6
翌日、リリーは見慣れぬ部屋で、見慣れぬ天井を仰ぎながら目覚めた。
住み慣れた実家の天井を眺めることはもうないのだと思うと、朝からひどく憂鬱になる。
「だめよ、頑張らなきゃ」
自身を励ますように、リリーは言った。
誰が聞いている訳でもなかったが、しっかりしなければと言い聞かせない限り、ずっと塞ぎ込んでしまいそうだった。
大きく深呼吸をして、リリーはベッドから起き上がった。
身支度をすべく、メイドを呼ぶ。
「おはようございます、奥様」
現れたのは、昨夜紹介されたメイド頭のアンだった。
彼女に頼んで、朝の支度を手伝ってもらう。
アンはこの屋敷に勤めて長いらしく、腕も確かで丁寧な仕事をするメイドのようだった。
ものの数分でリリーの身なりを完璧に整えてくれたことに、リリーは心から感謝した。
「どうもありがとう」
先ほどまで憂鬱だった気持ちが上向く。
アンにそのつもりはなかっただろうが、頑張る勇気を貰った気分だ。
後押しされる形で、リリーはさっそく階下へと降りて行ったのだが。
朝食のテーブルについた時、リリーは周囲を見渡して首をかしげた。
傍に控えるエルバートに素早く挨拶した後、さっそくその疑問を口にする。
「伯爵……いえ、サイラスはまだ寝ていらっしゃるのかしら?」
さすがに夫に対して、伯爵呼びはいかがなものかと思い、サイラスと訂正してからリリーは尋ねた。
が、エルバートは特に気にした様子を見せなかった。
昨夜と同じく、無表情のまま淡々と答える。
「旦那様は所用で、すでに出かけております」
「そう……」
リリーは、肩を落とした。
少しでもいいから、サイラスと話せないかと思っていたのだ。
朝、早く起きて活動する貴族はほとんどいない。
サイラスもその例に漏れず、昼前くらいになって起き出すものと考えていたが、あてが外れてしまった。
そもそも、エルバートは所用でと言ったが、リリーと顔を合わせないように、サイラスは早朝に出て行ってしまったのではなかろうか。
そう思うと、リリーはひどく気持ちが沈んだ。
ーーでも、まだ一日目じゃない。
まだまだ機会はあるはずだと、リリーは自分を励ました。
サイラスは社交界デビューの時、見知らぬリリーを助けてくれた。
基本的には、女性に対して親切で優しい人なのだと思う。
であれば、今はひどく怒っていても、いつかは冷静になってリリーの話を聞いてくれる可能性は十分にあった。
これからゆっくり時間をかけて和解していけばいい。
リリーは、そう考えた。
ーー大丈夫。大丈夫よ。
まるで呪文のように、リリーは心の中で呟いた。