第3話 異世界へ転生してからのこれまで
ぱっか、ぱっかと馬車馬が軽快に闊歩する蹄が奏でる音が、どうやら昼寝を
していたらしい。横になっている俺の耳に心地よく届いてくる。
まだぼんやりとしている頭で、俺はゴーレムの馬が牽く、自重を捨てて自作
したキャンピングカーの様な馬車で、生まれ育ったプタハ村から王都の学園へ
通うための道中であることを思い出した。
俺が異世界エルドランドに転生してから既に13年に年月が経過した。俺の
新たな名前はアルス。
女神ネプチューナ様が管理しているこの異世界へと地球の日本から転生した
40歳目前の社畜契約社員だった俺はネプチューナ様が教えてくれたエレファ
ンティネ王国の北辺境にあるプタハ村の守護騎士一家の長男として新たな人生
を歩んでいる。
主だった出来事は俺が6歳の時に父親のレオンハルトと共にプタハ村の戦力
総出で災害級指定の魔物であるゴブリンエンペラーの巣窟を潰したことだ。
その巣窟はプタハ村に隣接しているデズモンド伯爵領のアヌケト廃鉱山内に
密かに存在していた。狩りのときに例年に比べてゴブリンとの遭遇が多いこと
に気づけたのがことの発端だった。
デズモンド伯爵は統治していたアヌケト鉱山と鉱山に隣接していた鉱山都市
をゴブリンの大軍に陥落させられた際に魔力が高かった亡き正妻との1人娘を
囮にして、愛妾とその子供達と共に都市を脱出した。
危機を脱した後、伯爵が提出した国への報告は自分の治めていた鉱山都市が
ゴブリンの大軍によって、攻め落とされたことを隠蔽。アヌケト鉱山は鉱石が
採れなくなったため、廃鉱になったとコネで偽りの報告を行って王都の屋敷で
愛妾達と共に贅沢な暮らしをしていた。
そのため、根城として最適な鉱山内をゴブリン達は巣窟にし、捕らえた伯爵
令嬢と都市に住んでいた女性達を使って大繁殖。更に都市襲撃時点ではキング
だったゴブリンが大繁殖によってエンペラーに進化した。
ゴブリンの大軍は俺のチート能力を全力で駆使し、封殺して圧勝だった。
けれども、ボスモンスターであるゴブリンエンペラーは災害級指定だけあって、
当時の俺との能力差は大きく、俺は劣勢になった。
そのゴブリンエンペラーは父レオン達、元ベテラン冒険者パーティーと単体
で互角に渡り合っていた。ヤツを倒すきっかけになったのは俺の作った致死量
の粉末トリカブトを塗布した爆弾を全裸のエンペラーの後ろの穴にブチ込んで
の爆破。下半身を吹き飛ばされたヤツの最期はレオンの大剣によって、その首
を落された。
レオン達はデズモンド伯爵の隠蔽とゴブリンエンペラーの討伐、その大規模
巣窟殲滅の功績に加えて、新たに(俺のスキルによって)発掘された貴金属の
鉱脈を王国に報告。発見した鉱脈を管理するには手に余ることから王家に献上
したことから、その功績を讃えられて、父レオンは当代貴族の騎士爵から永代
貴族の男爵へ陞爵した。
それに伴って、レオンハルト一家にはその勲功を讃えて、国王陛下から今は
完全に断絶してしまった王国の公爵家の家名、【アクエリアス】を下賜された。
転生した直後も俺のこれまでの30云年の記憶は残ったままだった。正直、
ありがたかったが、その反面地獄を見たのも事実だった。なにせ、自我意識が
はっきりしているのに動かすことがままならぬ体と繰り返されるオムツ処理。
それに加えて、必要不可欠の食事であるとはいえ、10代後半の銀髪ロング
で蒼眼の美少女の母、クリスティアの授乳によって、それまで培っていた俺の
尊厳や羞恥心など諸々は物の見事に蹂躙されて決壊してしまった。
俺の顔の目元は父レオン譲りのつり目だ。しかし、それ以外の容姿に関して
は母クリスの銀髪蒼眼を受け継いだ中性的な美少年になった。もう諦めたが、
初対面の相手には性別を確実に間違えられている。
銀に輝く長い髪の毛もクリスの希望で切っていない。手入れが大変ではある
のだが、腰まで伸ばしてポニーテールにしている。
また、困ったことに俺は周囲の女性陣によって女装をさせられることが多々
ある。赤ん坊のときにいろいろ失った俺には忌避感が仕事をしない。サボるな!
働け!俺の忌避感。このことに関して、俺は男らしい体格に性徴すれば女性陣
の関心もなくなるはずだと、諦めた。
さて、転生したこの世界エルドランドでの新たな人生だが、地球の現代日本
と比べるまでもなく、繰り返すが、衛生面はもとより、食事文化を含めて、諸々
が圧倒的に不便過ぎた。故に、生活環境向上のために俺は早々に自重するのを
諦めざるを得なくなった。流石にあの悪臭は無理。
周囲に驚かれたり、呆れられたりしつつも、俺の生活環境向上計画はトイレ
関係を皮切りに順調に進み、テンプレの石鹸の大量生産も俺専用チートスキル
【世界検索】で調べ上げて、プタハ村の特産品にして、王国の衛生を担当して
いる伯爵家と取引をして利益を上げている。
食生活も案の上、主食は味気なく釘が打てるレベルの固いパン文化であった。
しかし、プタハ村の周辺の森に米とじゃが芋、薩摩芋、大豆、砂糖キビ、各種
香辛料の素となる植物や薬草が自生していたので、村の中に栽培環境を構築。
安定的に継続して(俺が)入手できるようにした。もちろん、米食の布教にも
抜かりはない。
再現できる料理は【世界検索】を駆使してレシピを調べあげて再現し、味噌
や醤油、出汁などの調味料も大規模大量生産中。同じく、甘味・お菓子作りも
現在進行中。【世界検索】様様だ。
今生を生き急いでいる感じだが、待望の魔法―――この世界で正しくは魔術
―――はあるけれども、便利な魔術はその多くが遺失しているなどで使えない。
前世の豊かさ、便利さに比べると、このエルドランドは明らかに不便過ぎる。
辺境の開拓村だから、前世のブラックな仕事はもとより、数多の権謀術数が
渦巻く王国貴族達との政争と関係ないスローライフを送れると期待をしていた。
しかし、やはり現実は厳しい。
俺が自重するのを止める前のプタハ村の食生活は狩猟採集を主体とした狩り
の成果に依存している食生活が安定しないものだった。畜産や酪農もできない
規模の小さい村だった。
俺は歩くのにも全く支障がなくなった4歳になってから独学で魔術の学習を
始めた。魔力枯渇も経験してようやく【魔術創造】というチートスキルが入手。
開墾や生活に役立つ魔術の開発を始めて、いろいろ創った。
「うう~ん、アルぅ……むにゃむにゃ」
右側から可愛い寝言が聞こえ……よくよく周囲を確認したら、俺の両脇で横に
なっている金髪と緑の髪の少女2人に俺はそれぞれ片腕を強く抱きしめられて、
俺の腹部にはうつ伏せになった銀髪の幼女が薄手の毛布を背に抱きついていた。
ご一読ありがとうございました。
ブックマーク・評価のポイントは筆者にとってハイオクなので、
いただければ執筆意欲が右肩上がりになって執筆ペースが上がりますから、
是非お願いします。