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第20話 『二人きりに、なっちゃったね』


 状況を整理しよう。


 明日香さんを引き取るために、守山さんの家族が我が家にやってきた。


 今ここにいるのは、守山さん、守山さん母、めぐむ、そして俺だ。


 そして俺は、守山さんの顔が見られず、タイツのデニール数鑑定を行っていた。


「遠野くん、ちょっと莉世をここで預かってもらえない? さっき言った通り四人乗りで、明日香を乗せたら満員なの。すぐまた、迎えに来るから」


 急に守山さん母から話しかけられ、少し驚くものの、すぐ答えることができた。


「はあ、それは構いませんけど」


「い、いや、遠野くん、迷惑でしょ?」


 四人で乗ってきて、一人新たに乗らなくてはならない。

 車の定員が四人だというなら、一人は車から降りざるを得ない。


 俺でもわかることだった。


「別に迷惑だとは思わないし、守山さんにならいくら迷惑かけられても構わないけど俺は」


 本心からそのままに、守山さんが俺の家で迎えを待つのは構わない。

 むしろ守山さんには世話になりっぱなしだ。

 それも、俺なんかの世話、なのだ。


 さぞや大変だし、尊い行いだった。

 カンダタに蜘蛛の糸を垂らしたお釈迦様並みに甘々だ。


「あらあら……ほらもう、遠野くんもこう言ってるじゃない。わがまま言わないの」


「わがままとか、だから」


「明日香をあなたが取り押さえられる? それか車運転できる?」


「……できません」


「もしできても、私が残ったら遠野くんといろいろお喋りするけど?」


「や、やめて。お願い。ちゃんと家でお手伝いするから、やめてください」


「大体、勝手にテンパってついてきたのあなたでしょ? まあ気づいてて黙ってたんだけど」


「お母さん!」


 ほとんど守山さんは泣きそうになっていた。


 何してても、守山さんはかわいい。

 その髪も、眼も、唇も、指先も、足も腕もお腹も首筋も。


 何から何まで守山さんはかわいくて、愛しくて――?


 おかしい。


 もともと、守山さんはすごく素敵な女子だ。

 けれどこうまで、何から何まで、極めて小さな細部にまで。


 俺は、どうしてこうも、心動かされるのだろう。


 保健室で嫉妬に狂ってしまったときから、俺はずっとおかしくなっている。


「じゃ、すぐ迎えに来るから。あ、わざと遅れたほうがいい?」


 にやにやする母親に、守山さんは叫んだ。


「すぐ、早く!」


「はいはい、じゃあね。二人きりじゃないんだから大人しくしてなさいよ? うちの家系は、結婚に計画性がないタチだけど」


「お願いだから早く行って戻ってきて」


 自分のお母さんの背中を押して、守山さんはさっさと帰らせるようにする。


 しょうがない子ね、と守山さん母はリビングから出て行く。

 ただしその際、


「今度うちにも遊びにきてね」


 と、俺とめぐむに声をかけていった。

 社交辞令であっても、嬉しかった。


 俺が守山さんの親なら、本心から俺を招いたりしないし。


 まあ、ぜひうちの娘の結婚相手になる男の子を知っておきたくて招こうとしたのだ、くらいの妄想は、身の程知らずの俺は妄想を刹那でするのだけど。


「はー、ほんとにもう」


 疲れた様子の守山さんは、大きなため息をついた。


「遠野くん、めぐむさん、うちの従姉妹が迷惑かけて、本当にごめんなさい」


「別に悪いのは守山さんじゃなくて、あの人がただダメなだけだから」


「徹にしてはいいこと言うわ。メッセではああ言ったけど、気にしてないし」


「本当に、ごめんなさい。そして、ありがとう」


 ほっとしたように笑い、守山さんは肩の力をゆるめたようだった。


「ちょっと待たせてもらうね。遠野くん、めぐむさん、遅れたけど、お邪魔します」


「あ、そのことだけど」


 軽く手を上げて、めぐむが言った。


「あたしもう帰るから」


「「えっ?」」


 俺と守山さんの声がハモった。

 ハモったことに気づき、顔を見合わせ、お互いなんだか照れくさかった。


「うん、やっぱあたし帰るわ。断固として帰る」


「何か用事でもあるのか?」


「これ以上、徹と同じ空気を吸いたくないのよ」


「じゃあ仕方ないなあ」


「仕方なくないよ!?」


 優しい守山さんはかばってくれるが。

 俺と同じ空気を吸いたくない、それはよくあることなんだ。


「守山さんも俺と同じ空気を吸いたくなかったらすぐ言ってほしい。守山さんのお母さんが迎えにくるまで、俺は外に出てるから」


「まさか家の人を追い出して他人の私がゆっくりできないって」


「違うだろ」


「え?」


「守山さんは他人じゃなくて、クラスメイト? 同じ美化委員のよしみ? ……恩人、みたいな?」


「恩人って、大したことしてないよ。むしろ恩人っていうなら遠野くんのほうが、私の恩人。覚えてなければ、自覚さえないだろうけど」


「俺と会話してくれるだけでも恩人なんだよ。守山さんみたいに清楚でかわいくて控えめでかわいくて優しくて慈悲深くてかわいくて語彙力ないからこれくらいいか言えないけど、あと私服すごく素敵だと思う」


「あっ、そう。ふーん。ふーん……」


 俺なんかの言葉で、しかも言われ慣れてるだろう守山さんは。

 そっぽを向いて、つんと澄ましている。


 これが照れているとかなら、俺もにやにやできたのだけど。

 寝る前に妄想して楽しもう。

 ごめんなさい守山さん。


「って、あれ。めぐむは、どこ行った?」


 めぐむがいつの間にか消えていた。


 きょろきょろと周囲を探すと、テーブルに置手紙があり、


『帰る。お幸せに めぐむ』


 とだけ書いてあった。


「め、めぐむさん!?」


 ドアの開閉音さえ、聞こえてきていなかった。


 守山さんとの話に夢中になっている間に、めぐむが帰ってしまった。


 ぜひ戻ってきてほしい。


 さすがに守山さんと二人きりになるのはあれだ。

 本当に最低なことしでかしてしまいそうで、めぐむに監視しててほしい。


 しかし、めぐむをわずかな時間であれ俺の家にいさせることもできない。

 俺の言うことなど聞かないだろうし、俺と同じ空気を吸いたくないから帰るとすでに言っていた。



「……二人きりに、なっちゃったね」


 ささやくような声量で、守山さんは話す。


 やめて。

 最低な俺の妄想がマッハで頭を駆け巡るので。


 考えるだけじゃなく、実行しちゃいそうになるので。


 守山さんは本当に、悪魔ビッチだ。









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