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ついに迎えた土曜の夜、僕はスマホを利用し”ひなのや”がある広場
近くまでやって来た。
周りは公園が隣接し外灯はあるが樹木のせいで遮られ少し薄暗い中、
徐々に草木のすき間から賑やかな声が漏れ聞こえ始めた。
さらに進むとビーチパラソルを備えた丸テーブルが密集したソラちゃん
のお店”ひなのや”がまるで浮き上がるように僕の目の前に現れた。
以前、村でオープンしていた頃のお店を彷彿とさせるが規模はこちらの方
がずっと大きく、なんと言っても大きな違いは照明によるお店の明るさ、
そして華やかさだ。
お店に近づくと閉店1時間前にもかかわらずかなりのお客さんで賑わい、
ウエイトレスの女性が各テーブル間をまるで縫うように走り回る様子は
お店の好調さを如実に示しているようだ。
「いらっしゃいませ! お待たせしてすみません!」
「あっ、いや、今来たとこだよ」
「どうぞ、お好きなテーブルにお掛け下さい」
僕はあえてサラリーマン同士で賑わうテーブルのすぐそばに腰かけ、
かわいい葉っぱで縁取られたメニューに目を通した。
へぇ~ あの頃に比べずいぶん種類が多いな。
よし! 今日は思い切って牛に挑戦してみょっかな~ えーっと、
コレか? これだな。よし! 後は~ みんなが飲んでる生中ってのも
気になるんだよな~ 「お決まりですか?」
「わっ! びっくりした!」
「す、すみません」
「あ、いや、このコロコロころりんステーキと、あと生中……、
どうしょっかな~ やっぱ鉄板のメロンソーダかな……迷うな~」
『すみませ――ん! 注文いいかな――』
「あっ! ハ――イ!」「ちょっとイイですか? すぐ戻りますんで」
「あっ、もちろん、どうぞ、どうぞ」
ほどなくしてウエイトレスの女性が再び現れトレイから小さなグラスを
僕の目の前にそっと笑顔で置いた。
「よろしければビールのテイスティングどうぞ」
「えっ! イイの?」
「もちろん、私は苦くってダメなんですけどね、フフッ!」
「じゃ、ちょっと」と口に含んだ瞬間ビール独特の苦味が一気に広がり
思わず吐き出しそうになったがなんとか飲み込んだ。
「だ、だめだこりゃ」と苦笑いを浮かべる僕に彼女は「ハイ、これどうぞ」
と瞬時にメロンソーダを差し出した。
「あ、ありがとう! 助かったよ」
「コロコロころりんステーキ、もうすぐお持ちしますね!」と彼女は
笑顔で3つ向こうのテーブルへ走り去ってしまった。
なんて気が利く女性なんだ。ソラちゃんが羨ましいよ、まったく。
ところでソラちゃんはどこかな?
……!!
あの焼き場でハチマキして汗だくで頑張ってる男性かな? 下向いてる
から分かりにくいけど。
やっぱりそうだ間違いない。変わってないな~ ソラちゃんだ―。
一人で大変そうだけどホント楽しそうに働いてるよな。顔なんか若干
笑ってるのか、ニヤついてるのか、ちょっと気味悪いかも、ハハッ!
やっぱ、自分に向いた仕事、やりたい事が出来るって幸せなのかもな。
にしても隣のサラリーマンの上司に対する愚痴が止まんないな~
まっ、僕も少なからず今の会社勤めでなんとなく分かるよ、その気持ち。
それにしても僕もこの町、いやこの国に住み着いてしばらく経つけど
痛感することホント多いよな。
まず電化製品を含めこの国の便利品のマネはうちの村の能力では到底
ムリって事。
ココ最近ずっとテレビから様々な情報やCMなど見続けたけどあまりにも
進化し過ぎてて正直呆れちゃうよ。
もう仕組みや原理を分析するのはヤメにしてお金を出来るだけ稼いで、
薬なんかを大量に持ち帰った方がより現実的かもね。
ただ経済の仕組みやルール作りに関してはしっかり勉強して、より良い
村づくりに反映すべき所は当初の目的どうり続けようと思うんだけどね。
「お待ちどうさま」とステーキが運ばれて来た。
「あ、ありがとう」
これか~ 匂いはイイんだけどどうかな? 僕は一口ほおばった。
なんだこの噛めば噛むほど出てくる濃厚な旨味は! こりゃ、うまい
ナ~ ホント牛ちゃんってスゴイな~ ビックリしたよ、マジで。
「ソラちゃん~ ナイス!」と小声で親指を立てるとふと目が合ったよ
うな気がした。
あれ? ソラちゃんがしきりに首を傾げてるのが見て取れた。
あっ、また目が合った!
そんな奇妙な視線交換のさなか遂にラストオーダーが掛かりお客さん
が一組、また一組と減っていき、ラストオーダーがなかったのかソラちゃん
が不思議そうな表情で徐々に近づいて来た。
あれ? もしかするとショ―タってバレたかな? いや、そんなはず
ないよな。
「あの~ もしかして部長ですか?」
「えっ! ボクのこと?」
「やっぱり、柴田部長ですよね!」
「うん、そうだけど~ とりあえず久しぶり! 会えてホント嬉しいよ!」
「えっ? そんなはずは? どして?」と僕と同じく困惑した様子の
ソラちゃんにウエイトレスの女性が近づいて来た。
「あら! この方、ソラちゃんのお知り合い?」
「う、うん、そうなんだけど部長が僕のこと知ってるって変なんだ」
「何言ってるのよ、ソラちゃん。お互い知り合いなんだから当然じゃない」
「で、でも」とかなりのパニック状態のソラちゃんに僕はたまりかね
遂に正体を明かした。
「ショ―タだよ、ショ―タ!」
それを聞いたソラちゃんは更に混乱したのかふらつくように近くに
ある椅子にへたり込んでしまった。




