7-1(20)
―真夏の東京(特区)にて―
〈ミ――ン〉〈ミ――ン〉〈ミ――ン〉…… ……
「ひな、準備出来た?」
「OKよ! そらちゃん」「それにしても今日は凄い行列ね!」
「うん、ちょっと早いけどもう始めよっか」
「そうね、今日は特に暑いもんね。そうしましょ!」
ひなはお客さんにご飯の入ったプレートを丁寧に手渡し、僕が
そこに今日のために作った新作カレーをかける一連の流れ作業が
スタートした。
月2回のペースで限定70食、無料ランチを提供するも早くから
行列ができ、お昼過ぎには終了となる今日はこの辺りではわりと
好評頂いている僕たちのささやかなイベント日だ。
イベントの目的は一番にお客さんに対する感謝の気持ちが込められて
いるのだが他にも新規のお客さん獲得、新作料理の感想をお客さんから
直接頂けるのも開催理由の一つだ。
お客さんの笑顔を見ているとひなといっしょにあの村で”ひなのや”
をオープンさせた頃の楽しい思い出が頭の中を駆け巡る。
そして今、あの頃と同じ事をココ東京で実現出来るなんて僕はなんて
幸せ者なんだ。
それにしても人生ってどう転ぶか分からないとホント心から実感する。
あの日、施設でもしL$Lからの封書の開封が遅れていたら……、いや、
その前にループラインを利用していなかったら僕は本意ではないなりに
あの会社で定年まで勤め上げていたに違いない。
なにせあの会社は準大手企業で業界内ではお給料がもっぱら高く、
福利厚生が充実していたからだ。
なので本来僕の実力では絶対入社不可能なのだが何らかの偶然が重なり
合って奇跡的に合格したのだからこの件についてもホント人生何が起るか
分からない。
ある日、上司の柴田部長が僕に誇らしげに話していた事を思い出す。
『宮下くん、サラリーマンは実に気楽な商売なんだよ…… ……社員って
のはパーツなの、パーツ。そんなパーツが1つ2つ機能しなくても何の
問題もないんだよ…… ……毎月お給料貰えるしね。こんないい商売ないよ、
実際。もしキミが一人で商売始めて失敗でもしたら借金抱えて下手したら
コレもんだよ』と首に指当ててたことを思い出す。
僕は結果的に柴田部長の忠告を無視してしまい実際借金もあるが、毎日
がとても幸せなのはひながいて、自分らしい生き方に正直に従っている
からなのかもしれない。
そう考えると当時窓際族なのに妙に明るかった部長に対し違和感を覚えて
いたが、部長は仕事以外の何かに生きる喜びを感じていたんだとすれば理解
出来るような…… だって生き方なんて人それぞれだし正解なんて
ないんだから。
〈ミ――ン〉〈ミ――ン〉〈ミ――ン〉…… ……
「終わった~ ひな、お疲れさん!」「木陰で少し休もう!」
「うん!」
僕たちは木陰に移動しお互いアイスティー片手に夜のおすすめメニュー
に目を通した。
実は先月から夜のみアルコール提供し、ひなはウエイトレスとして一人
各テーブルを駆け回るちょっとした居酒屋スタイルに変更したばかりだった。
お客さんの入りはそこそこ好調だがその分ひなに負担が掛かり、かと
言ってもう一人アルバイトを雇う余裕もないというお店はちょっとした
ジレンマ状態に陥っていた。
「ひな、ごめんな、毎日大変だろ」
「そんなことないわよ、私、楽しいから!」
「本当に~?」
「ホントよ! 私にとって天職かもね!」
「確かにひなは評判イイもんな」「でもよくあんなに沢山の人数
さばけるよな、ホント感心するよ。何かコツでもあるの?」
「う~ん、コツって言うかどんな時もお客さんの目や仕草には気を
配ってるわね。あと忙しくてすぐに注文取りに行けない時なんかは
必ず『ゴメンなさい』って一言声掛けるようにしているの」
「なるほどそれなら少々注文取りに来るの遅れてもイライラせず
気長に待つよな~ だってひなが一人奮闘してるの分かってるもんな」
「気遣い凄いな~ ひなは」
「だってそらちゃんがそうだったもん!」
「えっ! 僕が?」
「そうよ、いつもどんな時も私の事見ててくれたじゃない。私、
ホント嬉しかったのよ」
「……さっ、そろそろ仕込みしょっかな」
「どうしたの? そらちゃん、顔、赤いわよ」
「うるさいな~ ひなもそろそろ準備して!」
「分かったわよ~ テレちゃって」
「何か言った?」
「ふ――ん な~んにも」
――僕たちはいつもの調子で夜に備えお互い準備に取り掛かった。




