第5話 胸を触られてもいいくらいの好き
何事もなく、肉球亭で落ち合った俺と守山さんだったが。
裏路地のどこへ続いているかも一見怪しい道を行くのは、さすがに守山さんのほうにもためらいがあったようだった。とはいえ店主の趣味である北欧風の店構えを見て一安心、無事、店内で落ち合うことができた、ということだ。
とりあえず飲み物の注文だけして、店員のミカさんにエスプレッソとココアを持ってきてもらったところで。
正門前でできなかった話を始める。
「まずは、あんなところで話そうとして、デリカシーがなかった」
この通りだ、と頭を下げる。
「だ、大丈夫だよ? 私こそ、待ち合わせの場所で待ってなくてごめんね? ただ、その、遠野くんが帰っちゃってて、公園に今ならいるから、って」
「そうか、すれ違いにならなくてよかった。こういうことは、早いほうがいいもんな」
で、だ。
本題、守山さんが俺にラブレターをくれた理由。
言いづらいことだが、言わなければ、話を進められない。
幸いこの寂れた喫茶店には、ミカさんと俺と守山さんしかいない。ミカさんは秘密を守る人だから、二人きりなのと同じだ。
「その、大変、言いにくい、んだけど」
「うん」
「――守山さんはいじめられているんだな?」
「ううん?」
「いや、いい。わかる。言いたくないし、認めたくないよな。けどもう俺はわかっちまってるんだ」
いじめなんていうのは誰にでも起こってしまう。
なぜ、あの子が、なんて、わからないものだ。
善人だったからこそ、優れていたからこそ、優しかったからこそ。
いじめる側に理由があっても、正当性はない。
理不尽なものなのだ。
「辛かったよな。ほんと、守山さんをいじめるなんざふざけたやつらだ。俺は、決して、守山さんがそんな目に遭っていい人なんかじゃないと、声を大にして主張する」
「だから待って? あのね、手紙じゃ伝わらなかったかもしれないけれど」
――一息、守山さんが溜める。
「私、守山莉世は、遠野くんのことが、好きです」
大いに首を傾げた。
「盗聴器でもしかけられてる?」
「しかけられてません! 何なら調べてみてもいいよ」
ほら、と守山さんが目を閉じて両手を広げる。
ボディチェックしろ、ということかな。
それはつまり、俺ごときが、守山さんに触れるということで。
「び――」
ビッチ。
守山さん、さすがにそれは無防備すぎで、わざとじゃないのか。
いいの?
胸とか尻とか足とか、執拗にボディチェックするけどいいの?
「って、いやいやいやいや、うん、わかった。盗聴器とかない。ない、にしても」
確かめる度胸なんてない。
恐れ多いにもほどがあった。
「じゃあ? あれ? つまり、これは夢ってことでファイナルアンサー?」
「ぜひ周囲の人を頼ってください」
「ミカさーん、今俺寝てんのかなー?」
カウンターの向こうにいいるミカさんに呼びかけると、
「そのコーヒーの代金踏み倒す気なら、相手になるけど?」
圧倒的プレッシャーを感じる。
これは現実だ、寝ぼけてたら死ぬ系のアレだ。
「ダメ押しに、ちょっと電話してもいいでしょうか」
「どうぞ。遠野くんが気の済むまで」
さっそく俺は、唯一の友だちであるめぐむに電話をかける。
「あ、もしもしめぐむさん?」
『おかけになった電話番号は現在使われておりません』
「着拒にされてんだった!」
スマホごと手をテーブルに打ちつける。
「他の人にかけてもいいんだよ?」
「……その、アドレス帳でかけられる相手、めぐむしか、いないんだ。さすがに親と警察に相談するわけにはいかないし」
「何ていうか、ご、ごめんなさい」
こちらこそ気を遣ってもらってごめんなさいです。
手を打つ守山さん。
「あ、でも、私とアドレス交換をすればいいよね」
「ありがとう、けど、守山さんのスマホを爆発させるわけいはいかない」
「ただアドレス交換するのに一体何があるのかが不思議でならないんだけれど」
眉をしかめる守山さん。
かわいい。
「じゃなくて、こんな話がしたいんじゃなくて。夢じゃないよ、現実です。ほら」
守山さんの手が伸びてきて、そっと俺の頬をつねてきた。
痛い。
古典的だが、夢ではないと確かめることができた。
「わ」
驚く守山さんに、
「ふぁにか?」
どういうことか聞くにも、頬をつねられたままで、うまく喋れなかった。
守山さんは笑顔で、
「遠野くんのほっぺって、やわらかいね。ずっと触ってたい」
ヴィッチ!!!
守山さんのヴィッチ、もう知らない、どうなったって知らないんだからね!
「守山さんは夜道の背後には気をつけるべきだと思う」
いつ性的に暴走した男子に襲われないとも限らない。
「どうして寝ぼけてるみたいなことを言い出すのかわからないけど、ちゃんと目は覚めてる?」
「大丈夫、ちゃんと、現実だってことはわかってる」
わかってる、けど、残念ながら、打ち明けなければならない。
「けど、俺には金持ちのじいさんを助けた経験なんてないんだ!」
「私もないけど、遠野くん、真面目に話してくれる? そろそろ、私も怒るんだからね」
「むしろ守山さんは俺を視界に入れた時点で怒ってていいと思う」
「またそうやってふざける。さすがに私も、傷つく、かな」
「ごめん、けど、別にふざけてない。ずっと大真面目だよ、俺は」
守山さんの顔が真っ直ぐ見られない。
「俺のことを好きとか、ありえない」
もし守山さんが俺のことを好きだというのなら。
いじめられて嫌がらせのために言わされているとか。
はたまた俺の財産目当てとか。
あるいは、守山さんが男なら誰でもいいビッチだとか。
そのくらいじゃないと、ありえない。
「ちょっとごめんね」
ちらりと、守山さんはバーカウンターのミカさんを確認。
ミカさんは今、グラスを磨いているところでこちらを見ていない。
俺もまた守山さんから視線をそらしていたとき、手を引っ張られる。
守山さんの手は熱いなあ、でなくて。
反射的に視線を戻すと、俺の手が、守山さんの胸へ導かれていた。
「うわああああああ!」
触れてしまう前に、俺は無理やり手を引っ込めた。
守山さんのビッチ!
ここまで若者の性は乱れておるのかけしからんいいぞ!
「遠野ー?」
ミカさんから声がかかり、恐る恐るそちらを見る。
銀色のナイフが、光り輝いていた。
「ここは、カフェだよ。静かに、ゆったり過ごすカフェ。わかるよねえ?」
笑顔なのがまた怖い。
ヘッドバンキングかってぐらいうなずけば、ナイフはそっとしまわれた。
「えと、なんか、ごめんなさい」
「取り乱した俺も悪いけど、うん、守山さんも悪い。だめですぞ、マジに勘違いとかするので、いくらふりっていっても、自分を大事にするべきでござらんか」
「口調」
小さく笑う守山さんはかわいいなあ、と。
「ふりじゃないよ。――今なら、店員さんも見てないし」
テーブルの上に軽く身を乗り出す守山さんは、胸を見せつけるような体勢だった。
背徳感といやらしさのマリアージュだった。




