表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰ってきた夫  作者: 西子
105/126

98


「え……」


リリーは最初、言われたことばが理解できなかった。

頭がフリーズして、意味を理解するまでに、やや間が空く。


「……どうして」


リリーがようやく口を開いた時、発せられたそのことばは明らかに困惑のそれだった。

当然だ。

湖に着くまでの道中、二人の間には和やかな雰囲気が漂っていた。

決して、別れを切り出されるような、そんな険悪なものではない。

リリーに至っては、サイラスへの想いを固め、夫婦として一緒に歩んで行こうと決めたばかりでもあった。

だからこそ、リリーはもう一度、繰り返した。

「どうして」と。

思いの外、声音が弱々しいものになってしまったのは仕方がない。

リリーはサイラスの意図を押し測ろうと必死だった。


「どうして……どうして、そんなことを言うの?急に、そんな……もしかして、わたし、何か気に障るようなことをした?何か迷惑をかけるようなことを?」

「リリー」


必死に理由を探るリリーを、サイラスはやんわりと止めた。

首を横に振り、静かに言った。


「君は何も悪くないよ。気に障ることもなかったし、迷惑だと思ったこともない」

「じゃあ、どうして……」


そんなことを言うのと、リリーはサイラスを見上げた。

じっとサイラスの返答を待ちながら、サイラスの表情を確認し、それが穏やかなままだったことに、なおリリーの胸中は掻き乱されるのだった。


「理由は……いや、やめよう。今となってはもう意味がないことだから」

「何よそれ……」


リリーは呆気に取られて呟いた。

別れるというのは、つまり離婚するということだ。

それは重大事だった。

貴族にとっての離婚は、不貞の証明でもある。

特に、女性側に不利な裁定が働くので、離婚が成立すれば、リリーはまず間違いなく生活の全てを失う。

だが、リリーにとって今一番、頭の中を占めているのは別の事柄だった。


ーーどうして、そんな酷いことを平気で言うのよ。


二人の関係をどうしていくのか、これからの将来についてどうしていきたいのか、一緒に考えるのではなかったか。

未来に向かって進んでいくのではなかったのか。

それを無意味だと、サイラスは今そう言ったも同然だった。

だから、リリーは叫んだ。

「意味がないことなんてないわ!」と。

今までのリリーでは考えられないほど、大きな怒りを含んだ声音だった。


「あなたが言ったんじゃない、やり直そうって!今までのことを償いたいって!これからのあなたで、それを示してくれるんじゃなかったの?一緒に変わっていくんじゃなかったの?それなのに、急にそんな……自分勝手にも程があるわ!」


お互いに成長して、一緒に幸せの形を見つけていくのだと思っていた。

その過程で、悩んだり苦しんだりすることはあれど、それは次に進む為に必要な痛みであり、覚悟でもあった。

それなのに。

サイラスは「別れよう」という一言で、それら全てを否定してしまった。

切り捨ててしまった。


ーーあまりに、それじゃあ、あまりに虚しいわ……。


今までの二人で歩んできたものを、関係性を、サイラスは非道なまでに足蹴にし、台無しにしてしまった。

リリーは震えるように自身の身体をかき抱いた。

涙が頬を伝うままに任せて。


「リリー……」


そんな悲しそうな顔をしないでよと、リリーは思った。

サイラスの方がよほど苦しい表情をしているなんて、おかしいではないか。

この現状を引き起こしたのは、他ならぬ彼自身なのに。


「君を泣かせるつもりはなかった。ごめん」


ーー謝らないで。謝るくらいなら、理由を教えて。ちゃんと、わたしを納得させてよ。


リリーはとうとう、その場に崩れ落ちた。

サイラスは一切、言い訳を述べなかった。

ただ謝るだけで、彼は理由も事情も何も教える気などないのだ。

そこに、サイラスの揺るぎない本気を感じた。


「わたしが全て悪いんだ。恨んでくれていい。だから、リリー……別れよう」


ーーそんな風に言うなんて、ずるいわ。それじゃあ、あなたを許せなくなるじゃない……。


リリーはきっとサイラスを許したいのだ。

何だかんだで、夫婦としての絆がある。

こんな形で、今まで築き上げてきたものを壊したくなかった。

でも、サイラス自身がそれを求めていない。

サイラスはもう何かを決めてしまっていて、リリーとの離別を選んでしまった。

全て手放す覚悟を固めてしまったのだ。


ーーああ、わたし達はもう……。


戻れない。

後はもう、抗う術のない水の如く、ただ流れていくだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] サイラスが別れを切り出したのはびっくりしたけれど、初期とは違ってただリリーのための行動に思える。 リリーはサイラスを夫として大事に思ってるけど、サイラスはリリーを一人の女性として愛していて…
[良い点] サイラスが初めてカッコイイって思った [一言] 覚悟の一言。 サイラスは、「後悔」の理由を知っていそうだな。 そして犯人と対峙しそうな気がする。 ただ、別れようじゃないんだって気がしまし…
2022/05/22 09:16 通りすがりの謎ハンター
[良い点] サイラスがリリーに別れを告げ(自分の初恋にもw) リリーが本当に愛している人へ行けるように背中を押したこと。 [気になる点] サイラスはきちんと自分の気持ちを伝え、リリーが気兼ねなく嫁げる…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ