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第40話 好きな人の家どころか部屋にお呼ばれしている件について

 好きな女の子のお母さんから、ドライブ中ずっとセクハラを受けている件について。


 なお、その好きな女の子は俺と同じく後部座席に座っているものとする。


「好みの女の子はどんな子なの?」

「逆に好みの下着は?」

「告白はどんなシチュエーションがいい?」

「女の子の体の好きな部位は?」

「結婚式は和と洋どっち派?」


 助けて守山さん。


 隣の守山さんに助けを求めるも、守山さんも微笑むばかりで助けてくれない。


「私も気になるし、お母さんに付き合ってくれるとうれしいかな」


 敵しかいなかった。

 こんな目に遭うのは……俺なのでしょうがないにしても、耐えられるかはまた別の話だ。


 なんとか、この地獄の質疑応答から逃れなければならない。

 高校入試の面接よりも百倍辛いよこれ。


「あの、話を振ってもらっておいて申し訳ないんですが、もう少し一般的な質問をお願いします」


「うーん、そうねえ……」


 とりあえず受け入れられたようで、ほっとする。


 隣に座る守山さんに吸い寄せられそうになるので、体を半ば背けるようにして窓の外を眺めることにした。


 そこで気づいたのだが、道がどうも遠回りをしている。

 逆方向とか、大幅な時間ロスが生まれているわけでもないけれど、これでは十五分ほど余計に車を走らせることになる。


 が、守山さん母から質問が飛んできて、その違和感を忘れてしまった。


「それじゃあ、カレーは好き?」


「カレーは俺のこと嫌いかもですが俺はカレーが好きです」


 一気に拍子抜けするというか、本当に普通の質問だった。

 そうだ、人間話せばわかるのだ。

 これからは対話を大事にして生きていこう。


「いつも晩ごはんは何時くらいに食べてる?」


「普通に七時頃、ですね」


 当たり障りのない質問、のはずなのに。

 普通すぎて、逆に怖いところがあった。


「じゃあまだ食べてないのよね?」


 家に帰って即明日香さんにドライブに無理やり連れ出された。

 しかも現在の時刻は六次三十分頃。

 なので、確かに、晩ごはんはまだなんだけど、やっぱり知りたがる理由がわからない。


「食べて、ませんけれど」


「じゃあよかった。うん、ぜひうちで晩ごはん食べてって」


 いかなる宇宙人の陰謀が働いていればこんなことが起きるんだろうか。


「いえあの、家に用意してあるので」


「金曜日はいつも外食じゃなかったの?」


 なぜ知られている。

 守山さんに話した覚えもないし。


「いえその、普通に外で食べようと思ってまして、それに俺みたいなのが守山家の食卓の末席を汚すなどありえないというか」


守山家ウチで食べても外食よね」


 その理屈はおかしい。


 しかしお母さんが運転する車は守山さん家に到着する。


 なす術がない。


「さ、とーちゃーく。降りて降りて、晩ごはんの仕度は済ませてるから」


 俺も守山さんも車から降りるのだが、お母さんが降りないまま、人差し指を頬に当てて首を傾げていた。


「あら? あらあらあら、私としたことが、だめねぇ」


「どうか、しましたか」


「今晩はカレーだというのに福神漬けを切らしていたのを思い出したの。これはいいけないわ」


「いえ、俺なんかには福神漬け抜きどころかカレールーなしでも十分です」


「それただの白いご飯」


 守山さんのほうからすかさずツッコミが入るけど。

 つまり白飯をいただけるだけで上等なのだ。


 むしろ犬のごとく床で白飯だけいただくならなら、俺も守山家の一員がごとく食卓を囲んでいい……?


 俺が天才的ひらめきを得るのと同時に、はっ、と守山さん母もまた息を呑んだ。


「……夫婦漫才ね?」


「あえて無視するねお母さん。福神漬けくらい別にいいと思うけど」


「福神漬けのないカレーはカレーと認めないことに今さっき決めたの。それに、福寿屋の漬物がなくては至高のカレーはありえないじゃない?」


 福寿屋は、全国ネットのテレビが取材に来た、というほど人気店ではあるけど、


「この時間に営業してるんですか?」


「福寿屋さんが漬物を卸してるスーパーを知ってるの。ウチから三十分くらいかしら」


 往復で確実に一時間以上かかってしまう。


「ちなみに、そこのスーパーで売り切れていた場合を考えると、よそのスーパーに行って朝まで帰ってこれないかもしれないわ!」


「さすがにそうなる前に帰ってきてもらいたいんですが」


「とにかく莉世、お母さんが帰るまで徹くんをしっかりもてなしてあげるのよ」


 サムズアップするお母さんに、守山さんも体で隠しつつもひそかにサムズアップを返していた。


 なんだかんだ守山さんも乗り気っぽい。


「そういうわけだから、また明日ね」


「いえ八時には絶対にお暇させてもらいます」


 お母さんのさらりとした朝帰り発言に、断固として俺は反対しておく。


「じゃあ八時には帰ってくるからそのつもりで」


 なんとなく、八時になっても俺は家に帰れそうにないなと思った。


 守山さんのお母さんに車で送ってもらわなくても、帰り道はわかるし歩いて帰れる。

 ただ、ちょっと根性出さないとそれは難しい。

 すっかり冬の気候になった十月末の夜を一時間以上歩く、なんてのはできることなら避けたかった。


 考えろ、できるだけ早く守山さん家から帰れる言葉を考えるのだ。


「その……七時半にはお母さんの手料理がぜひ食べたいなあ、俺」


「もう、しょうがない子ね! 待ってて急いで買ってくるから!」


 満面の笑顔で守山さんのお母さんは車を発進させた。

 曲がり角の向こうに消えるまで見送ってから、りせさんの様子をうかがう。


 玄関前で、浮き足立っていた。

 それはもうわかりやすく、そわそわして、挙動不審で、ちらちらと俺のほうを見てくるなどしている。


「守山さん、その、俺なんかを家に上げることに緊張しても仕方ないけど、落ち着いてくれると、うれしい」


「緊張ってどういう意味?」


「わかった、まずは深呼吸してほしい」


 流されそうになってしまっているけど、俺のほうから言うべきことだ。


「やっぱりこんなのだめだよ。高校生の男女が家で二人きり、とか」


「だ、大丈夫だよ? 押し倒したりとかしないから」


 それは、遠野家であった怪奇事件。

 守山さんが俺を押し倒すなどということがあったのだ。

 今でも下腹部に載った守山さんの尻と太ももの感触を俺は覚えている。


「変なことしないので、……大丈夫、うん、大丈夫、です」


「――ひとつ、ふと気づいたことがあるんだけど」


「え、何?」


 不安げに、表情をかげらせる守山さんに、俺は恐る恐る、告げる。


 認めたくない、否定したい推測だけど、それでも口にせずにはいられない。


「このやり取り、普通は男女逆じゃなかろうか」


「いやそれはコホッ」


 突然、守山さんが咳き込む。


 慌てて喋ろうとして、気管にツバでも入ってしまったのかもしれない。

 そうなれば肺に空気が送りづらくなり――そう、肺。

 肺の病気のことを、思い出させられる。


 ハイガヤ……ベーヨ症候群だったか。


 原因も治療法も不明、肺が突然破裂させ、守山家を短命たらしめる、現代になお残るいまだかつて聞いたこともない遺伝病。

 明日香さんによると、守山さんもそれにかかっていて、いつ命を落とすかわからないそうだ。


 かけらも守山さんの様子からはその兆しが感じられないけれど、一見元気そうに見える人だって、病気を抱えていることはある。


 もしかしたら、という不安がずっと頭から離れないのだ。


 あと何回、こうして守山さんと話すチャンスがもらえるんだろうか。


 俺とは関わらないほうがいい、その気持ちは変わらない。


 それでも、いま守山さんと話したいと思う俺は、最低だった。


 最低だとわかりつつも、俺はこの薄汚い欲望に流され、


「お邪魔してもいいかな、守山さん」


「もちろん。どうぞ、上がって」


 守山さんの家に招かれることにした。


「すぐお茶淹れるから、私の部屋で待っててね」


 相変わらず世界は俺の理解を超えて変化する。



 ――好きな人の家どころか部屋にお呼ばれしている件について。




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