第14話 勘違いして、嫉妬して
守山さんに言われるがまま、いい雰囲気の中、目を閉じ、て――、
「莉世ー、迎えに来てやったぞー」
いいところで邪魔が入った。
喉が枯れきった声の男が、保健室のカーテンの向こうからやってきた。
一目でわかる、イケメンだった。
風邪でも引いているのかマスクはしているが、間違いない。
皮ジャンとジーパンを着こなし、女みたいにきれいでクールな顔立ちをしている。
守山さんの下の名を気安く呼ぶこのイケメンは、誰なのだ。
「アスカくん、どうして……」
名前はアスカで、そして、
「おばさんに命令されて、迎えに来たんだよ。ほら、帰るぞ莉世」
アスカなるイケメンは、守山さんの肩をあっという間に抱いた。
守山さんのほうも、大して抵抗するそぶりを見せない。
――誰なんだ、突然現れて守山さんに馴れ馴れしい。
そんな思考が生まれてすぐ、俺は戸惑うしかなかった。
なんてバカなことを考えているんだ。
このイケメンが守山さんに親しげだからって、どうして俺が怒る。
「と、その前に。うちの莉世とキスしようとしてたきみは誰?」
「誰、と言われても」
誰なんだろう。
守山さんからキスをされるなんて思いあがっていた俺は。
そして、アスカという名前のあんたは、誰なんだ。
守山さんと親しい男――ただそれだけで、俺は、
「アスカくん、ちょっと待って。見てたの?」
「そーだよ莉世。オレだけじゃないって、ここの保健室の先生も見てたぞ」
カーテンの隙間から、先生が覗いていた。
こちらが気づくと、さっとカーテンを閉めて逃げる。
保護者代理と保健室の先生が、生徒ふたりのやり取りを覗いていたのか。
「いよいよヤりだしたら止めるって、あの先生は言ってたんだけどさ。キスする寸前の、このタイミングが一番莉世が面白い反応すると思って。いやー、写真撮っておけばよかった」
「アスカくんのあほ! 覗き魔! 生活破綻者!」
ばしばしと守山さんがアスカなる男の肩を叩いている。
何だその距離感。
うらやましい、と思うには、あまりに俺の自尊心は足りないけれど。
悲しくなるくらいには、あるのだった。
「悪かったってば。で、こっちの子は誰? 彼氏?」
「違う!」
子どもっぽく怒る守山さんを見て思わず、俺はこう名乗り出た。
「守山さんに告白されてフった身の程知らずの遠野と言いますどうぞよろしく」
「おー、そんな関係だったのか。オレは守山アスカと言いますどうぞ末永くよろしく」
アスカさんのほうから手が差し出され、俺も握手しにいく。
その際、握力勝負が生じたが、
「どしたどしたー、彼氏になるかもしれなかった少年よ。いきなり敵意マックスとは」
「いえ別にそんなつもりはいだだだだだ!」
圧倒的に敗北してしまった。
年上の男の握力には勝てなかったよ。
「オレ、何かした? いやしたか。キスの邪魔しちゃったもんなー、けど面白そうだっていう気持ちを止められなかった。ではどうぞ続けて」
アスカ氏は、後ろから守山さんに頭を叩かれていた。
「バッカ、嫌い、そんなだからアスカくんと話したくないの!」
「嫌いとか言うなよ、ったく。裸を見合った仲じゃないか。ちくしょう、こんな成長しやがって」
空中で胸をもむかのように、アスカ氏は手をわきわきさせる。
「帰れ、帰れー!」
裸。
ハダカと言ったか、このチャラ男。
守山さんの生まれたままの姿を拝んだというのか。
いや待て、幼稚園の頃の話っていう可能性だってある。
早とちりするところだった。
いけないな、冷静にならないと、冷静に。
「最後に裸を見たのは中二だっけ? あれからまだ成長するとかどんだけエロい体に育てば満足するんだ、お前のわがまま成長ホルモン」
冷静に、抹殺しよう。
このパイプ椅子でいいかな、よいしょっと。
「あれはアスカくんが勝手に入ってきたんでしょ! もう、いいから黙って、黙って帰って!」
「オレが帰ったらお前を車で送れないじゃんか。――って、待て待て、遠野くん待って、腕はギタリストの命なんだぞ!? 骨折る気!?」
俺が無言でパイプ椅子を振り上げているのに気づいたアスカ氏。
後ずさるものの、ベッドスペースは広くない。
すぐ追い詰めることができる。
「遠野くんストップ、――いややっぱやっちゃって」
「莉世!?」
「そこまでよ」
凛とした声が、この状況を静止させる。
保健室の主たる養護の先生が、白衣のポケットに両手を突っ込んで、決然とした覚悟を秘めながら立っていた。
「保健室で、ケガ人は決して出させはしない。私の責任になるじゃない」
裏を返せば自分の責任にならなければどうでもいいってことか。
「最低ですね先生。そして止めないでください。この野郎を、俺は、俺は」
「そう。この野郎、と、今、確かに遠野くんは口にした」
「この野郎をこの野郎って言って何が悪いんですか」
「さすがに女性にこの野郎はないんじゃない?」
え。
まじまじと、アスカ氏の顔、そして胸を見る。
さらにアスカくんという呼ばれ方、オレという一人称。
「男、でしょう?」
「あー、ひどいな遠野くんよ。いや、誤解される要素は確かにあるけどさ」
運転免許証を、アスカ氏がポケットの財布から取り出して見せてくれた。
なるほどアスカ氏の顔写真があり、名前も『守山明日香』。
そして、性別:女と記載してある。
「つまり偽造免許……!」
「おいおいおい! いかにロックでもそこまではやんねえよ。そんくらいのことはやりてーけどな」
「遠野くん、あのね、アスカくんは正真正銘、まあ女の人だよ。言葉遣いとか見た目とか、あえて男っぽくしてるけど」
「かっこいいだろーが」
明日香さんが女性というのも、守山さんが言うのならきっと真実だ。
見た目だけでは美青年にしか見えないが。
せめて声が枯れてなければ、女性だと気づけていた。
「あの、本当に、すいませんでした」
パイプ椅子を下ろし、深く謝罪しておく。
「いやいや、いいよ。キスを邪魔したこととで貸し借りなしにしようぜ。ただ、それにしても」
再び、アスカ氏ならぬアスカさんはにやついた笑みを浮かべる。
「どーして、遠野くんは、ああまでオレに怒ったんだろうなあ」
「どーしてって……」
「オレが女ってわかって怒るのやめたみたいだけど、それはな、ん、で、か、なー?」
それは、守山さんの裸を無理やり見たと言うし。
突然現れて、守山さんに妙に親しげなチャラ男みたいだったし。
女だからよかったけど、男だったら俺もそれはしっ――?
あ。
「ああああああああああ! 違う、違うんで、そんなんじゃないので」
さっと守山さんのほうを見る。。
俺から身を隠すように、守山さんはベッドの向こうで小さくなっていた。
「守山さん逃げないで、違うから。先生、先生はわかってくれますよね」
わずかな望みをかけて養護の先生を助けを求める。
先生ってのは、生徒を助けてくれるものだから。
「あの遠野くんがほんとに、成長するるものねぇ。手段は最低だけど、うん、その気持ちそのものは実に青春で、サイコー……に笑える」
俺が助けを求めたはずの先生は。
魔王みたいな笑みを浮かべて愉悦のご様子だった。
もう絶対に信じない。
そもそも嫉妬したとか、そういうんじゃないんで。
守山さんが取られたみたいな気がして怒ったとかないし。
単純に、守山さんがひどい目に遭ってるのが許せなかっただけですし。
だからにやにやするのはやめろ。
そして助けて、めぐえもん。




