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ループラインの軌跡 パート2  作者: リノ バークレー
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20-4(51)

〈ショ―ちゃん…… ショ―ちゃん…………〉


 聞き覚えのある声が僕の周りを取り囲む。


『えっ、もしかしてレイちゃん、レイちゃんなの?』

 

 彼女だと確信した僕は目を閉じたまま必死に訴え掛けていた。


『どうしていなくなったの?』 

『僕を嫌いになったの?』

『もう元に戻れないの?』


 僕の名を呼ぶ声が次第に遠ざかり、遂に聞こえなくなってしまうのを

まるで追いかけるように必死に叫び続けた。


『レイちゃん、待ってよ。ねぇ、レイちゃんってばぁ……』


『レイちゃ――ん!!』


〈はっ!〉と気付いた僕はあのソファーではなく、ほのかに消毒液の香り

漂う白いベッドの上で上半身を起こした状態のまま正面の白い壁一点を

ただ呆然と見つめていた。

 しばらくすると左奥のベッドからパジャマ姿のおじさんが起き上り

ゆっくり僕に近づいて来た。


「やっと目覚めたようだね」

「は、はい。あの~ ココどこですか?」

「病院だよ。キミは昨日の夜、ココに運ばれて来たんだよ」

「ど、どうしてですか?」とまだ状況が理解出来ない僕はゆっくり額に

手を当てた。

「だぶん誰かがキミの容態を心配してキミのGPSチップの緊急ボタンを

押したんだと思うよ」

「ということは救急車で僕はココに?」

「そうだよ」と平然と答えるおじさんとは対照的に僕は急に焦り出し、

ボケットからクーポンの束を取り出し数え始めた。

 不思議そうに覗き込むおじさんに僕はいきなりクーポンの束を差し出し

意を決して聞いてみた。

「おじさん、こ、これで足りるかな?」

 するとおじさんはあからさまに不安げな表情を滲ませる僕に対し笑顔で

僕の肩にそっと手を添え耳元で囁いてくれた。


「無料だよ」


「えっ! ほ、ほんとに?」

「あぁ、本当だよ」

「じゃ~ 入院代や治療費は?」と僕は若干不安ながらも勢いで聞いて

みるとおじさんは無言で親指と人差し指でゼロを形作り微笑んだ。

 その瞬間僕の最大不安要素が見事に消え去り、安堵した僕は今まで疑問

に感じていた事も含めこの町の特徴について色々質問してみた。


「病院代、どうして無料なの?」

「保険さ、キミも毎月払ってるだろ」

「うん、でも無料ってのが凄いよね」

「まぁ、そもそも医療費自体が安いんだ。それに加え住民が保険の真意を

各自しっかり理解しているからだろうね」

「真意って?」

「何も難しい事じゃないよ。つまりみんなでお金を出し合って不幸にも

病気になった人を助ける制度なんだからココの住人は集まったお金を大切に

使うっていう意識が強いよね。だから当然食べ物も含め各個人の健康意識

も高いし、むやみやたらに医療機関を利用したりしないんだ。自分より

もっと重篤な患者さんを優先してっていう意識がみんなにあると思うよ」

「へぇ~ さすが駅名の由来が〈愛の女神〉だけのことはあるよね」と

僕は腕を組みウンウン頷くと「プッ! そうなの。知らなかったよ」

とおじさんは失笑気味に頭をかいた。

 その後もおじさんは僕の何気ない質問に親切丁寧に答えてくれた。

 ……おじさんの解説によると自動運転の開発が他の町より先行したの

は車のデザインや性能、装備よりも事故による被害者及び加害者の救済を

最優先し、積極的にSI町を初め他の町の優秀な技術者を呼び寄せた結果に

よるらしい。当然開発や人件費に多額の費用が掛かると思いきや、実際の

ところかなりの低予算で実現したと聞き、特区を経験した僕にとって

にわかに信じがたいがどうも本当のようだ。

 あと車やバイクに関してもごく少数ながら走ってるらしいが、それは

純粋に車やバイクが好きというかなりマニアックな住人に限られ、

ほとんどの住人はバスや電車などの公共交通機関の利用が主流らしい。

 だからちょっとしたバイク好きならば安全なバーチャルリアリティーで

気軽に爽快感を味わえるし、車に関しても高級な車で自慢したり見栄を張る

ことに何の意味も見出さない住人の意識から商売として成立しないのも

この町の特徴で、そういう部分が特区との大きな違いなのかもしれない。

 僕が気にしていた携帯電話に関しても技術的に普及していないわけでは

なく本当に仕事で必要な住人は使用し、それ以外の住人は普段あまり必要と

感じていないらしい。

 おじさん曰くほとんどの住人達は自身の時間の大切さを理解しているので

それが侵されたり、横やりを入れる携帯電話などの通信機器にあまり感心

を示さないようだ。

 確かにおじさんの言ってる事、すなわち縛られているような感覚はある

程度理解は出来るが、実際特区で頻繁に携帯画面を眺め、情報の閲覧や

検索機能などの利便性に感動していた僕はそれ以外にココの住人達があえて

使用しない理由を尋ねてみると実に意外な答えが返って来た。

 彼らからすれば出先で携帯画面とにらめっこするより日々変わる景色や

街並み、更に何げない住人の行動から道端に咲く小花や虫に至るまで

じっくり観察することで感性に更なる磨きがかかるらしく、ふと浮かぶ

社会の問題や疑問に対し解決策などを考え巡らせることの方がよほど

楽しく、より社会に貢献出来るという考えらしい。

 以前に特区の様子を情報番組で見たおじさんからすればあまりにも

携帯端末に依存しすぎる住人達にある危機感を覚えたという。

 それは便利さゆえ自身で考えるという重要なプロセスを経由せず一瞬

で解決、そして完了というこの一連の流れは携帯端末を通した情報に対し

住人は常に受け身であるという事、おじさんが一番危惧しているのはその

部分らしい。

 つまりこの流れはいずれ住人の習慣となり、物事に対し自身深く考える

事なく流れ来る情報をそのまま鵜のみにし、たとえ社会が或いは自身が

間違った方向に進んでいようとも住人はその事実に気付くことが困難に

なるいう。 

 おじさんは常に物事の本質を見抜く力が大切なんだと大きな声で力説

した所でドアが開く音がした。


〈ガラガラガラ……〉 

 

「ずいぶん賑やかだね~ それだけ声が出せれば退院間近だね!」と先生

はおじさんのベッド横のテーブルに薬を置き、看護婦さんはカルテの

ような物を持ちながら僕に近づき笑顔で顔を覗き込んだ。


「身体はどう?」

「うん、平気みたい。なんか色々ありがとね!」

「いいのよ、それが私たちの仕事なんだから」と彼女の笑顔に癒され

てると先生が険しい顔つきで僕に近づき、眉間に指を当てながらため息

混じりに看護婦さんの持つカルテに目を通した。


「ショ―タくん、実はキミの病気ね、ちょっと言いにくいんだけど……」

「えっ、な、何ですか!」と焦る僕を横目に先生はもう一度息を吐いた。


「実はね……」

 

 僕は緊張と恐怖が入り交じり、心臓の鼓動と共に先生の次なる言葉を

待ってると看護婦さんが物凄い剣幕で隣の先生を睨み付け「もういい加減

にして下さい、先生っ!」と大きな声でしかり付けた。

 ……一体何が起ったか分からない僕に先生は「冗談だよ! ジョーダン、

ショ―タくん。ハッハッ! 病名は単なる寝不足! ハハッ!  

ダメだこりゃ、ククッ……」必死に笑いを堪えながら口に手を当てる

先生に横にいる彼女は再び大きな声で「先生!」と一喝した。

「いや~ ごめん、ごめん、キミもう大丈夫だから。あ―っ、キミ、

確か村長さんなんだって」

「はい」と若干白い目の僕に先生は一つ咳払いをし、急に真面目な表情で

アドバイスしてくれた。

「今日はココで一泊して明日学校に行ってみるといいよ!」

「学校……、ですか?」

「そう、学校。そこに行けばキミの村に何か役立つヒントが見つかる

かもよ」とだけ言い残し先生は部屋を後にすると、「ごめんね~ 先生

の悪い癖なのよ。気を悪くしないでね!」と看護婦さんも先生の後を

追うように出て行ってしまった。

 僕はその後早速地図を取り出し、なるべく駅近くの学校を数か所を丸で

囲み観光最終日となる明日に備えた。


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