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帰ってきた夫  作者: 西子
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フワフワとした微睡の、既視感を感じるこの不思議な空間を、リリーは覚えていた。

また、あの不思議な夢。

キョロキョロと周囲を見渡し、白い景色の中で唯一の色を探した。


「こんにちは」


目当ての存在を見つけ声をかけると、男の子は振り返った。

が、どこか不安気な様子。

リリーは首を傾げた。


「どうしたの?大丈夫?」


具合が悪いのかと心配したが、男の子は首を横に振った。

「平気だよ」と言って。

リリーは、おや?と思った。

いつもの夢だと、一方的なやり取りで、声質もぼんやりとした不安定なものなのだが、今回はやけにハッキリと耳に届く。

リリーは思い切って尋ねた。


「わたしの名前はリリーよ。あなたは?」

「……当ててみてよ。僕の名前、知っているはずだから」

「え?わたし、あなたと会ったことがあったかしら?」


まじまじと男の子を眺める。

確かに、何となく見覚えがあるような気がしたが、全く思い出せない。


「ごめんなさい……わからないわ」


男の子はまた首を振った。

わかっているよとでも言うように。


「……僕はリチャードだよ」


教えてもらっても、やはり男の子のことは思い出せなかった。

そのことが無性に、リリーの胸を締め付ける。


「カッコいい名前ね」

「うん。お父さんが付けてくれたんだ」

「まあ、それは素敵ね。実はわたしの名前も、お父様が付けてくれたのよ」

「一緒だね」


リチャードが嬉しそうに微笑んだので、リリーもつられて笑った。


「リチャードはいくつ?」

「七歳。ううん、もうすぐ八歳かな」


リチャードはどこか虚空を見つめながら言った。

つられ、リリーも周囲を見やる。

ふと思ったのは、まだ幼い彼が、なぜ何もないこんな空間にいるのだろうかということだ。


「リチャード。あなたは一人で何をしているの?お父さんとお母さんは?」

「お父さんは、あっちにいるよ。お母さんは……」


そこで、リチャードはギュッと口を閉じた。

一瞬俯き、かと思えば、反動を付けるようにしてリリーを見上げる。


「それよりも、伝えたいことがあるんだ。僕はそのためにここにいるんだよ」

「わたしに?まあ、何かしら?」

「気を付けて」 

「え、えーと、それはどうして?」

「危険が迫っているんだ」


やけに必死に言うものだから、リリーは少し面食らってしまった。

リチャードが本気で言っていることが伝わってくるだけに、どう返して良いかわからない。


「お願い、お願いだから、気を付けて」


縋るように乞われる。

それに対して、リリーはただ頷いた。









ゆっくりと瞼を開けて、何度か瞬いた後。

リリーはようやく自分が読書中に寝てしまったことに気が付いた。

久しぶりに詩集を読もうと思ったのは良いが、居眠りしてしまうなんて、何だか恥ずかしい。

リリーは詩集をそっと置き、ゆっくりと立ち上がった。

この数日、リリーはあまり眠れていない。

ウトウトしてしまったのは、そのためだ。


最近、サイラスの様子がおかしい。

いや、以前から何か悩んでいる風ではあったのだが、マリーの所から帰ってきてからというもの、全く視線が合わなくなった。

同じ部屋にいても、ぼんやりとどこかを見つめているし、一日中、書斎に閉じこもっていることさえある。

本人に尋ねると、少し風邪気味なんだと言う。

リリーにうつしたくないから、しばらく自室に一人篭るという日もあった。

マリーの件があるので、本当に風邪なのかもしれないが、リリーには何か別の理由があるような気がしてならなかった。


「奥様」

「……ああ、ごめんなさい。そろそろ準備しなくてはいけないわね」


腰を上げ、身支度をする。

今日はフィギュアスケートの催しがあった。

暖かくして行かなければならない。

本当ならそんな気分ではないのだが、サイラスが自分の分まで楽しんで来て欲しいと言うので、リリーとしても頷くしかなかった。

ダレンの誘いでもあるし、ジニーも楽しみにしているようなので、とりあえず顔だけでも出そうと、リリーは思っている。

暖かいが、少し重い外套を羽織って、リリーは私室を後にした。

途中、サイラスの部屋の前で足を止める。


「サイラス」


ノックをするも、返事はなかった。

寝ているのかもしれない。

起こすのも偲びないので、リリーは小声で言った。


「早く元気になってね。行って来ます」


もちろん、サイラスの応えはなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] リチャード、リチャード……かなり遡って、その名前がどこで出てきたのかやっと気付きました。それから年齢も……。 私の想像があっているなら、たしかにあっちにお父さんがいますし。彼はずっとリリー…
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