#君の名は、#我の名は
「ここは……?」
時空の割れ目を抜けると城の地下室のような場所にいた。
「山奥村の隣にあるサイゼ城です。先代の勇者様が、今日のような魔物の襲撃に備えて、王様と協定を結んでいたの。村人たちはしばらくここに住みながら村を再建するわ」
キョロキョロしている我に女が説明する。
ふと、手を繫いだままだということに気付き、お互いに少し顔を赤らめながら手を離した。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はトルテ・ザッハ。トルテって呼んでくださいね」
女、いやトルテちゃんが、優しさの滲み出る人懐っこい笑顔を浮かべた。
「わ、我の名は⋯⋯⋯⋯」
じわじわとこみ上げる、熱い気持ちを噛みしめながら、名乗ろうとした瞬間、
「いや~ヤバかったね! マジでギリギリだった! しかし、あのオーガたち強かったなぁ~」
「確かに。あと少し遅かったら、やられていたかもしれないね」
ムードをぶち壊すデカい声。
勇者と神官。本日のMVPのお出ましだ。
「あ、君! もう大丈夫?」
我に気付いた勇者と神官が近寄ってくる。
まったくもって大丈夫ではない。お前をぶちのめす計画は台無しだ。
空気を読めない勇者は、さらにおしゃべりを続ける。
「笛を吹きながら現れたときは、本当に驚いたよ。てか、その笛カッコイイじゃん! 自分で作ったの? もう一回吹いてみてくれない?」
やめてくれ。もう、魔笛に触れるのはやめてくれ。
苛立つ我をおかまいなしに、勇者はガンガン距離を詰めてくる。
こうなったら、この場で魔王様が引導をくだしてやろう。
「わっ、我は魔王っ! キッ貴様の命もここまでよんっ!」
慣れない大声で叫んだために、声が裏返って少し噛んでしまった。
しかし、そんなことにはかまってはいられない。
勇者に向かって、魔笛兼鎌を振りかざす。
「コイツ! まだ混乱しているぞ!」
背後から村人の声が聞こえた瞬間、ものすごい眠気が襲ってきた。
どうやら、神官に眠りの呪文をかけられたようだ。
再び目が覚めると、地下室の隅っこに寝かされていた。
中央では、勇者と神官がいまだ村人たちにチヤホヤされている。
もう、魔王城に帰ろう⋯⋯⋯⋯。
人目につかないように、地上に繋がる階段を、音を立てないようにそっと踏み出す。
「なぁ、ばあさん。馬の糞を保管していた、神殿裏の扉が開かなかったんだが、サビちまったのかのう?」
じじいの声が聞こえた。
勇者よ、今日のところは見逃してやる。
命拾いをしたな。




