって来て、怪しげな術を使って国王をはじめとする城中の男を、あっという間に奴の配下にしてしまった。そして、操られた国王は、勇者の盾を女に渡してまったのだ」
トルテちゃんが大きく目を見開き、息を飲む。
「ワシは救いを求めてジョナ村へ行ったが、乱心したと思われたがな。仕方なしに、ひとりで女に立ち向かったが、返り討ちにあって、気付くと檻の中じゃ……」
大臣の声は、途中からは涙まじりとなった。
「その操りの術を使った女性とは、一体どんな人なんですか?」
トルテちゃんが神妙な面持ちで問う。
「ヤツは紫色の髪と瞳を持つ妖艶な魔族じゃ。男を骨抜きにする魔術を使う。強靭な精神を持つ、国王でさえ惑わされてしまったのだ。並の者では到底、太刀打ちできまいぞ」
大臣の言葉が次第に強くなる。
「いいか、人間のような姿と、美しい外見に騙されてはならぬ! 奴は恐ろしい女じゃ!」
トルテちゃんはハッとした顔をして小さく呟いた。
「勇者が、アルスが危ない……!」
「こちらからは、貴公の姿は見えぬが、どうか頼む! 国王を、テニース国を元に戻してくれ!」
大臣が懇願する。トルテちゃんは落ち着きを取り戻すようにゆっくりと深呼吸する。
「必ずしも。勇者とともに、この国を本来の姿へと導きます。いまは、鍵がないから、あなたを出してあげることはできません。でも、必ず救出します。それまで待っていてくださいね」
分厚い木の扉に手を添えると、大臣に誓った。
扉の向こうから、むせび泣く声が聞こえた。