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結婚式の翌朝、サイラスは逃げるようにして家を出た。
正直、リリーとは顔を合わせたくなかった。
結婚式でリリーはヴェロニカとのことを誰にも喋っていないと言ったけれど、もちろん、サイラスはそのことばを信じていない。
初夜にも関わらずリリーを部屋から締め出したのも、その夜、出迎えた彼女を見てすぐに出て行ったのも、その為だ。
結局、サイラスは朝まで友人たちとポーカーをして過ごした。
帰宅が、使用人たちの起床時刻と重なってしまったのは想定外だったけれど。
いつから起きていたのか、執事のエルバートはいつもの無表情でサイラスを出迎えてくれた。
「随分お早いお目覚めですね」と、嫌味まで言われたが、これはいつものやり取りなので、サイラスは特に気にしなかった。
その時だ。
リリーに声をかけられたのは。
彼女がこれほど早起きだとは思わなかった。
待ってましたと言わんばかりに、近付いてくるリリーにサイラスは苦い顔をした。
生活時間をずらし、なるべく顔を合わせないようにする計画が台無しである。
気付くと、エルバートはすでにこの場におらず、サイラスは更に不機嫌顔になった。
図らずも、リリーと二人きりになってしまったからだ。
リリーには朝食を一緒にと誘われたが、仕事を理由に断った。
さっさと、この場を離れたかったのである。
サイラスのその気持ちを知っているのかいないのか、リリーは夕食の席で話そうと提案してきた。
準備をして待っているとまで言われてしまっては、頷くしかない。
冷たくしているのに、めげずに話しかけてくるリリーを、サイラスはただ鬱陶しく思った。
仕事をしている間も、夕食のことを考えては、ため息が漏れた。
自然、仕事の手も遅くなる。
サイラスは、正直うんざりしていた。
だからだろう。
とある知人に、飲みに行こうと誘われた時、頷いてしまったのは。
急に爵位を継ぐことになったから祝杯をあげてくれと言われ、祝いがてら強い酒を勧められるままに飲み続ける。
サイラスにしては珍しく、酔い潰れてしまったのも頷けるというものだ。
それからどのくらいの時間が経った頃だろう。
サイラスは重い瞼を開けた。
無意識に窓の外を見上げ、そして、サイラスは愕然とした。
すでに、どっぷりと漆黒のとばりをおろしている空。
夕食の時間など、とうに過ぎていることは明白だった。
知人は、すでにいない。
なぜ起こしてくれなかったのかと、サイラスは思わず悪態をついた。
「帰らなければ……」
そう呟き、立ち上がろうとして、あまりの頭痛にそれが叶わないことを悟る。
サイラスは更に毒づいた。
仕方がないので、屋敷に伝言を頼む。
「今日は帰れない」とだけ簡潔に。
それは、エルバートにあてたものだった。
一瞬、リリーの顔がよぎったが、さすがにもう寝ているだろうと思い、彼女への伝言は控えた。
サイラスは、再び目を閉じた。
瞼の奥で、エルバートの呆れたような表情と共に、なぜかリリーが悲しげに俯く姿が見えたような気がしたが、ひどい眠気に襲われたため、それ以上、深くは考えずに、サイラスは意識を手放したのだった。