82
自身の屋敷の書斎で、サイラスは考え込んでいた。
「あいつがなぜ」と言う呟きは、誰にも届かない。
寄宿学校時代、上級生にいじめられている姿を何度か見たことがあるサイラスにとって、ライリーは内向的な後輩というイメージだった。
暴力を振るわれてもやり返すタイプでは決してない。
サイラスが監督生だったこともあり、見掛ければ助けてはいたものの、ライリーは基本、我慢してやり過ごすという姿勢を崩さなかった。
内面に秘めたものはあっただろうが、気弱な性格でどちらかというと根暗というのが、周囲共通の認識だった。
その彼が変わったのは、サイラスが卒業してしばらくのことだったか。
何となく陽気になっていて、少し驚いたのを覚えている。
深入りするつもりはなかったので詳しくは聞かなかったが、私生活で何かあったのかもしれない。
ーーもしかして、その頃ジェイソン・キャトリーと深い関係になったのか?
ジェイソンはサイラスたちとは別の学校に通っていたし学年も離れていたので、二人がどこで出会ったのかは定かでない。
が、同性愛の温床と言われる寄宿学校において育った者の中には、卒業しても異性より同性に惹かれるという人間は少なからず存在した。
ライリーの性的嗜好についてサイラスは全く知らないが、二人が恋人同士だったという可能性は捨てきれない。
ーーもし付き合っていたのだとすれば、ライリーがリリーを恨む理由はある訳だが……。
ジェイソンの死の原因がリリーにあると勘違いして逆恨みしたというのは、充分にあり得る話だった。
真剣な付き合いだったのか、それともただの遊びだったのかはわからないが、そもそもジェイソンの結婚相手であるリリーに対して良い感情を抱いていなかったのかもしれない。
どちらにせよ、ライリーと聞いて腑に落ちる部分はあったのだ。
リリーに対する脅迫が夏に集中している理由。
ただ単に、ライリーが全寮制の学校に在籍していたからというのはどうだろう。
自由に行動できるのが、長期休みがある夏に限定されていたとしたら。
ーーただ、去年くらいから急にリリーへの脅しが増えた理由がわからないな。
サイラスとしては、ユリの花関連の嫌がらせや実家への妨害行為は、全てライリーの仕業だろうと結論付けていた。
元々、小心者だから、リリーを脅す以外、決定的な実害や暴力には至らない。
怖がらせるだけ怖がらせて、直接的には傷付けられないというのは、サイラスの知るライリー像に当てはまった。
今思えば、ピーターが突き落とされた時、サイラスはライリーとモンゴメリー領で会っているのだ。
あの時は特に疑問に思わなかったが、彼の様子はどこか変だったようにも思う。
本当に今更だが、リリーと結婚して間もない頃にも、ライリーには酒場でヘベレケに酔わされたことがあった。
あれは、もしかするとサイラスから何かリリーの情報を聞き出す魂胆があったのだろうか。
ーーそういえば、その時、家族に不幸があったと言っていたな。
ライリーは元々、次男だった。
ジャックと同じで、爵位を継ぐことができない立場だ。
貴族としての体裁を守れるよう、就ける仕事は医者や弁護士などに限られていたので、資格取得を目指して学んでいた。
が、ジャックが医学の道を極めたのとは対照的に、ライリーは兄の急死で跡取りになることが決まった。
今まで忘れていたが、そんな話を酒場でしていたように思う。
急に陽気になって、社交界にも顔を出すようになったのは、そこでリリーの情報を集める意図があったのかもしれない。
リリーの行く先々で嫌がらせができるように。
ーーもしかすると、詩集の一部を破ったのもライリーなのか?
手近にあった用紙に、Reillyと書いたサイラスは、手でその綴りの左上の部分を隠してみた。
Rを完全に隠し、eも下の方のカーブした部分しか見えないように手を調整する。
「リリーは自分の名が書かれていたのかもしれないと言っていたが……」
ジェイソンの字がかなり癖字だったことを考慮すると、Lillyと読めなくもなかった。
ーー詩集に自分の名前が書いてあると思って、ページを破いたのだとしたら、彼はあの夜、ジェイソンが亡くなった現場にいたことになるが……。
仮に、ライリーが何かしらの理由で屋敷に行ったとする。
そこでジェイソンに対し殺意を覚えたのだとして、あの小心者が人殺しをするだろうか。
事故だった可能性はあるかもしれないが、ライリーには人を殺めるだけの度胸も技量もない。
ライリーは当時、まだ学生で、子どもだったのだ。
むしろ、ジェイソンの亡骸を発見して恐れ慄くという方がしっくりくる。
ーーライリーが事件現場にいたというのは飛躍かもしれないが、詩集を破く一番の動機があるのは彼だ。
ジェイソンが亡くなったその場に詩集が落ちていて、そこに自分の名前が書いてあれば、要らぬ誤解を招く。
いわゆる、ダイイングメッセージというやつだ。
「それで驚いて咄嗟に破いた……いや、だが、あの文字の意味はきっと……」
そこまで呟いた時。
軽いノックの音に、サイラスは考えを中断させた。
「旦那様」
「エルバートか。どうしたんだ」
「先程のお土産のことですが」
「お土産?」
「旦那様が持ち帰られたハーブです」
「ああ、ピーターからリリーに渡して欲しいと預かって来たんだよ」
「やはりそうでしたか」
満足そうなエルバートに、嫌な予感がする。
サイラスはすかさず言った。
「わたしは飲まないぞ」
構えるサイラスに、エルバートは呆れ顔だ。
「旦那様、申し訳ありませんが、あなたに飲んでいただくつもりは毛頭ありません」
キッパリ言われ、サイラスは拍子抜けした。
「そうなのか?」
「当たり前です。これは奥様専用です。以前、実家でよく飲んでいたハーブティーがあるとおっしゃっていたので、こちらでも飲めるよう取り寄せていただいたのです。決して、旦那様のためのものではありません」
「そ、そうか」
明らかにサイラスに対する扱いがぞんざいになっているが、サイラスは気にしなかった。
ハーブティーを飲まなくていいのなら、それに越したことはない。
素直に納得したサイラスは、預かったハーブを持ってくるよう別の使用人に頼んだ。
「これが奥様のおっしゃっていたハーブですか」
包みを少し開けて、中を確認したエルバートは何度も頷いた。
「早速、美味しい飲み方を調べなくては」とやる気満々な様子に、つられてサイラスも中身を確認するように覗き込んだ。
「お行儀が悪いですよ」
「そう言うなよ。ちょっと見るくらい別に……」
「旦那様?」
急にサイラスが黙り込んだからだろうか。
エルバートは心配そうな表情で、サイラスを見やった。
が、サイラスは何も返せなかった。
ある考えが頭をよぎったのだ。
ーーそうか、だから……だから、"後悔"なのか。
サイラスは瞳を閉じた。
ようやく真実を掴んだ。
そう思ったと同時に、サイラスの達成感は憂鬱な気持ちへと変わっていった。
リリーの悲し気な表情がまぶたに浮かび、それがどうしても離れなかった。




