第42話 告白、再び
気がついたら、好きな女の子の部屋で好きな女の子に下僕志願していた。
自分でもなぜこうなったのかわからない。
けれど出した答えは間違いなく、守山さんの下僕になる、だった。
「ちょっと待って徹くん。え? 何? 下僕? なんで?」
頭を抱えたりこちらをうかがってきたり、守山さんは忙しない。
同じベッドに腰かけて、隣でその様子を見ているのは少し楽しかった。
「こうするしか、俺は守山さんのそばにいられないんだ」
「いやいやいやいや、おかしい、おかしいよ」
「市内で一番頭のおかしい高校生だという自負はある」
「じゃなくて、そうじゃなくて、あーもう」
紅茶を一口飲んで、よし、と守山さんは息をつく。
「私たち、友だち、だよね?」
「そういうものの見方もあるかもしれない」
「友だちです。で、それがどうして下僕って話になってくるの? 遠ざかってる。ものすごーく、遠ざかってるよ関係が」
「下僕がイヤなら、パシりとか、奴隷とか……ペット?」
「同じようなもの、というかダメ。ダメです、認められません」
「こう言っちゃなんだけど、いないよりは役に立つぞ。パシリもするし学校での面倒ごとも代わりにやるし、能力的にできることなら何でもする」
「ななな何でも……?」
「だからぜひ下僕にしてほしい」
「だっ、ダメ、ダメです。そんな甘い言葉に騙されないんだから!」
両腕で守山さんは大きくバツ印を作る。
騙すつもりは一切ないんだけれど。
興奮させてしまったらしく、守山さんの鼻息が荒い。
ハイガヤ・バイノ症候群は大丈夫だろうか。
守山さんに残された時間がわからない中、できるだけ時間を共にしたい。
そこで俺が持てる関係性は、守山さんの下僕だけだ。
「なんていうか、守山さんとできるだけ多くの時間を過ごしたいと思うようになったんだ」
「だったら、例えば『恋人になりたい』でもいいんじゃない?」
「俺、一回守山さんをフったし、守山さんもなんとか吹っ切ったんだよな?」
「かふっ」
またも守山さんを咳き込ませてしまい、ひどく悪いことをしたようだった。
「大丈夫か守山さん、肺とか破裂してない?」
「今日の徹くん、いつにも増して変だよ。肺は破裂してないけど」
「そっか、破裂してないか、よかったー……」
「私を一体何だと思ってるの」
ハイガヤ・バイノン症候群の可能性がある病人だと思っている。
ただ、そのことを口に出すのがまずいことくらいわかる。
守山さんからでなく、明日香さんから教えてもらったことなのだ。
すなわち、守山さんは秘密にしておきたかった、ということ。
その心配りを汲んで、俺は、症候群のことは知らないふりをせねばならない。
「俺みたいなゴミムシに優しくしてくれる人で、俺の知らないところで俺のいないところで幸せになってほしくなる、守山さんのことは、そんな、すごく素敵な女の子だと思ってる」
「えーと」
守山さんはベッドから立ち上がって机から小型の機械を取り出してくると、
「よく聞こえなかったのでもう一回」
と要求してきた。
小型の機械はたぶんICレコーダーだった。
一体録音してどう利用するつもりなんですか守山さん。
「半分冗談はさておき」
「残り半分は何さ」
「徹くん、永久保存しておきたいくらい褒めてもらったけど、私、徹くんの言うような子じゃないんだよ?」
「それは俺についている嘘と、関係していることか?」
以前、過呼吸に守山さんがなった日。
守山さんは、嘘をついているとだけ教えてくれた。
どんな嘘をついているかは、秘密なままだった。
「鋭いね。もしかして、もう気づいてる?」
「気づいたんじゃなく、まさに今日、教えられたんだ。……けどそれは、嘘、ってより、秘密のほうが近いんじゃないか?」
ハイガヤ・バイヤー症候群になってしまう血筋だということで、自分が完全健康体な女の子だとどこかで嘘をついていてしまったのかもしれない。
ただしやっぱり、嘘というよりはただの秘密だ。
自分がどんな病気にかかる血筋かなんて、進んで言うことじゃない。
「そっか。じゃあ、当たり前だけど知られちゃってたんだ。私が徹くんに告白してから、ううん、入学式で好きになった日から諦めてないってことを。諦めたなんて、真っ赤な嘘をついてたっていう秘密を、知られたんだね」
「え」
「え?」
「ええええええええええええええ!?」
「えー……」
驚く俺に対し、守山さんはため息交じりに肩を落とす。
「じゃあ私がついてる嘘って、秘密って、何だと思ってたの?」
言って、いいんだろうか。
しかしこの期に及んで、もはやごまかせる気もしなかった。
「ハイガヤ・ベーヤ症候群……」
「なあにそれ」
「肺が突然破裂する、守山家特有の遺伝病に、守山さんも、その」
「徹くんの様子がいつも以上に変だったのも、そのせい?」
「まあ、こうしてここにいるのは、明日香さんにその話を聞いたから、だな」
「それこそ嘘だから」
「う、嘘?」
「そんな病気聞いたこともないし、まして私はそんな病気にかかってません」
「いや実は薄々わかってた、わかってたから。それにしては守山さんが明るく元気すぎるとなあ、なんかおかしいなあ、って」
「できれば薄々じゃなくはっきり気づいててほしかった」
とにかく、守山さんが死ぬような病気にかかってなくて本当によかった。
いやー、よかったよかった。
「これで心置きなく守山さんと関わらないことができるんだな!」
だって守山さんは命に関わる病気じゃないから。
焦燥感にとらわれて下僕になることなく、赤の他人となって遠くから見るだけの人間になることに何のためらいもない、いやむしろそうするべき。
それが俺という人間としての当たり前に果たすべき義務なのだ。
「あのね、大事なことひとつ、忘れてるよ」
「ははは、守山さんが病気でないこと以外に大事なことって?」
「いまさっき、私、告白しなおしたよね」
「……えっと」
「ひとりの女の子として、徹くんのことが、ずっと好きでした。一年生の四月から、その気持ちだけは、変わってないです」
立った状態から、守山さんは前かがみになり、聞いてきた。
二度目の告白の、その答えを。
「この二ヶ月付き合ってからの返事を、聞かせてくれる?」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
楽しんでいただけていれば何よりです。
次回の更新予定は、木曜日か金曜日です。木曜日に間に合わせるつもりですが、念のため。




