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帰ってきた夫  作者: 西子
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結婚して、二ヶ月が経った。

サイラスとの関係は相変わらずである。

リリーがサイラスと一緒に過ごそうとしていることを、彼は鬱陶しく思っているようだった。

次第に、サイラスが屋敷に帰ってこない日も多くなってきたので、リリーはひどく心を痛めていた。

この頃になると、リリーは積極的にサイラスに話しかけるのをやめていた。

和解を諦めたわけではない。

リリーの方からサイラスに関わるのは、逆効果だと悟っただけだ。

これ以上リリーへの心象を悪くさせたくない。

だから、リリーはサイラスの怒りが落ち着くまで待つことにした。

もちろん、顔を合わせれば挨拶をするし、話しかけもするのだが、サイラスの怒りに触れない程度の、ごく短い淡白なやり取りだけを心がけている。

サイラスが不在であることが多いので、最近では、そのわずかな機会さえほとんどないのだけれど。


本当は、両親に相談しようかと思ったこともあった。

娘の結婚を強引に進めてしまうような人たちだが、決してリリーのことを愛していないわけではない。

そもそも、サイラスとの結婚だって、娘の幸せを思っての行動だった。

そんな二人だから、間違いなくリリーの味方になってくれる。

家族なので、ある程度プライベートなことでも相談しやすいはずだった。

しかし、それが叶わないことをリリーは悟った。

最近、リリーの実家であるウォリンジャー家が治めるモンゴメリー領が、洪水の被害にあったのだ。

河川が多いこの領地は、綺麗な水が豊富にあるため、農作が盛んで豊かな土地柄である。

だからこそ、水害によるダメージはかなりの痛手だった。

収穫前の農作物が、ほとんど使いものにならなくなってしまったのだ。

また、領地の中央に位置する大橋が倒壊したことも深刻な問題である。

川を渡るのに、大きく迂回しなければならないからだ。

旅行客がめっきり減ったし、そこで暮らす領民の生活にも支障が出ている。

父親のジョージは終始その対応に追われていた。

首都を離れ、モンゴメリーの領地で事後処理に奔走中なのだ。

それを心配した母親のアリシアも、リリーの弟であるピーターを連れて、領地に帰ろうとしていた。

つまり、リリーの実家は今、大変ごたついている。

リリーはサイラスのことを相談するのは、後回しにしようと思った。

これ以上、両親に心配事を増やしたくない一心であった。

有能な父ならば、時間はかかってもきっと立て直せる。

そう信じていたから、領地の件が落ち着くまでは相談しないと決めた。


であれば、友人を頼ればいいと言いたいところだが、それも叶わなかった。

数少ない友人の一人であるモリーは、リリーの一番の親友だ。

彼女なら、喜んで相談にのってくれるだろう。

しかし、とても心配性なモリーがリリーの現状を知れば卒倒しかねない。

モリーの優しげな瞳が心配そうにかげるのを、リリーは見たくなかった。

せめて相談するにしても、もう少し時間をおいてからにしたい。

その間に、サイラスの怒りが少しでも収まるかもしれないし、リリーが何かいい打開策を思いつく可能性だってあるのだから。

それに、モリーには今、親しくしている男性がいるらしい。

その彼から結婚を申し込まれるかもしれない大切な時期に、リリーの険悪な結婚生活のことを相談して、水をさしたくない。

そんな思いもあり、リリーはモリーへの相談をみあわせていた。


ちなみに、リリーにはもう一人、友人と呼べる人物がいる。

フレデリックだ。

しかし、愛人ではないかと噂される彼とは、そもそも表だって会うことはできない。

義母のマリーに言われるまでもなく、既婚女性が独身男性と二人きりで会うべきでないことくらい、リリーにだってわかっていた。

そもそも、フレデリックだって、今はそれどころではないだろう。

彼は、もうずっと長い間、悲しみに苛まれているのだから。


だから、リリーはもう少しだけ、自分なりに頑張ろうと思っている。

手始めに、リリーは自分でもできることはないかと考え、妻としての責任の一つとして、屋敷のことをとり仕切る仕事に励もうと考えていた。

まず、手をつけたのは屋敷の修繕である。

もちろん、伯爵家の屋敷なので、管理は十分、行き届いているのだが、リリーはサンルームに問題があることに気付いていた。

サンルームには大きな窓があり、たくさんの陽光がさし込むようになっている。

読書やちょっとしたお茶会には、もってこいの場所だ。

ただ、とにかく寒い。

壁が薄いので、冷気が入ってくるのである。

この国は年間を通して雨が降る日が多く、肌寒いのが常だが、サンルームは特に冷えた。

先日、マリーが訪問した際に、サンルームを使わなかったのはそれゆえである。


リリーの見立てでは、壁を工夫するのが一番の解決策のように思えた。


ーー土壁はどうかしら。


この国では、あまりメジャーではないが、 土壁は冷気を遮り、保温効果を高めてくれる。

足元には絨毯を敷くか、ヒーターを置けば快適に過ごせるはずだ。


リリーはさっそく、執事のエルバートとメイド頭のアンに、自分の考えを話してみた。

アンは土壁を知らなかったようで難色を示したが、エルバートは案外、興味をもったようだった。


「土壁ですか。そういえば、聞いたことがあります。どこかの領地で、実験的に土壁を利用した家を建てていると」


実は、その領地がリリーの実家が治めるモンゴメリー領だった。

河川が多く、強い風が吹き込むモンゴメリーの領地では、昔から冬の寒さが激しく、領民たちを悩ませていた。

少しでも暖かく冬を過ごせるようにという配慮から、土壁で家を建てる取り組みが始まり、今に至る。

すでに数年前から、土壁の有効性は証明されていた。

すべて、ジョージの手腕だった。


「それは、素晴らしい」


エルバートはしきりに感心していた。

珍しく、無表情の仮面を取り払っている。

が、「サイラスもそう思ってくださるかしら?」と尋ねると、エルバートは黙り込み、アンは視線をそらしてしまった。

「まあ、そうよね」と、リリーは苦笑気味に頷いた。

賢明なサイラスであれば、土壁の有効性を証明すれば了承してくれるだろう。

しかし、それがリリーの提案だとわかれば、考えを変えてしまうかもしれない。

サンルームは人を招くこともある場所だ。

客人を大切にもてなすのは、当然のマナーである。

そして、寒さから客人を守るのもまた、屋敷の主人の務めだった。

それが、ひいてはサイラス自身の評価へと繋がる。

妻として見逃せない問題だ。


「では、こうしましょう」


リリーは、思いきって言った。


「エルバートからサイラスに打診してくださらない?彼も、あなたからの提案であれば耳をかすでしょう?」


以前のサイラスとエルバートのやり取りから、二人が気心の知れた関係であることは間違いないだろう。

であれば、リリーから提案するより受け入れてくれる可能性は高い。

そもそも、最近ではサイラスと顔を合わせることがほとんどないリリーである。

提案しようにも、機会そのものがないのだ。


「どうかしら?引き受けてくださる?」


エルバートは黙ってリリーを見つめていたが、ややあって深々と礼をとって頷いた。


「わかりました。旦那様に申し上げてみましょう」

「ありがとう」


リリーは、にっこり微笑んだ。

サイラスがどう決断するかはわからないが、何となく上手くいくような気がした。


そして、実際、サイラスは土壁の件を了承してくれた。

エルバート経由でそのことを聞いたリリーは、胸をなでおろす。


「では、さっそく専門の業者の方にお願いしましょう。ツテがあるので、わたしから連絡しておくわ」





それから、数ヶ月が経ち、サンルームの修繕は無事に終わった。

見事な土壁を作ってくれた業者に、リリーは心から礼を言った。

やはり、この人に依頼してよかったと思う。

数年前に、モンゴメリーの領地で土壁の家を手がけてくれたのも彼だったので、心配はしていなかったのだが。


ーーこれで、きっと過ごしやすくなるわ。


今度もし、誰か客人を招くことがあれば、このサンルームを使うのもいいかもしれない。

リリーは満足げに微笑んだ。

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