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顔に当たる柔らかい陽射しを受けて、リリーは微睡から目覚めた。
ゆっくり体を起こし、伸びをする。
リリーは、何だかスッキリした気分だった。
先日、サイラスに思っていることを伝えられたからだろうか。
きちんと自分の心に向き合っていく覚悟ができた。
その変化が、この清々しさの理由だと強く思う。
サイラスにも今後について考えて欲しいと話したので、リリーだけで悩むこともない。
ゆっくり、お互いのことを見据えていけばいいのだ。
変わったなと思う。
色々な意味で。
きっと、これは良いことなのだ。
そして、サイラスとの関係が変わったのは何もリリーだけではない。
弟のピーターもまた、サイラスに対して内心思うところはあるものの、ただ毛嫌いするのは止めたようだった。
ピーターはリリーが決めたことを尊重しようとしてくれているらしい。
それが何とも嬉しかった。
ーーこの間なんて、二人で領地経営について話し合っていたものね。
観光で賑わっていたリリーの実家があるモンゴメリー領は、ここ数年、不穏な事件が相次ぎ、見る影もないほど閑散としていた。
大橋の建設自体は無事に終わったものの、イメージダウンはそう簡単に払拭できない。
つまり、観光地としての貴重な収入源を失っていたのだ。
サイラスがピーターに話したのは、それを補うための経営方針だった。
ーー土壁を売り込むなんて考えもしなかったわ。
リリーが以前、土壁を利用したサロンルームを補修したところから、サイラスは着想を得たらしい。
ピーターに、土壁の工事を請け負う商売をしてはどうかと持ちかけたのだ。
この国は、とかく雨が降ることが多く、冬の時期は寒気が流れ込む。
防寒対策は、貴族の間で悩みの種だった。
それが、土壁で軽減できるというのだから、ありがたい。
そう考える貴族は案外多かったようで、すでにまとまった数の工事依頼が来ている。
手頃な値段で工事や補修、修理修繕を請け負う契約なので、商売としての将来性や安定性もある。
おかげで、モンゴメリーの領地は新しい収入源を得ただけでなく、人を雇う仕事が増えて、領民の不満も減った。
どうやら、サイラスは帰国して間もない頃から骨を折って商談話をまとめてくれていたらしい。
もともと、ピーターよりも幼い時分から領主として様々な経験を積んでいるサイラスは、新米領主のピーターにとって良き相談相手になったようだ。
本当にありがたい。
それはピーターも同様で、他人行儀だったサイラスへの態度も少しずつ改善している。
いつの日か"伯爵"ではなく、"義兄さん"と呼ぶ日がくるかもしれない。
そんな未来に思いを馳せながら、リリーがベッドから起き上がると、いつものようにノックの音が響いた。
「どうぞ」と返事をすると、メイドのレイチェルが顔を覗かせる。
「奥様、おはようございます」
「おはよう、レイチェル。今日は晴れていて、気持ちがいいわね」
「はい、新年が明けてしばらく経ちますが、この時期に今日のような天気は珍しいですよ」
「そうね。わたしは雨の日も好きだけれど、やっぱり晴天の方が過ごしやすくていいわ」
「まったくです」
話しながら身繕いしていると、レイチェルがふと手を止めて「そういえば」と切り出した。
「お手紙が何通か届いていましたよ。今すぐお持ちいたしましょうか?」
「ええ、お願いするわ」
身支度を終え、しばらく待っていると、レイチェルが手紙を持って戻ってきた。
「ありがとう。目を通したら、下に行くわね」
朝食までにはまだ時間があるので、ゆっくりと手紙の封を切って中身を確認する。
一通目は、義母であるマリーからのもので、先日サイラスと共に新年の挨拶に行った時のお礼状だった。
また顔を見せて欲しいという一文に、思わず笑みが漏れる。
マリーとは和解後、何だかんだで良好な関係を築くことができていた。
両親を亡くしたリリーにとって、義理とはいえマリーのような母親がいてくれることは、非常にありがたいことなのだ。
サイラスとも上手くいっているようなので、本当に嬉しい。
リリーはマリーからの手紙を丁寧に畳んで脇に置き、二通目の手紙を手に取った。
そして、一瞬困ったように動きを止めた。
差出人の名が、"エリザベス"となっていたからだ。
「フレデリック……」
エリザベスは、フレデリックがリリーに連絡を取る時の偽名だった。
女性を装えば下手な詮索をされないからという理由で、フレデリックが考えたのだが、リリーは困ったように、エリザベスという文字を指でなぞった。
彼からの手紙に困ったのは、友人とはいえ独身男性から送られてきた個人的な手紙であるという以上に、その内容が何となく察せられたからだ。
思い切って手紙を広げ、文章に目を通したリリーは内心でため息をついた。
やはりというか、フレデリックの手紙には"話を聞いて欲しい"、"会いたい"の文字が並んでいる。
以前、劇場で偶然出会った際も同じようなやり取りをした覚えがあったので覚悟はしていたが、やはり気が重かった。
別にフレデリックが嫌いなわけではない。
ただ、彼の中ではジェイソンのことは未だ過去ではなく、ジェイソンの死の悲しみをリリーと分かち合いたいという気持ちが大きい。
そんな彼が、前を向いて進もうと決めたリリーをどう思うだろうか。
受け入れてくれるだろうか。
悲しそうに俯くだろうか。
それが気がかりだった。
神妙な顔で手紙を持ったまま、リリーは物思いに耽る。
それを中断したのは、トントンという軽いノックの音だった。
「ど、どうぞ」
急いで持っていた手紙を置き、その上にマリーの手紙を乗せて隠す。
振り返ると、ドアノブに手をかけたままのサイラスがいた。
どうぞと言ったにも関わらず、サイラスは室内には入って来なかった。
首を傾げながら、もう一度「どうぞ」と言うと、サイラスは少し緊張した様子で中に入って来た。
「ごめん、朝食の時間を過ぎても来ないからどうしたのかと思って」
「もうそんな時間だったの?ごめんなさい、ぼうっとしていて。今すぐ行くわ」
「いや、いいんだ」
チラリと手紙の束を見たサイラスは、首を振った。
「手紙を読んでいたんだろう?読み終わってからでいいよ」
「いいえ、本当にいいの。手紙はもう読んでしまったし、お返事は……また、後で書くから」
「何だか浮かない顔だね。大丈夫?」
ええ、と言おうとして、ふとリリーはサイラスを見つめた。
サイラスにはフレデリックのことは全て話してある。
内容が内容なので、ずっと一人で抱えてきたが、サイラスなら相談にのってくれるかもしれない。
リリーは思い切って、サイラスに手紙を差し出した。
「何?」
「フレデリックからの手紙よ」
「それは……」
と、そこまで言って、サイラスは口をつぐんだ。
近くの椅子に腰を下ろし、リリーを見つめる。
リリーの次のことばを、サイラスは待っているようだった。
「わたし、フレデリックのことは大切な友人だと思っているの。でもね、今の関係は良くないとも思うの。フレデリックにとっても、わたしにとっても」
「ああ」
「自分の意思で、わたしたちはずっと殻に閉じこもってきたわ。七年前からずっと。悲しみや罪悪感に浸っているのは楽だった。ジェイソンを感じていられたから。でも、今はそれではいけないと思うし、乗り越えたいと思っている。わたしは将来を見据えたいの」
もちろん、フレデリックにジェイソンのことを忘れて欲しいとは思っていない。
あんな終わり方をしてしまったが、ジェイソンは大切な人だった。
初恋の人で、唯一無二の人。
それはフレデリックにとっても同じだろう。
ただ、リリーはいつまでもフレデリックにジェイソンのことを引きずっていて欲しくなかったのだ。
リリーとフレデリックのこの依存関係は、きっと間違っている。
お互いの未来を潰し合っているようで、リリーはひどく悲しかった。
「だからね、わたし、フレデリックに会おうと思うの。今のわたしの正直な気持ちを伝えるために。彼には、嫌な思いをさせてしまうかもしれないけれど……サイラスは、どう思う?」
少し不安そうに、リリーはサイラスを仰ぎ見た。
変わりたいと思っていても、こういう時やはり昔の意気地がない自分が顔を出す。
情けないが、リリーの心は迷っていた。
反して、サイラスの瞳には迷いがない。
それが背中を押してくれるような気がした。
「いいと思うよ。君がそうしたいなら、そうするべきだ。友人として大切に思っているからこそ、君は彼と誠実に向き合いたいんだろう?だったら、そうすればいい。時間はかかるかもしれないが、彼もきっとわかってくれると思う。ただ……」
「ただ?」
「できれば、わたしも同行したい。その場に同席するのは叶わなくとも」
君の傍にいてあげたいんだとは、サイラスは言わなかった。
しかし、リリーを案じる瞳から、それは十二分に察せられた。
だからこそ、リリーは破顔した。
背中を押してくれたサイラスに。
リリーを支えたいと思ってくれている、その気持ちに。
ただ一言「ありがとう」と言って。
そんなリリーに、首に手をやりながら、サイラスは呟いた。
「……全部」
「え?」
「全部、君がわたしにしてくれたことだ」
サイラスは照れたように背を向けた。
いや、実際恥ずかしいのだろう。
彼のうなじが、ほんのり赤い。
何だかこちらまでムズムズとしてしまい、リリーは思わず俯いた。
今、自分はどんな顔をしているのだろうか。
そして、背を向けたサイラスの表情も。
見てみたいような、見たくないような、不思議な気持ちのまま、リリーがつま先を見つめていると。
「あのう、すいません」
突然、レイチェルがドアから顔を出した。
咄嗟に、サイラスと二人、椅子から飛び上がるようにして立つ。
「お取り込み中のところ、大変恐縮なのですが」
「な、何かしら?」
「朝食はいかがいたしましょうか」
「あ」という二つの呟きが重なった。




