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以前ナオちゃんから聞いたような日常生活、つまり互いに疑心暗鬼で
見栄を張り、本音を隠すような毎日に少々うんざりし、寂しさのような
ものを感じ始めていた僕だが今は少し違う。
やはりレイちゃんの存在は僕にとってかなり大きいようだ。
ここ最近ほぼ毎日仕事帰りにレイちゃんと会い、夕食を共にし彼女と
お喋りしていると心が満たされるのか今まで見慣れた景色までもがより
色鮮やかに見えるのがなんとも不思議だ。
だがそんな充実した毎日を送る僕にも一つだけ不安要素があった。
それは柴田部長が残してくれた僅かな現金がそろそろ底をつき始めたのだ。
会社勤めをしてかなりの日数が経過したと思うがお金が貰えないなん
てどうにも納得出来ない僕はそれとなく部下である吉田くんに聞いてみる
ことにした。
「あの~ ちょっといいかな?」
「何ですか? 部長」
「お金どうしてるの?」
「えっ? どうしてるのって……、まぁ、将来のため少しずつ貯金して
るんですけど中々溜まんないですね。僕、まだ安給料ですから」
「えっ! 吉田くん、お給料貰ってるの?」
「そりゃそうですよ。変なこと言わないで下さいよ、失礼な」
「いいな~ 吉田くんは。で、いつ貰ったの?」
「先月ですけど……。部長貰ってないんですか?」
「そうなんだ、残念なことに。嫌われてるのかな、ははっ!」と肩を落とす
と彼は机の引き出しから給料明細なるものを取り出した。
「部長の机の上にコレと同じのなかったですか?」
「えっ! ちょっと待って」と僕はさんざん散らかした書類をかき分けると
中から彼と同じ細長い紙らしきものが見えた。
「こ、これ?」と用紙を高々と持ち上げると彼は「それです」と呆れた
ような顔で再び資料作成に取り掛かった。
「吉田くん、吉田くんってば!」
「何ですか、も~っ」
「だってコレ1枚ぼっちじゃ少ないし、そもそも僕はヤギじゃないんだ
からね」
「冗談止めて下さいよ~ そこに書かれてる金額分、口座に振り込まれて
ますから」
「あっ! そうなの。そうだったよね、たしか、ははっ! ちょっと
トイレ行ってくるね」と怪しさ満載の僕はそっと部署を出た。
トイレの個室に入り早速金額を確認するとかなりの衝撃が僕を襲った。
おおぉ…… 結構ゼロの数が多いな。
あれ? でもなんか分かんないけどかなりの金額引かれてるけどまぁ
こんだけあれば十分だよな。
でもこれで分かったよ、柴田部長がこの会社で耐えれたワケと他の
社員が波風立てず責任の所在を曖昧にし会社に居残る理由が。
その日の仕事帰りに僕はレイちゃん家に寄らず初めて一人居酒屋を
体験することにした。
なるべく特区の情報を仕入れたい僕はカウンターの真ん中に座り
他テーブルやカウンター客の会話に耳を傾けているとやはりと言う
べきか会社の上司や部下に対する愚痴が僕の耳にいち早く届くが
僕にとってそれはもはや心地いい音楽のようだ。
ふと角に設置されているテレビに目を向けるとちょうど各地での
行楽の様子がニュース番組として映し出されていた。
浜辺で採れたての海産物を網の上で豪快に焼く楽しそうな観光客の
姿を見た瞬間僕が抱いていた特区のイメージが少し揺れ動いた。
海産物が暑さにもだえ苦しむ様子を笑みを浮かべ眺めてるって……、
えっ? しかも残酷焼きって呼んでるし。
その後、可愛い赤ちゃんが生まれたと動物園からの中継に切り替わるも
先ほどの映像に引き続き僕のテンションは下がる一方だった。
あの動物たち何か悪いことしたの? 可哀そうじゃん! 強制的にオリ
に入れられしかもカメラや好奇な目にさらされて……。
でもこれがあの怪しい男の言う数の世界ってやつか。
だって誰も可哀そうって声上げないんだもんな。
もしかすると人間もココの動物みたいに見世物にされたり、半ば強制的
に安い賃金で働かせる、なんてケースもあるかもしんないな。
とはいえ様々な社会問題に対し自分を曲げずに発言したり信念を持って
行動するって凄く勇気がいるし、当然自身危険も伴うんで実際には難しい
ってことココ特区で暮し始めてよ~く分かる気がするよ。
僕も目の前の楽しいことやラクな方、ついには見なかった、知らなかった
フリをして流されちゃいそうだよ。
〈ピ・ポッポッ!〉……あっ、レイちゃんからメールが来た。
『明日どうするの?』
僕は早速慣れない手つきで返信した。
『行く、行く!』
『ショ―ちゃんが大好きなコロッケ用意するね!』
限りある時間の中、出来るだけ情報を仕入れ分析し、少しでも村の
発展に貢献しなければならない立場の僕なのにホントダメだよな~
情けないよ。〈ヒック!〉あれ? ちょっと飲みすぎちゃったかな。




