105
ーーああ、これでようやく償いになるだろうか。
サイラスは死にゆく意識の中で、そう思った。
幼い時分に、父親が逝ってしまったサイラスにとって、死という概念は身近なものだった。
祖父も若くして亡くなったと聞いていたので、マクファーレン家は代々、短命なのだろうと、そう思っていた。
サイラス自身も、そう長くは生きられないだろうと、覚悟していた。
おそらく、代々の当主が短命なのは、マクファーレン家の裏の役目が関係しているのだろうと思われたが、詳細はわからなかった。
とはいえ、とはいえである。
サイラス自身が今こうして死に向かっているのは、その役目のせいではない。
"とある人物"のせいで、死にかけているからだ。
死にたくないと思うのは、きっとそれが原因だった。
今ここでサイラスが死ねば、リリーが悲しむだろうとわかるからだ。
ーー泣かせたくないな。
そう強く思い、サイラスの意識はそこで途絶えた。
遡ること数刻前。
今日はすこぶる天気が悪いなと、サイラスは思った。
元々、晴天の日が少ない季節ではあるものの、今日程の悪天候は珍しかった。
吹き荒れる暴風、止めどなく降り続ける雨。
まるで、これから起こり得ることを予見するかのような天気に、辟易してしまう。
とはいえ、サイラスのするべきことは変わらない。
ただ待つ、これのみだ。
ようやくかと思ったのは、それからどれくらいの時間が経った頃だろうか。
一般的に深夜と言われる時分。
サイラスの待ち人は、足音を立てずにやって来た。
いや、忍び込んで来たという方が正鵠か。
その体格からは想像し難いが、かなり繊細な足運びと言える。
夜半である上に、灯りを一切付けていない室内は、暗闇のそれ。
事前に侵入者の意図を理解していなければ、サイラスとてその接近には気付かなかっただろう。
サイラスはゆっくりと振り返った。
相手の位置を正確に把握している訳ではなかったけれど、侵入経路が限られているので、自然、サイラスの視線はドア付近へと向けられる。
若干、相手が怯んだような気配がしたが、サイラスは構わなかった。
「いらっしゃい、というべきか。招待した訳ではないけれど、よければ、腰かけるといい」
応えはない。
どう対応すべきか、考えているのだろう。
サイラスは肩をすくめ、もともと座っていた椅子に掛け直した。
「少し、話をしようか。君がここに来た理由について」
「……全てわかっているとでも言いたげだな」
初めて相手から反応があった。
不安や苛立ちではない、ただ淡々とした声色だった。
そうであって貰わないといけないと思った。
相手が冷静であってこそ、サイラスの知りたいことを聞き出せるのだから。
「わたしは、全てわかっている訳じゃない。知っているだけだ。君がどういう人間なのかを。君は今夜、わたしを殺しに来た。そうだな」
相手は肯定も否定もしなかった。
別に言質を取りたかった訳ではない。
サイラスは頓着せず続けた。
「君はレイチェルから、リリーが実家に帰っていることを聞いたはずだ。リリーの居ない今こそ、わたしを殺すチャンスだと考え、行動に移した。好都合なことに今夜は嵐、物騒な物音はかき消してくれる。多少の荒事は辞さない、君らしい行動規範だと思うのだが」
「いいだろう」
相手の口調はやはり淡々としていたが、少し身じろぎしたようだった。
いや、近くにあった椅子を引き寄せて座ったのだろう。
布の擦れる微音が、サイラスの耳に届いた。
「それで、他に何を"知っている"というんだ」
「君がジェイソンとリリーの両親を殺し、リリーを意図的に流産させたということだ」
サイラスがあまりに率直に言ったからだろうか。
相手は沈黙で返さなかった。
暗闇に慣れてきたサイラスの目には、しっかりとわかった。
相手が息を呑む様が。
畳み掛けるなら今かもしれないと、サイラスは思った。
これは一種の賭けだ。
相手の反応によっては、これから取るべき対応が変わってくるのだから。
だからこそ、サイラスは抑揚のない声音で語りかけた。
「もう一度、言おう。わたしは知っている、君が殺人犯だということを。違うか、ハンク」
刹那、まるでタイミングを図ったかのように雷鳴が鳴り響いた。
一瞬、室内にも光が入り、皮肉気に笑うハンクの表情が露わとなった。




