113
ピーター・ウォリンジャーは珍しく苛々していた。
今、目の前には地方貴族の男性が座っている。
ピーターの不機嫌顔の原因は、彼だった。
というのも、男性からリリーとの結婚を申し込まれたのだ。
喪が明けてから、リリーへの結婚打診はちらほらあったが、わざわざモンゴメリーの領地までやって来たのは、彼が初めてだった。
ジェイソンが亡くなった時も同じようなことがあったのだが、あの時はまだ両親が健在で、二人が対応してくれていた。
今はピーターが家長なので、結婚の申し込みを受けるかどうか、判断しなければならない。
が、当然ピーターは断るつもりだった。
リリーに聞くまでもない。
男性の目当ては、リリーの結婚持参金だからだ。
この男性貴族の家が財政的に苦しいというのは、有名な話だった。
裕福な家の子女と結婚するのが、一番手っ取り早く財政難を解決する手段だと考えているのも明らかで、だからこそ、ピーターは腹が立って仕方がなかった。
ーーでも、彼の懐事情は関係ない。
例え貧しくとも、リリーのことを本気で愛してくれる人なら、ピーターとて、こうも邪険にすることはなかった。
ピーターが許せないのは、先ほどから男性がリリーのことをまるで使い古しのタオルか何かのように、市場価値がないと言って憚らないからだ。
男性はリリーが自分と結婚すべき理由を並べ立てていた。
リリーの年齢では再婚は不可能で、自分くらいしかもらってくれる人はいないだろうと言うのだ。
世間体が悪い未亡人を、善意でもって、もらい受けるとも言った。
何より腹立たしいのは、ピーターが早くリリーを家から追い出したいと、男性が考えていることだった。
男性は恥ずかしげもなく言い放ったのだ。
あなたの目の上の瘤を取り除いて差し上げると。
ーー全くもって余計なお世話だ!そもそも、僕は姉さんのことをそんな風に思ったことなんてない!失礼にも程がある!
ピーターがいかにリリーのことを愛しているか、この男性は理解していないのだ。
ピーターが憤慨するのも頷ける。
だが、実は世間的に見れば、男性の言うことの方が一般的な意見であることは否めない。
貴族のほとんどが、女性は結婚して子をなす存在としか見ていないからだ。
例え、死に別れたのだとしても関係ない。
未亡人とて、いつまでも家にいられては困るというのが、大多数の意見だった。
ーー本当に嫌な社会だ。人権なんて、ないに等しいじゃないか。
ピーターは舌打ちしたいのをグッと堪えた。
とにかく今は、この男性の打診を断り、さっさとお引き取り願わなければならない。
ピーターは表情を引き締めた。
数時間後。
ピーターはグッタリしたように、机に突っ伏していた。
男性に諦めてもらうには、実のところ、かなり骨が折れた。
やんわり断ると食い下がってくるし、かと言ってはっきり拒否するのは、相手のプライドを傷付けることになるからだ。
ーー姉さんが不在で、本当に良かった。
リリーは今、教会へ出かけている。
あの不愉快な男性とリリーが鉢合うことなく、何とか結婚を断れたのは僥倖だった。
「旦那様」
呼ばれ、ピーターは何とか顔だけ上げてみせた。
行儀が悪いのはわかっていたが、疲労困憊していて、今はまともに対応できそうになかった。
「ごめん。急ぎじゃないなら、後にして欲しいんだけど」
「わかりました。では、こちらに置いておきますね。後でご確認ください」
そう言って、使用人は机上に封筒を置いて立ち去った。
ーー手紙か。一体、誰からだろう。
チラリと封蝋の印璽に視線をやる。
すぐさま、ピーターは身体を起こした。
手紙の差し出し人がわかったのだ。
疲れていることも忘れて、ピーターは手紙の封を切った。
便箋を取り出し、急いで内容を確認したピーターは、目を輝かせて、拳を握りしめたのだった。




