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「パラレルワールド?」
「うん、簡単に言うとね、同じ時間軸に色んな世界が重なり合ってるって
いう概念なんだ」
「何言ってんの、全然分かんないわよ」と彼女は若干呆れたような表情を
浮かべた。
「も、もしかするともう一人の僕とひながココで働いているかも……」と
動揺を隠せない僕に対しひなは驚きもせず僕の手を引くと堂々とお店に
入り込み店員さんに声掛けた。
「あの~ 2人なんですけど」
「いらっしゃいませ! どうぞこちらに」と笑顔のウエイトレスさんに
案内されそのままキッチン近くのテーブルに腰掛けた。
僕たちはとりあえずグラスワインを頼むと彼女はテーブル席側、僕は
キッチン側とお互いの持ち場をそれぞれ観察し始めたがそこにパラレル
ワールドで生存するはずであろう僕たちの姿はなかった。
そしてテーブルにワインが運ばれるとひなは何の躊躇もなく彼女に
尋ねた。
「あの~ ひなさんは今日お休みですか?」
「えっ? ひなさんですか」と一瞬戸惑うような仕草を見せたがすぐさま
「働かれてないと思いますよ」と彼女から明白な答えが返って来た。
「じゃ~ そらさんは?」と繰り返されるひなの問いかけに彼女は
「少しお待ち下さい」とだけ告げ、キッチンの方へ走り去ってしまった。
しばらくすると店長と名乗る男性が僕たちの前に現れ、すこぶる丁寧な
口調で問いかけた。
「あの~ オーナーのお知り合いでしょうか?」
「オーナー? あっ、いや私たちはそんなんじゃ……ねっ、そらちゃん!」
「う、うん。なんかすみません、変なこと聞いちゃって」
「いえいえ、お気になさらないで下さい。私どもが勝手に勘違いしただけ
ですので」と恐縮そうに頭を下げた。
パラレルワールドではない事実に安心した僕は彼にこのお店について
少し突っ込んだ質問をしてみた。
「ちなみにこのお店は長いんですか?」
「そうですね、相当長いと聞いてます」
「えっ、聞いてますってココ店長さんのお店ですよね?」
「はい、ですが私は他店舗から移動したてなもので詳しいことはちょっと
……」とバツが悪そうに頭をかいた。
「えっ、ということはこのお店、フランチャイズ形式なんですか?」
「そうなんですよ」と堂々と答える彼の言葉に対し僕たちは2人はまるで
感電したかのような緊張感を覚えた。
「ち、ちなみに以前の店長さんは誰なんですか?」と恐る恐る尋ねる僕に
彼はポケットから一枚の名刺を取り出し驚くようなことを口にした。
「私の前は滝沢という男が店長を任されてたんですが元々は宮下オーナー
が始められたと聞いてます」と名刺を僕たちに差し出した。
宮下の名を聞き、若干震えが止まらない僕はゆっくり名刺を手に取ると
ひなが物凄い勢いで僕との距離を詰めて来た。
名刺には当然店長の名が記されていたが、それよりも左上に型押しされた
【Chick & Sky Gr.】文字に僕たちは釘付けとなった。
「ねぇねぇ、そらちゃん、何て書いてるの?」
「最初の文字は分んないけど2つ目は空っていう意味だよ」と平静を装う
僕にひなは片方の眉毛を不自然にピクピク上下に動かし肘で僕の腰の辺りを
何度も突っつくような仕草を見せた。
「あの~ もしかしてオーナーさんの下の名前って空ですか?」
「はい、だからグループ名にスカイが使われてるんです」と彼は名刺の左上
を指差した。
「ちなみにこのチックって何て意味ですか?」
「ニワトリのひな、つまりひな鳥のことですよ」と突然口を尖らせ笑顔で
両手をパタパタと小刻み動かすお茶目な店長さんの妙な動きに周りから
笑いが起こると急に恥ずかしくなったのか彼は「失礼します」と一礼し走り
去ってしまった。
「ふふっ、何だか面白い店長さんね!」
「ホントだね、ハハッ!」
「宮下オーナー大丈夫でしょうか? あんなシャイな男で」とひなは
おどけた表情でお箸をマイクのように見立て僕に向けた。
「困ったもんだね~」と僕も彼女に乗っかると今度は反対の手で自身の
ワイングラスを僕のグラスにそっと当て笑みを浮かべながら顔を少し傾けた。
「そらちゃん、おめでとう。第2の人生に乾杯ねっ!」
「うん、ありがとなっ! ひな」
その後僕たちはしばらくの間この場所で体験した奇跡のような展開を
素直に喜び楽しんだが、やはり僕にとってスッキリ晴れやかな気分という
わけにはいかなかった。
「どうかした? そらちゃん」
「えっ、何でもないよ」と僕は組んだ両手に顎を乗せ空を見つめた。
「……気にしてるのね、村のこと」
「うん、だって結局村を救えなかったんだもん」
「でもそらちゃんはみんなを思って全力を尽くしたんだから大丈夫、きっと
上手くいくわよ!」と僕に寄り添い、笑顔で励ましてくれる彼女と共に
しばらくの間互に何も話さず夕日が眩しい秋の空を眺め続けた。
「ひな、今何考えてる?」
「ふふっ、そうね~ そらちゃんと同じことかな」
……黄昏の空から降り注ぐ温かな光が反射し、セピア色に輝く今この瞬間
を僕たちはまるで噛みしめるかように互に手を取り笑顔で見つめ合った。




