#疑問、#神聖魔法
「大丈夫、怖くないよ」
「なんてったって勇者様がついているからね!」
村人が代わる代わる勇気づけてくる。
なぜ、魔王が村人たちとともに避難しているのだろう? 状況がまったく理解できない。
ふと横目で見ると、勇者と神官がヤンキーたちと果敢に戦っていた。
(あんな凶悪なオーク族に戦いを挑むとは。なんと勇気ある者よ⋯⋯⋯⋯)
奴らを見ながら、頭の中で勝手にナレーションをつけて現実逃避していると、再び女が近寄ってきた。
「旅のお方、気分は落ち着きましたか?」
なぜだろう。この女を見るとドキドキしておしゃべりできない。思わず目を反らした。
「ふふ。落ち着かないですよね。でも、ここには村人たちがいます。どうか気を安らかに」
女の優しい微笑みと声のトーンにつられて、逃避した思考が現実に引き戻される。
周囲を見渡すと、村人たちは多少は気を張っているものの平静を保っていた。
(⋯⋯⋯⋯おかしい?)
村の周囲には火が回り、中央ではストロガノフとザンギが暴れている。
絶体絶命のはずなのに、なぜ村人たちは余裕なのだろう?
神殿裏の扉が開かないことに、まだ誰も気づいていないのか?
「あっ、あのっ、どうやって逃げるつもりですか? 逃げ場はないですよね?」
女と話すのは緊張しちゃうけど、ここは状況把握が最優先である。
女が微笑みながら床を指差した。
「このモザイク柄のタイルを、勇者の紋章である”精霊の横顔”に組み替えると、時空の割れ目が現れるの。中に飛び込めば、村の外へ抜けられるわ」
「はぁ⋯⋯⋯⋯。え? ええええええ⁉」
ぐぬぬ、悪趣味なモザイク画にこんな意味があったとは!
(こ、ここ、こうしちゃおれん!)
慌てて戦闘に目を向けると、勇者がストロガノフとザンギの攻撃を一身に受けていた。
神官は離れた場所で様子を見ている。
勇者は盾を使って攻撃を受けているものの、簡素な皮の盾のため、ヤンキーたちの体術から繰り出される、凄まじい衝撃を受けきれずに、体ごと後ろに押されていた。
(いいぞ! その調子だ!)
ストロガノフがザンギに攻撃を託し、深く構えて気合をためる。
体中に赤いオーラが立ち上り、拳が赤い炎で包まれ始めた
(いけっ! 勇者にとどめをさすがよいっ!)
その時、様子を見ていた神官が、胸元で両手を組んで神に祈りをささげ始めた。
神官の手からまばゆい光が溢れはじめる。
神へ祈りを捧げて、味方に有益な恩恵を受ける、神聖魔法を唱え始めたのだ。
(まずい!)
神聖魔法を阻止すべく、神官に向かって走り出そうとした瞬間、
「目をつぶって!」
ふわっと女の柔らかな手が俺の目を覆う。
同時に神官が両手を離すと、目がくらむような、まばゆい閃光が周囲を覆った。
完全に嫌な予感がする。