表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ALICE  作者: 三点さん
7/9

第六話 小さな身体と大きな憎しみ(後編)

「一度手を放すから、タイミングを見計らって、僕の魔力を充分に使って!」

 レイに命令を出した彼は、自分は自分で両手を構えた。それはあの時のヘレンの様な手刀の形で、それは先程召喚した選ばれし双剣を操る為のものでもある。

 ――僕の体力はレイちゃんに対して魔力として与えていたから相当消耗している。だから今はその様子見として、

 両手に魔力を集中させ、彼も彼で動き出した。

「選ばれし双剣、一旦その場から離れて!」

 少女の攻撃を瞬時に察知した彼が二体に命令を出し、それに従って人形達は左右に飛び退いた。瞬間、先程と同じく幾本もの剣が上空から降り注ぎ、その一本一本が辺りに突き刺さったが間一髪、その全てを三体が際どく回避し、誰一人として負傷する事はなかった。

「本っ当にしぶといねぇ? 全く、腹立たしいったらありゃしないよ!」

 右手で大剣を構えながら、もう片方の手で頭を掻きむしり、少女はその表情を歪ませている。心底苛立っている様子だ。しかしそんな少女の事は無視して、彼は少女にこう質問した。

「キミは何の為に『試す者』に選ばれたの? どうしてレイちゃんを殺そうとするの? そして何より、どうしてあの馬鹿人形がキミの存在を知ってたの?」

 彼の質問に対して、「こいつは長い問い掛けだねぇ?」と前置きし、「このあたしがお前さんに一番相応しいって事を証明する為にそいつらを殺すのさ!」と言って、続けて、「だがそれでも、素直に何故あたしの存在をお前さんの人形が知っていたのかは解らない。そこは信じてくれ」と言った。そう言って、最後に結論の代わりに「訊きたい事はそれだけかい?」と彼に訊ねた。

「……うん、ありがとう」

 ――この子が僕に一番相応しいという事を証明する為に殺す。

 ――そして、何故あの役立たずがこの子を知っていたのかは解らない。

「……か」

 ――何かもう、本当にやれやれだよ。

「三人共、今からキミ達に魔力を送り込むから、出来る限りあの子にダメージを与えて! それでも絶対に殺しちゃいけないよ? いいね!」

『はい!』

 急いで魔力を集中させ、その魔力を送り込まれた三体は大剣の少女に向かって駆け出し、レイは鎌で、選ばれし双剣は互いの腕で少女目掛けて攻撃を仕掛けた。

「ほぉう、なかなかやるじゃないか。だけど、それじゃああたしには勝てないよ?」

 三体の攻撃をするりと躱し、そのうちの二体、選ばれし双剣に向かって少女はその大剣を振り回した。

「二人共!」

 彼の叫びは、しかし二体には届かず、その攻撃を直に受けた人形は地面に叩きつけられてしまい、それに対するダメージは彼にも大きく影響を及ぼした。

「くっ」

 左腕に痛みが走った。それでこそ、今の状況でいえば重たい刃物か何かで切り付けられてしまったかの様な、そんな感覚である。それはじわじわとくるもので、だんだんと麻痺してくるのが解る。

 ――拙い、どんな形であれ、この腕を失う訳にはいかない。だけど……、

 感覚がなくなってきた。指が一本ずつ動かなくなってくる。

 ――このままじゃ、きっと……!

 自身の敗北と、何よりアリスを救えなくなってしまうかもしれないという不安が、今現在の彼にとって大きな恐怖となっていた。



「私は、負ける訳にはいかないの!」

 アリスは尚も懸命に戦っていた。彼女が操るその人形には辛うじて両足と右腕が残っている。だから私はまだ戦える。いや、戦うんだ! 自分にそう言い聞かせ、そして少女を威嚇するように彼女は魔力を解放し、最後の力を振り絞った。

「私の名はアリス、アリス・ド・カオス。茨の主に選ばれた渡良瀬錬磨の魔導人形にして、数百年の時を生きる人形。私の使命はただ一つ、彼と共に、私の《眼》を取り戻す事。だから私は、いいえ、私達は、こんな場所で倒れる訳にはいかないの」

「……へえ? まだそんな力が残ってるんだ? これは驚いちゃった」

 ――流石は魔導人形だね? 幾ら少ない魔力でも、それをおおいに使いこなせてる。それこそ倒し甲斐があるってものだよ。

「いいよ? お姉ちゃんがそのつもりなら、その心臓から歯車まで、ズタズタのボロボロになるまで痛めつけてあげるから!」

 少女の言葉に呼応するかのように、その鏡からまたしても幾体もの影が現れた。そしてその影が、今度はアリスまでもを包み込み、そして彼女に絡みついた。

 ――え?

 ボキリ!

 そんな嫌な音が辺りに響き渡った。

「っあぁぁぁぁぁ!」

 ボキボキボキ!

「あ……ああ……」

 身体の四肢を全て圧し折られ、アリスの手足はおかしな方向を向いていた。彼女はその余りの苦痛故、その場に伏したまま、虚ろな目で、しかしそれでも懸命に、どこにいるのかも解らない彼に念を送った。

『早く、来て!』



「……アリスちゃん? アリスちゃん!」

「アリス? アリスがどうかしたのかい?」

 頭に伝わってきたその念を感じ取った彼は、ついに本領を発揮する事になる。

「こんなつまらない事でキミと遊んでいたせいで、アリスちゃんが死にそうなんだよ!」

 ――死なせたくない、死なせる訳にはいかない、死なせる訳には!

「戻ってきて、選ばれし双剣!」

「お、お待ちください! 何故唐突に魔法人形の召喚を解除なさるのですか!」

「今更なうえに二人には悪いけど、あの子達じゃこの子には勝てない。ううん、それでこそ、もっと言えば今回あの子を連れ去った相手にも勝てないかもしれない。だから新しい人形を召喚するんだ」

「ですが、今現在の貴方様の魔力では……」

「やらなきゃいけないんだよ!」

 レイの忠告を無視し、彼は左腕に魔力を集中させた。

 ――お願い、誰か僕に力を貸して。アリスちゃんを救うだけの魔力を持つ、誰か!

 そんな彼の念に、何者かの声が聴こえた。

『力ならいくらでも貸すけど、多分キミ、死ぬよ?』

 ――キミは?

 彼の質問に、その声の主はこう応えた。

『質問を質問で返さないでよ? 私はキミに『死ぬかもしれないんだよ?』って言ったんだよ? キミはそれがどういう意味か解るの?』

 ――僕は死なない。死ぬ訳にはいかないんだ。アリスちゃんとの目的を果たすまで!

『へえ?』

 ――だからお願い、僕に、いや、僕達に力を貸して!

『……いいよ、この契約、成立だね?』

 彼の身体から、これでもかという程の膨大な魔力が溢れ出した。

「行くよレイちゃん、アリスちゃんの為に、あの子を倒すんだ」

「……御意」

 一度レイと手を繋ぎ、彼女に魔力を送り込む。するとレイはゾクリと身震いし、「この、魔力は?」と驚きの色を露わにした。それ程その力が強大なようだ。

「それじゃあ行ってきて。僕は人形を召喚するから」

「……御意!」

 レイが少女に向かっていくのを見送ってから、彼は詠唱を始めた。

「闇夜を見つめるは真実の眼」

 そう唱えた彼の目の前に、真っ白な古代文字が刻まれた魔法陣が出現した。

「その眼差しはいずこを見つめ、悪しき影を払い去る」

 その詠唱に呼応するように、その魔法陣から一体の人形が現れた。

「汝の名は常闇の支配者。我の第三の下僕」

「やっと私の出番だね? でも、本当によかったの? さっきも言ったけど、多分キミ、死ぬよ?」

「何度も言わせないで、僕は死なないって言ったら死なないんだから」

「そ、別にどうでもいいけど。それより、私はキミ達の為に何をすればいいの?」

「そこにいる、あの子を殺さずに倒して、アリスちゃんを助けるんだ」

「へえ? 贅沢な命令だね? ま、いいけどさ?」

「言いたい事はそれだけ? それじゃあ、解ったら僕に力を貸して」

 そう言って、彼は常闇の支配者に左手を差し出した。人形はその手を握り、「多分、人間の世界だったらこれってロリコンていうんだよね?」と言って、切れ長の鋭い目で彼を嘲笑うかのように見つめた。

「冗談はやめて。これでも僕は真剣なんだから」

「そう」

「それじゃあ、行くよ!」

「イエス、マイ・マスター!」

 彼らの想いが一つとなり、その暗い闇を一気に吹き飛ばした。

「アリスちゃん!」

「錬磨!」

 互いにどこにいるのかも解らないこの闇の中で、しかし確かにその言葉は伝わっていた。だから、

「チッ、こいつは都合が悪いや」

 先程までの忌わしい青白い光を放っていた満月は、今では真っ白な美しい輝きを帯び、その深い闇を文字通り打ち払っていった。そして彼は目の当たりにする。自身が愛する者の無残な姿、そして彼女に手を掛けた張本人の姿を。それは一人の少女だった。

「……お前がこの子を傷つけたのか?」

 アリス身体は四肢が破壊されており、口からは血が流れ、焦点は虚空を彷徨っている。彼が彼女の傍まで足を運び、そっと抱きかかえると、「錬磨」と彼女が蚊の鳴くような小さな声で彼の名を呼び、懸命に彼に視線を向けた。

「大丈夫だよ? 落ち着いて、ゆっくり話してみて?」

「あり……がとう……」

「当たり前でしょ? 約束したじゃないか、僕がキミを守るって。だから――」

 彼らの目の前にいる鏡を操る少女を睨みつけ、「今から僕達があいつを殺してくる」と言ってアリスをそっと寝かせ、「行ってくるね?」と言って彼女の頭を優しく一回だけ撫でてみた。

「ええ」

 ――さて、それじゃあ、

 嫌になるくらいの怒りが彼の魔力を奮い立たせ、その力がどんどんと溢れ出してくる。例え相手が少女でも、アリスに手を上げた相手であれば容赦はしない。それは彼が彼女と契約した時から心に決めていた事だ。だからそんな彼に迷いはない。殺すと決めたら殺す。

 ――ただそれだけだ。

「常闇の支配者!」

「もう行ってるよ!」

 彼女の闇が少女の影とぶつかる。だがその無限の闇が光を飲み込み、影は姿を消したその時、術者である彼はハッキリとその目で確認していた。そう、その影の本体である、『一体の人形』を。

「ほら、見つけたよ?」

 常闇の支配者がその『人形』を掴み、そして押し倒す。すると、そこに現れたのは所謂『素体』というもので、表情という表情もたないものだった。

「全く、こんな木偶人形がマスターを苦しめていたなんて、おかしい話だよ……ね!」

「……っ!」

 あの時ヘレンによって使い捨てられた人形の様に声にならない声を上げ、常闇の支配者の手で無理矢理心臓と歯車を奪われていた。その証拠に彼の人形はその『素体』の傍から離れ、彼の傍に戻ってきた時、身体と顔には血が飛び散っており、両手にそれぞれのパーツが握られていた。

「けっこう弱かったね?」

「ありがとう、さて……」

 ――レイちゃんの方は大丈夫みたいだから、

「……今度はあいつだね?」

 彼の鋭い視線が鏡の少女へと突き刺さる。

 ――よくもアリスちゃんにあんな酷い真似を。

「一緒に来て、常闇の支配者」

「言われなくても解ってるよ」

 彼らの足が一歩ずつ少女に近づき、目の前まで歩みを刻んだ。

「まだ抵抗出来るなら、この場でしてみろよ?」

 彼の質問に、鏡の少女はその本性を露わにした。

「……ふざけないでよ」

「あ?」

 先程アリスに向けていたその強気な視線はいずこへか、どこか怯えたふうにも見える少女は、胸に抱える鏡を強く握り締め、「あんたのせいで私がどれだけ苦しい思いをしてこの日を迎えたのか、それが解るの?」と質問し、「私の事、忘れたなんて言わせないから」と言って、その身に纏う着物を脱ぎ捨てた。

「その身体は……!」

 少女のその小さな身体には赤黒い大きな爛れ傷が広がっており、一部の肉は剥がれ落ちてしまったようで中の骨が露出していた。そんな醜い身体を彼に見せつけた少女は、彼を威嚇するようにこう言った。

「だからもう一度聞くよ? 私の事、忘れてないよね? お兄ちゃん?」

 ――お兄、ちゃん? 待て、僕をそんなふうに呼ぶのは……、

 ここで彼は決して思い出したくなかった過去の記憶を蘇らせた。

 それは数年前の深夜、彼の家が火災に遭った時の事だった。



「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」

「咲夜!」

 その時彼は部屋に閉じ込められた妹の咲夜――鏡の少女の事だ――をそこから救出する為に懸命に扉を開け様としていた。しかし咲夜でも持ち上げる事の出来ない余程重い何かが内側から扉を塞いでいる様で、彼のいる廊下側からは勿論、彼女の方からも開ける事が出来ない状態だった。そんな状態下の中、扉の向こう側、彼女の部屋の中から、「助けて!」や、「熱いよぅ!」と、悲痛な叫び声が聴こえた。彼は懸命に彼女を助け出そうとしたが、しかし火の手はどんどん広がっていき、彼の事まで燃やそうとしていた。そして、そんな彼に対して彼の両親が、「もう仕方がない! せめてお前だけでも!」と、そんな事を口にした。彼はふざけるな! と言葉で抵抗したが、父親がその両腕で彼を掴み、無理矢理引き摺って階段を下り、玄関から脱出し、彼と彼の両親の三人だけで避難した。

 そのせいで、彼女、咲夜は熱さと苦しさで泣き果て、その火の海の中で一人で息絶えていったのだ。



「……お前が、咲夜だったのか?」

「そうだよ? お兄ちゃん」

 あの時の忌わしい記憶が蘇り、何故自分が人々を拒絶するようになったのかを思い出した。

 ――咲夜を失ったせいで、僕はこんなふうになっちゃったんだ……。

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 彼は狂ったかのような大声を上げ膝から崩れ、頭を抱えた。

 ――僕が咲夜を殺したんだ。僕が、僕がぁ!

 自身を取り乱し、魔力が集中出来なくなった事によって常闇の支配者の召喚が解け、彼は丸腰となっていた。いやそれどころか、そんな彼は放心し、魔力そのものを構築する事すらままならない状態になっていた。

 ――僕が……咲夜を……。

「どうして私がこんな姿で、ましてや人形なんかになって蘇ったか解る? それはね? 『ある人』がこの私にこの命をくれたからなんだよ?」

 怒りと悲しみの入り混じった声で彼に語りかけるようにそう話す彼女。彼女はぎゅっと両手で鏡を握り締め、ギリッと奥歯を噛み締め、「あんたのせいで、あんたが私を見捨てたせいで、私はこうなったの」と、ぽつりと呟いた。

「どれだけ私が苦しい思いをしたのか、お兄ちゃんに解る? あいつらならともかく、お兄ちゃんだったらきっと助けてくれるって信じてたのに。それなのに、それなのにお兄ちゃんは!」

 咲夜の魔力が膨張していく。それは禍々しい赤色で、或いは血の色にも見える。そんな悍ましいオーラをその身体から溢れ出させている。彼の事が余程憎い様だ。

「私は信じいてたの。身体が炎に包まれても尚、貴方なら必ず私を助けに来てくれるって。貴方なら必ず迎えに来てくれるって。それなのに……それなのに!」

 咲夜の身体の傷跡から血が滲み出し、溢れ出し、地面に池をつくっていく。

「私は許さない、許さないんだから!」

 その怒り、いや、憎しみが全ての闇を打ち払い、再び巨大な満月が現れた。だがその満月は白でもなければ青でもなく、彼女の身体を蝕む傷のような赤黒い不気味な色だった。

「だから殺してあげる。この私が、お兄ちゃんの事を、ひと思いに!」

 鏡を天高く翳し、その赤い月を映し出す。するとそこから、幾体もの、所謂『肉人形』の様なものが現れた。

「これは、何と申しますか、あまりにも歪ですね?」

 確かに聴こえる、心臓のドクンッ。という音と、歯車のキキキ。という音。その両方が合わさり、その『人形』が動きを見せた。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん」

『人形』が苦しそうな声で彼に呼び掛ける。まるであの時の咲夜のように。

「錬磨様、しっかりしてください、錬磨様!」

 レイの呼び声に、しかし彼が反応する様子はない。まるでその場に根を生やしたかのようなという、どこかで用いられそうな表現がよく当てはまりそうだ。

「錬磨様……いい加減にしてください! 貴方様が音を上げてしまったら、一体全体何方がアリス様をお守りするというのですか! 少なくとも、わたくしには出来かねます。わたくしはあくまで『試す者』であってアリス様をお守りする義務はございません。わたくしはただ、貴方様の命令に従うまでの存在。ですが、今の貴方様ではそんなアリス様の事すらお守り出来ない状態ですよ!」

「……」

「貴方様がアリス様と結んだ契りの全てを今一度思い出してみてください。何故貴方様の前に彼女が現れたか、貴方様がその時何を目の当たりにしたのか、そしてその時、貴方様は彼女に何と誓ったのか。その全てを思い出してみてください」

「……」

 ――アリスちゃん……。

 彼の中で、再びその『想い』が芽生え始めた。

 ――僕がアリスちゃんを助けなきゃいけないんだ。そして、

「咲夜、ごめん」

 ――彼女の事も、一緒に!

「そこのキミ!」

 彼が先程彼に選ばれし双剣の能力を与えた少女――仮に大剣の少女と呼ぶ事にする――に叫び掛けた。

「キミも力を貸して! キミが望むなら、契約でも何でもしてあげるから! だからお願い!」

「……それじゃあその娘さんをぶち殺してもいいのかい? え? 錬磨君よぉ!」

「咲夜が召喚した『人形』で我慢して! その代わり、殺さないって約束してくれるなら、僕になら何をしたっていいから。だからお願い!」

「チッ、本っ当に贅沢な奴だね? いいよ解った。その望み聞いてやるよ。その代わり、どんなに泣いても絶対許さないからね!」

「そんなのクソ食らえだ!」

 その一瞬で少女が彼の元まで移動し、約束の口づけを交わした。たった数秒の、短いものだった。

「それじゃあ――」

 再び選ばれし双剣及び常闇の支配者を召喚し、更にもう一体、彼は召喚を試みた。しかしこの時は誰も彼に語り掛ける事はなく、彼自身も語り掛ける事はなかった。いや、むしろその意味がなかったというのが適当だろう。

「怒りは憎しみとなりて、その憎しみが新たな形を創り出し」

 彼がそう唱えると、彼の目の前に赤色の古代文字が刻まれた魔法陣が出現した。

「失われし記憶が翼となりて、彼方の空より舞い降りる」

 その詠唱に呼応するように、魔法陣から一体の人形が姿を現した。

「汝の名は償いの天使、我の第四の下僕」

 その天使は背中にある両方の翼が折れ曲がり、そこには包帯が巻かれていた。そして髪は黒く長く艶があり、身体には何も纏ってはいなかった。

「二人共、行って!」

「御意!」

「あいよ!」

 彼の命令に従い、三体の魔導人形及び二人の『試す者』が咲夜の操るその『人形』に向かって攻撃を仕掛け、それを受けた『人形』の体内からは血が溢れ出し、肉片が飛び散っていく。その度に、「痛い、痛いよ」と苦痛の声を上げ、それでも恐ろしい事に、その傷口からは何度も何度も腕や足が生え変わってくる為、その姿を目にしたレイと大剣の少女は、互いにこれは持久戦になりそうだと思い、気を引き締め直した。

「あたしの大剣も通用しないしレイの鎌も利かない。おまけに錬磨の傍に残ってるのはあいつが魔法で召喚した傷だらけの天使様だけ。これじゃあちょいと手荒な真似が必要なようだねぇ?」

 そう前置きし、「それじゃあ行くよ!」と言って、その『人形』目掛けて駆け出し、背に隠していた左手に、もう一本の剣を構え、攻撃を試みた。



「さて、僕達も行こうか」

 償いの天使に命令し、彼女に左手を差し出した。

「主の思うがままに」

 そう言って彼の左手を取り、彼から魔力を送り込まれた人形の身体から魔法陣と同じ赤色のオーラが溢れ出し、「私が彼女を仕留めます」と言い、「勿論殺さずに」と言って、

「全ては主の為に」

 一度だけ彼の方に視線を向け、薄い笑みを向けた。



「チッ、切っても切っても何度でも再生しやがる。これじゃあきりがないよ!」

「落ち着いてください。先程から貴方様の戦い方を窺っていたところ、余りにも無理矢理なやり方であるという事が確認出来ました。そして僭越ではありますが、それでは勝てる勝負にも決して勝てません。ですからまずは冷静になり、そのうえで貴方様のお得意のその攻撃を当ててみてはいかがでしょう?」

 レイは冷静に彼女の行動パターンと性格を分析し、そのうえで最善の一手を薦めてきた。それに対して

 少女は一度沈黙し、「チッ!」と大きく舌打ちをしてから、「そうだね」と言った。

「お前さんのお節介は大嫌いだが、恐らく言ってる事は一理あるかもな? そうなると、まぁそうだね、だったら今は――」

 ニヤリと笑い、

「クルエルティー・カーニバル!」

 彼女の切り札である魔法を発動し、先程と同様に幾本もの剣を上空に召喚した。そしてそれら全てをその『人形』に向けて突き刺した。

「要はこの状態で時間を稼ぎゃいいって事だろ?」

 辺りには幾体もの『人形』が倒れている。そしてその全てが少女の放った剣によってその身を封じられている。その光景は地獄絵図と呼ぶに相応しく、まるで生皮を剝がされたような姿はとても目に毒だ。

「……チッ」

 ドサッ。

 ――参ったな? このあたしとした事が、まさかよりにもよってこんなに早く魔力切れを起こすとは……。

「いかがなさいました?」

「大丈夫だよ、安心しな。ただ少し疲れただけだから」

「……魔力切れ……ですか?」

「まぁ、そんなところだな?」

「……佐用ですか」

 ――このお方が魔力切れとは。まぁ無理もありませんが、しかしそれでも、その分だけ今回のこの一戦は相当なものだという事も事実、やはり、一切手は抜けない状況のようですね?

 大剣の少女の身体も考慮し、声には出さず、レイは内心でそう呟いた。

 ――ですが実際のところ、このわたくしめもそろそろ限界なのですがね?

「仕方がありません、それではわたくしめも、一つだけ補助を致しましょう」

 そう言って大剣の少女に両手を当て、

「ザ・ファイナル、パーフェクト・ヒーリング」

 自身の身体に残る最後の魔力の全てを少女の身体に送り込み、

 ――わたくしはただの『刺客』、貴方様を『試す』、ただの『刺客』でございます。

 ――だから、

「貴方様の者になれず、実に残念です」

 ――それでは、ご武運を。

 そう願い、レイの身体は大剣の少女を救う代償として砕け、辺りに散らばった。

 最後にその場に残ったのは、彼女の身体のパーツと、核である心臓、そして歯車の三つだけだった。



「咲夜!」

「お兄ちゃん!」

 こちらも最終局面に移行しつつあった。咲夜の鏡には無数のヒビが入り、彼女の操る影人形も幾体も破壊され、いつどうなってもおかしくはない。そして彼の操る償いの天使も、両方の翼を千切り落とされ、彼の左腕も先程のダメージの影響もあるせいでほとんど動かなくなっている。それでも互いに懸命にそれぞれの人形に命令を出し、決して敗北はしないという思いでぶつかり合った。

「どうして解ってくれないのよ! お兄ちゃんが素直に私の者になってくれれば、私はこれ以上手荒な事なんてしなくて済むのに!」

「僕だって手荒な真似はしたくないよ! でも僕にもやるべき事があるんだ! それはアリスちゃんと《眼》を取り戻すっていう使命なんだ! だから絶対に、この勝負には負けられないんだ!」

「どうして……どうしてお兄ちゃんは解ってくれないの!」

 バリンッ!

 とうとうその鏡は砕け散り、飛び散った破片が彼女のその綺麗な顔に傷をつけた。そしてその砕け散った鏡の破片にの中に、今まで倒されていった影人形の姿が映し出された。その姿を眺めながら、咲夜は彼にこう言った。

「私は物心ついた頃からお兄ちゃんの事が好きだったの。だからこうして魔導人形及び『試す者』として蘇り、お兄ちゃんと再会出来た時は本当に嬉しかったの。嬉しくて嬉しくて、でもそれでも許せなくて。だから……だから……!」

 私はお兄ちゃんに勝つの! そう宣言して、咲夜は魔法を発動した。

「ザ・ファイナル!」

「ザ・ファイナル、だと?」

 そう唱えた咲夜の身体から、これまで以上にはない強大なオーラが溢れ出した。それは尋常なものではなく、彼女の様な小さな身体では、或いはすぐに押し潰されてしまいそうなものだった。それ故に彼女はとても苦しそうな表情をつくり、吐息も荒くなっているのが解る。

「私がお兄ちゃんを倒すんだから。私がお兄ちゃんを、私が、私が、私……が……」

 しかし、その願いは叶わず、咲夜はその場に倒れ伏した。

「さ、咲夜!」

「無駄です。彼女はもう、敗北しました」

「ど、どうして解るんだよ!」

 すると、傷つき果てた償いの天使が、彼にこんな恐ろしい事実を告げた。

「彼女が唱えた魔法、ザ・ファイナル。それは術者の切り札にして自身の命を懸けた最終奥義。それ故、それを発動し、失敗した場合、つまり敗北を喫した場合は、人形であればその身が砕け、マスターであればその腕を失い、貴方の中にある、その『心臓』が破壊されます」

「……そんな」

「そして、その犠牲者となった者がもう一人います」

「……誰?」

「レイです」

「レイちゃん?」

「そうです。レイは既に魔力を使い果たしたもう一人の少女に自らの魔力を送り込み、その身を朽ち果てさせた。そしてもう、その姿はどこにもありません」

「……ところでさ、アリスちゃんはどうなのさ?」

「彼女なら大丈夫です。貴方が生きている限り、貴方からの魔力を得ている限り、彼女が朽ち果てる事は決してありません」

「そう」

 ――咲夜。

「……ごめんね」

 その後、泣き叫び続けた彼を慰めたのは、ただその場で彼を支え続けていた償いの天使のみだった……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ