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君との出会い

 格差はどこにでもある。


 身分の差。貧富の差。努力の差。才能の差。容姿の差。人生の差。趣味の差。


 その点、僕は恵まれていた。――――否、恵まれた。





 意識の浮上。それは夢からの解放を意味する。霞んだ頭で、視界を生み出すことを選択した。

 重い瞼を持ち上げ、徐々に視界を広げていく。飛び込む景色は深紅の天蓋。五年間見続けた景色に異常なし、と一人心の中で確認する。


 記憶よりも縮んだ手足で、触れる度に沈む沼のごとき寝具の上を這いずる。


 ベッドのそばに置かれた棚には、ハンドベルが一つ。鈴の音が鳴れば、ドアよりノック。


 重厚な音と共に入ってくるのは初老の男性。整えられた白髪と、その下には裏の無い笑顔。巌とは違う慈しみを与える美麗。

 執事服に包んだ身を厳格に動かす。キッパリとしたその歩みからは、只人とは違う蓄積された人生を感じさせる。


「坊ちゃま。今朝はずいぶんと早起きなのですね。老骨には応えますぞ」


 ずいぶんと皮肉が上手い。こちらがどれだけ早く起きても寝ている姿を見せないのに。


「爺や。今日の予定は?」


 小首を傾げて問いかける。

 毎朝のように繰り返される日常。日常的な問いに返されたのはしかし、非日常的な答えだった。


「今宵は坊ちゃまの舞台宴がございます。坊ちゃまの将来を決める社交となりますからな。婆やはもう衣装選びに張り切っておいでです。」


 男性――――「爺や」は、はっきりと答える。

 一日の予定に比べ、小さな朝の予定。毎日のように聞いてきた朝の予定を反復される。


「ここから朝の祈りがございます。父君と母君も待っておいでです。祈りが済みましたら、いつも通りに朝食へ。そこから王都へと出かけます。

 幸いにもこの館は王都に近いですからな、馬車で半日もあれば着くでしょう。」


 きびきびと、はきはきと。しっかりと歩むその背中は、いつからかも分からぬ信頼と重責を背負い、罪科と断罪も共に歩む。


 昔、やんちゃをしたと言っていた。

 度々見かける婆やとの喧嘩。その身のこなしは尋常なものではない。


 そんな人物がなぜ、ここで僕の傍付きについているかが理解できない。


 要は尊敬している。

 だが、もし「尊敬している人物は?」と聞かれたならば、僕は答えを決めきれないだろう。


 何せ、家族は皆が良い人すぎる。


 今、「元の世界に戻りたいか?」と聞かれたのならば、間違いなく否と答えるほどに。



 ……でも、あのアニメの二期は見たいな。どうしよう、ちょっと揺らぐかも。

 いや、戻りたくはないかな、あんな世界。

_____________________________________


 うちの公爵領は王領に隣接しており、今夜にあるような王都での行事の場合は、非常に楽で良い。


 馬車に半日揺られながら。

 御者は爺や。馬車内には婆や父さん、母さんも。


「……」

「……」

「……」

「……」


 佇む沈黙が、非常に気まずい。

 ずっと見ている外の景色は、馬に合わせて逃げていく。


 道。草原。林。森。川。森。茂み。草原。草原。盗賊に襲われている馬車。


 直後、衝撃を馬車が襲う。


「何だ!何が起こっている!?一体何があった!?」


 髭を生やした男性―――父さんが吠えるようにが爺やに問いかける。



 一拍遅れて笑い声が馬車を囲む。耳からは笑い声が、窓からは盗賊の姿がその現状を伝える。


「お貴族さんよぉ!命が惜しけりゃ金目の物全部置いていきな!」


「おいおい!どうせ殺すんだろ!?ウソつくなよぉ!」


 品の無い、汚らしい笑い声。


「申し訳ありませぬ、旦那様!()()を下され!」


 それに呼応するように、爺やが叫ぶ。


 


 許可。

 爺やは許可無き暴力は振るわない、と言っていた。唯一の例外は婆やへの反撃だけだと。


「分かった、爺や!この賊共を討伐せよ!」


「御意に。」


 直後、馬車の外が爆ぜ狂う。

 大地がのたうち回り、空間が歪み、衝撃が覆い尽くす。轟音。轟音。轟音。轟音。熱波。

 ひときわ大きな衝撃。


 沈黙。


「旦那様、完了いたしました。周囲の安全確認をするので少々お待ちを。

 …婆や、手伝っておくれ。」


「はいはい、分かりましたよ。

 すみません、旦那様。少しばかり外します。」


「ああ、構わない。ケガ人が居たら伝えて欲しい。」


「御意に。」


 そう言って婆やが外に出る。

 僅かに開いたドアから、血の匂いが漂ってくる。しかし、閉じればもう漂って来なかった。

_____________________________________


「旦那様、旦那様。ケガ人が居ました。ラズルシャーチ家の者と思われます。」


 父さん、母さんの顔に驚きが広がり、共に立ち上がる。


「何、あのラズルシャーチ家が!?ケガは?」


「一人、お嬢様が。申し訳ありません、私たちの手では直すことが出来ません。恐らく、王都の医術士に見せなければ助かりますまい。

 ただ……」


「何だ?」


「あのままでは、王都まで保ちませぬ。」


「僕に任せてよ!」


 僕には、まだ使ったことはないがあるスキルがある。曰く、その名は『治癒魔法』。

 過去の所持者の手記によれば、打撲、切り傷、病、使いこなせば手足の欠損さえも治す。そんな超常の奇跡を起こす秘術。


「僕は『治癒魔法』を使える。……もしかすると、助けられるかも。」


 僕以外の全員に驚愕が伝播していく。それもそうだろう、このスキルを伝えたことも、見せたことももちろんないのだから。

 しかし、それは僕にとっても同じだ。このスキルでどれほど治せるのかは未知数。一方で使いかたは分かる。…例えるなら、バンジー。必要なものは身を委ねることだけ。ただし、初めて経験するまでその感覚はきっと理解できない。


 父さんが爺やを見つめる。いつもの見る目とは違う、問いかけるような目。

 その目に対し爺やは、首肯。


「…お嬢様の所へ案内いたします。」


 爺やは、外に行った。

_____________________________________

「こちらがラズルシャーチ家のお嬢様でございます。私も、多くの戦場を観ましたが、非戦闘員にここまで酷い傷を与えられたのを見るのは……初めてでございます。」


 その少女は美しかった。だが、本来ならその彩を輝かせているであろう顔も、苦痛によって歪んでいる。

 その傷は醜かった。ただ、本来ならその朱が彩るその胴は、盗賊の持っているような乱雑な刃物では付けられないほど、澄んだ傷だった。

 血の降りかかった金髪と、人形のように整った顔。白磁の色の肌が、血の朱を一層引き立てている。


「おそらく、この傷は魔法によってつけられたものかと。思い返せば一人、その心得を持つ者がおりました。」


 魔法。

 それは超常の術。世界の理に反旗を翻し、自らの魔力を以てその理を捻じ伏せる力の総称。筋力を以て重力に打ち勝つ―――空へ跳ぶことと似ている。

 使えるまでにかかる修行は個人差はあれど単位は年。生半可な修行で使えるものではない。されど人生を掛けるだけの価値がある。その術を修める、ただそれだけで傭兵として名を馳せ、学者として名を広め、支配者としてその名を轟かせ得る。


 一方で、生まれた時からその魔法を使える者もいる。

 俗に、スキルと呼ばれるもの。天より与えられた恩寵。

 むしろ、先天的に与えられたスキルを後天的に再現しようとした術の一種こそが、魔法である。


 もっとも、魔法と言ってもその種類は千差万別。魔力を通じて物理的異常を起こすものから、魔力をそのままぶつけるものまで。


 魔力をぶつけられた傷ではそうもいかないが、この傷はあくまでも物理的なもの。単純な傷だから、治すのは簡単だと感覚で判る。


「治せそうですか?」


 首を縦に振り肯定する。


 出来る。本能の奥底、自身の手の動かし方、瞬きの方法、それに類するものが「出来る」と宣言する。


 故に、傷口に手を当てる。体の奥底、世界の裏側、そういった所から力が流れる。

 掌から溢れる燐光。優しく光る黄緑色の光はきっと慈悲だ。優しく、愛おしむようにその傷を修復していく。


「…………これは、素晴らしい。」


 後ろに佇む爺やから、感嘆の言葉が耳に届く。


「素晴らしいですぞ、坊ちゃま。あの深い傷を完治させるとは!

 ………坊ちゃま?坊ちゃま!?」


 もっとも、その声は段々と離れていった。

 ま、大方魔力の使い過ぎだろう。と言うかそれ以外に理由は無いだろ。

_____________________________________


 目を覚ましたのは、寝台の上だった。

 体全体が沈み込むような感覚。露出した肌に当たるなめらかな感触。家の寝台にも引けを取らないその快感が、質の良さを伝えてくる。


「あら、やっと目覚めましたか。間に合ってよかった。舞台宴までもうすぐですよ。お体は傷みませんか?頭痛は?眠気は?無いのでしたら大丈夫です。きっと、魔力を初めて使ったことに体が追いつかなかったのでしょう。」


 口を動かしながら婆やは手も動かしている。そして差し出してきた、時を計る類の道具。


「時間がもうありません。早くお着替えを。」


 それに目を通せば、危機感が鎌首をもたげてきた。もう僅か、着替える時間すらも危うい。

 至急礼服に腕を通し、整える。二、三度はたき、埃を落し、息を整えてから婆やに告げる。


「……行けます。」


 僕の方を見て婆やはまず驚き、そこから微笑。


「……随分と、成長なさいましたね。もう『坊ちゃま』なんて呼べないわ。」


 それに関しては同感だ。生まれ変わって今日までの7年、ずっと「坊ちゃま」なんて呼ばれてきたが、そろそろ辛い。と言うか恥ずかしい。

 もっとも、この先に舞台宴なんて代物が待っていると考えれば、坊ちゃま呼びぐらい大した問題ではないが。

_____________________________________


 荘厳なシャンデリア。煌めきを振り撒く大照明。王都最大の大広間、来客の目を癒やす為に贅を凝らした美の数々、世界に名を轟かせる屈指の豪華さ。全てが最高級品であり、平民には一生触れる事さえ出来ないだろう調度品の数々。

 この国の誇る最高の舞台に貴族、商家、騎士の家系。国を支える上流階級と、やがて国の未来を背負うその子供たちが集まっている。


 つまり、生まれは貴族、魂は平民出身の俺には負担が大きいです。


「大丈夫か?初めて魔力を使ったんだ、無理をしなくてもいいんだぞ。」


 心配そうに声を掛けてくる父さん。正直、大丈夫か否かで考えればかなりヤバい。風邪ひいた時みたいに頭がボーッとするし、距離感が定まらない。

 だが、ここで引いたら僕は二度と貴族になれないだろう。


「大丈夫です。問題ありません。」


 前を見据え、舞台宴の開始を待つ。

 ここまで来て辞退できるほど図太くは無い。


「そうか。

 ……見ろ。宣言が始まるぞ。」


 父さんの指さした先には、壇上に上がる老人の姿が。一段一段を昇っていき、置かれた台の元へと進んでいく。


 ……なんか、校長先生みたいだな。


 そんな感想が零れ出る。そんな俺を見もせずに、壇上の男が口を開く。


「よくぞ、集まられました皆々様。ご子息の晴れ姿をお披露目になられる皆様、また今夜初めてお姿を披露なさる皆様、今宵は存分にお楽しみなされ。

 それでは、乾杯!」


 大人たちが手に持った杯を掲げる。

 これは真似をすればいいのか?他の子供も――――やってたか。安心安心。


 大人達の真似をして手にした杯の中身を飲み干す。口の中に広がる甘味とその中に紛れ込む苦味。

 柑橘に近い気がする。生まれて初めて飲んだ味だ。


 幾つかに分かれたテーブルは、おおよそ階級によって分かれている。

 うちは公爵家らしい。お陰様で王族と同じテーブルである。胃が痛い。


 では、頂きま――――


「申し訳ありません、少しお時間頂いてもよろしいでしょうか?」


 聞いたことのない声が訴えかける。

 振り返ればそこには少女。見覚えが……いや、昼に出会った。話しては無かったが。

 返答に困っていたところを、父さんが助けてくれた。


「何か用かね?」


「あの、傷を治してもらったと聞いたので、お礼をと。」


 臆病気味に答える少女。胸の前に合わせた手を、徐々に下ろしていく。


「改めまして。ジャスミン・ル・ラズルシャーチと申します。此度は命を救ってもらい、ありがとうございました。」


「そういう事だったか。いやいや、すまない。君を救ったのは私ではなく息子でね。出過ぎた真似をしてしまった。」


 そう言いながら、背中を押してくる父さん。やめてくれ。


 一方で、半歩下がり、頭を下げる少女。頭を上げてから、今度は質問を送ってきた。


「あの、名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


 ……名前、か。これを言うと何があるのやら。告白イベか何か?そんなわけないか。泣けてきた。


「僕の名前はアナジス・リ・グランティーニ。覚えていただければ幸いです。」


 その言葉が、まるで重要でもあるかのように、噛みしめるように少女が反復する。


「アナジス・リ・グランティーニ……助けていただき、ありがとうございました。この御恩、一生忘れません。」


 一生……と、言われても。重いんですが。

 その言葉に気圧されていたからか、続いた言葉に気付けなかった。



「……()()()()()()()。」

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