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ALICE  作者: 三点さん
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第五話 小さな身体と大きな憎しみ(前編)

 ――ねぇ、聴こえる? 私の声。やっとまたお兄ちゃんに会えるんだよ?

 彼の夢の中で一人の少女が声を掛けてきた。だが表情は窺えず、彼女が何者なのかも不明だ。そして何より、その少女が何故自分を兄と呼ぶのかすら解らなかった。

 ――私達は次の世界で再び顔を合わせる事になるの。その時がくるまで、私の事を忘れないでね?

 そう言ってその少女は姿を消し、同時に彼は夢から覚醒した。



「おはようございます、錬磨様」

「レイちゃん、おはよう。早いね?」

「それ程でもありません。わたくしが目醒めたのはつい先程、午前五時頃ですので」

 壁の掛け時計に目を向けると、時刻は午前八時を少し廻っていた。そう考えるとやはり相当な早起きだという事が解る。しかしそれよりも、彼はここで、この場にアリスがいない事に気づく。

「ところで、アリスちゃんはどこにいるの?」

「アリス様でしたら、現在はお散歩中かと」

「そう」

 ――一人で出歩いたりして、迷子にならなきゃいいんだけどな(人形だけど)?

 多少の不安をいだきながらも、しかしこの世界でなら大丈夫だろうと思った……のが運の尽きだった。

 それは後に起こる、そしてレイが昨日口にしていた、第三の試練の予兆だった。

 


 彼らが他愛もない会話を交えている間、アリスは街の出店まで足を運んでいた。

「……」 

 念の為にレイから彼女専用の印を受け取っている為、欲しいと思った物は手に入る。とは言え、彼女自身特に欲しい物はなく、ただこういったにぎやかな場所まで足を運んでみたかっただけらしく、その印は身体の前で綺麗に揃えられた両手の中に収められている。

 ――みんな、楽しそうね?

 内心でそう思いながら、彼女は辺りを見て回った。

 今現在彼女がいるのは花束や様々な装飾品を取り扱う店などが並ぶ場所で、それ特有のものだろうか、ほんの少しだけ甘い香りが漂い、その臭いが鼻孔をくすぐり、彼女はくしゅんと小さなくしゃみをした。

 ――私には少し香りが強いかな?

 そうは思いながらも、気分はそれ程悪くはない。強いていえば彼と共に来るべきだったと思う程度だ。

 ――錬磨はもう起きたのかな?

 頭にその名前が浮かび、そろそろ戻ろう。と思った時、

「おはよう」

 彼女の目の前に一人の少女が現れた。その少女は肩までの長さの明るい白髪が特徴的で、薄紫色の着物に身を包んでおり、アリスに笑顔を向け、「向かえに来たよ?」と言った。

「……誰?」

「貴方がそれを知る必要はないよ。貴方はただ、私と『彼』を再会させる為の道具に過ぎないんだから」

「そう」

 その少女からただならぬ殺意めいた何かを感じ取った彼女は少女に対して「ここでは駄目よ?」と言い、「どこか別の場所に行きましょう」と言った。

「いいよ。それじゃあ――」

 その小さな右掌を彼女に向け、「一緒に、行こう?」と言って、幼さのある、そして悪意のある満面の笑みを彼女に向けた。

「……ひょっとして……」

「多分、ご名答だろうね?」

 でも、そう呟いて、「もう遅いよ、お姉ちゃん?」と、その掌で招く形をとった。

「だから、私達の為に、来て」

 ――この力は!

「錬磨」

 アリスの足が少女へと向く。ゆっくりとした足取りで歩みを刻み、手が繋がれる。

 ――ごめん……なさい……。



「……アリスちゃん、何かやけに遅いよね?」

「そうですね、一体何があったのでしょう?」

 彼が目醒めた時刻から二、三時間が経過した今になっても彼女は帰って来なかった。とうとう不安になった彼は、「僕達も行こう」とレイに言い、部屋を後にしようとした。だが、

「お待ちください」

 レイは彼を呼び止め、「唐突ですが」と前置きし、「一つ例え話しましょう」と言って、以前のように彼の元まで歩み寄り、「もしもアリス様が危機に瀕していた場合、貴方様はどうなさいますか?」と彼に尋ねてきた。その質問に対して、彼は彼女に、「その時は」と前置きし、その身体から膨大な魔力を解放した。

「この手でそいつを殺す」

そう言って、今回は真っ黒なオーラを放出した。

 ――これが彼の魔力。ですが、果たして今回の一戦でも本領を発揮し切る事が出来るのでしょうか?

 彼女は知っていた。アリスが何故戻ってこないのか、そして現在どのような目に遭っているのかを。

 ――或いは、今回は貴方様が敗北なさるかもしれませんよ?

「佐用ですか」

 くるりと彼に背を向け、「それでは参りましょうか」と言った。

 ――何故ならその人物も、、わたくしと同じ、『選ばれし器を試す者』の一人なのだから。

 部屋の向こう、窓の外を見つめ、そして彼と共に今度こそ部屋を後にした。



「私をどうするつもり?」

 気づけばアリスは満月の明かりが照らし出す夜の街道にいた。その街の建物にもちゃんとした灯りがともり、それぞれの建物の部屋も同様で、それらとは別で、住人は全くいる気配がなく、そのせいもあってか辺り一面はしんと静まり返っている。

 ――錬磨がいなければ、私の魔力は半分にも満たなくなる。でも、

 彼なら必ず助けに来る。そう信じて、彼女は少しでも長く時間稼ぎが出来るよう試みた。

「どうするつもりって、それはさっきも言ったっはずだよ? 貴方には私と『彼』が再開する為の道具になって貰うって」

「嫌だ。って、言ったら?」

「その時は、その時だよね? お姉ちゃん?」

 少女は両手を天高く翳し、「それじゃあ、始めよっか?」と言って、何かを呟いた。すると、その両手に巨大な丸い鏡が出現し、その鏡がアリスの姿を映し出した。

「本物のお姉ちゃんは、どっちかな?」

 来て。彼女の声に呼応する様に、その鏡の中から一つの影が現れた。それはアリスの姿を模しており、表情は暗いせいで窺えないが、しかしそれでもその影にも相当な魔力と悪意が込められている事は間違いないとアリスは察した。

 ――この私が、錬磨の分まで時間を稼がなければ。

 アリスもアリスで微弱ながらも両手に魔力を集中させ、「来なさい」と唱えた。

「貴方が影の使い手なら私は《コープス》の使い手。それはあらゆる死体を操る事が出来るというもの。ただし今現在の私には主である錬磨が傍にいないから真価は発揮出来ない。故に今の私は彼がこの空間に現れるまで、この子達と共に時間を稼ぐ事になる」

 彼女が操る《コープス》は左右に三体ずつ。それらは以前のものの様に胸の中央部に歯車と心臓を併せ持つ。そしてその二つがリズムを刻み、それぞれが瞼を開いた。その眼は濁った赤で、不健康且つ人間なら病人の血液と同じような色だった。

 ――私の操るこの人形達は、以前のヘレンとの一戦で現れた人形の魔力を一部吸収して生み出したもの。故に彼女の操る《コープス》とほぼ同じといえる。だからそう簡単に破壊されるはずはないけれど……、

 少女は胸の前で両手で鏡を抱き、絶やさず微笑んでいる。

 ――何故こちらには六体もの人形が存在していると解っておきながらあの子は一体しか召喚しないのか?今はそれが気になるところね?

 アリスは出来るだけ隙を見せないようにまずは右手の三体で少女に対して攻撃を試みた。

 ――今はこの子達で様子を見てみよう。

 その三体が駆け出し、少女に襲い掛かる。その攻撃を阻止するかのように先程少女が召喚した影も動き出し、アリスが召喚した六体のうちの三体を包み込む形を取り、その場に深い闇を作り出す。その中からは、

「アリス様ぁぁぁぁぁ!」

 バキバキッ、ボキッ、ブチッ!

 もしもこの場に彼がいれば、或いは耳を塞ぎ、或いは顔を背けるであろう悲痛な叫びと痛々しいでは済まない破壊音が辺りに響き渡った。そしてその闇が晴れ、その中から現れたのは、

 ――これがこの子の……彼女の影の実力……!

 身体は砕かれ、千切られた部位からは血が滴り、歯車は散らばり、そして、その人形の口元からは一雫の唾液が垂れ、目からは涙を流し、それが余程の苦痛であった事を物語り、それでも質の悪い事に、その頭部は二つ共が並んでその場所に転がっていた。これには流石のアリスでも予想外だった様で、「嘘でしょ?」と、思わず口から漏らしていた。

「どうしたの? ひょっとして、怯えてるの?」

 少女は尚も強気で、且つ愉快気に笑っている。そんな少女に、アリスは一歩後退っていた。

「別に怯えてなどいないわ? ただ」

「ただ?」

「……強いのね? 貴方って」

「それは嬉しいな? でも、だからって誉めても何も出ないよ?」

「解っているわ」

 ――錬磨、早く。



「ここに、アリスちゃんがいるのか」

 彼は今、恐らくは彼が言うようにアリスがいるであろう月夜の街にいた。だがそこは彼女が訪れた時のように家々や街灯の明かりはあってもやはり人々の気配は一切感じられない。彼は多少の恐怖心を覚えつつも、どうにか彼女の姿を探し続けた。すると、

「錬磨様」

 レイが唐突に彼を呼び、「そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?」と訊ねてきた。彼はそんな彼女に対して、「本題って何?」と聞き返した。すると、彼女は、「もうすぐ二人目の『試す者』が現れます」と前置きし、「故に、貴方様の実力を今一度確認させて頂きます」と言って顔の眼帯を外し、魔力を解放させた。

「何それ? ひょっとしてキミ、僕の事を裏切るつもり?」

「裏切るつもりなどは一切ございません。ただわたくしは単純にあの時の続きの一戦を交えさせて頂きたいと、ただそう申し上げているだけでございます」

 そう言って、また数メートル程後退し、その鎌を構えた。

「だから、貴方様も早く人形を召喚してください」

「……」

 レイのその口調は明らかに彼に対して命令しているようにしか思えなかった。それ程までに本気で彼を殺しに掛かるつもりなのか、或いは、

「……解った」

 それでもやらなければ自分が殺られてしまう事は事実で、そんな事になればアリスも見殺しにする事になる。故に彼は彼で容赦なく攻め入る事にした。

 とは言え、今回は自分を守る仲間は存在しない為、彼は詠唱を省略して茨の巫女を召喚した。

「来い、茨の巫女!」

 彼に呼応する様に、彼の召喚した青黒い魔法陣から一体の魔法人形が現れ、彼はその魔法人形に対し、

「次は気を付けろよ?」と言い、「もしレイちゃんを納得させられなかった時は勿論解ってるよな?」と言い、「それじゃあ行くぞ」と命令を出した。

 ――こんな事になるなら、もっと早く決着をつけておくべきだった。

 自分に対する怒りと焦りを覚えた彼だが、しかしその僅かな感情で意識が乱れない様に充分に注意をしつつ、現在の彼の唯一の味方である茨の巫女を操った。

 ――こいつしか今は利用できないから、力は馬鹿みたいに不充分だけど、今はどうにかするしかない!

「なるほど、その方を用いるとは、多少は考えたようですね? ですが――」

 そこで言葉を区切り、レイは再びあの時のように暗闇へ姿を眩ませ、彼は拙いと思い、茨の巫女にこう命令した。

「茨の巫女、蔦を張れ! 少しでも間合いを稼ぐんだ!」

「はい」

 そう言って地面に両手をついた茨の巫女が、「行きなさい」と唱えた途端、彼を包み込むような形で球体状に蔦が出現し、更にあの時の様に辺りのコンクリートの地面や建物からもそれらが現れ、彼はレイの様子を窺った。

 ――多分この魔力の蔦があればそう簡単には僕達に近づく事は出来ないはずだけど……、

 辺りを注意深く確認し、同時に魔力が途切れない様に集中しつつ、レイの姿がどこにあるのかを予想した。

 ――そう遠くには、そしてそんなに近くにはいないはずだけど……、

 一瞬の油断も許されない状況の中、彼の心中にあったのは、ただアリスを救いたいというその想いだけだった。



「強い!」

 あれから幾度もの攻防をおこなった末、味方の《人形》がとうとう残り一体となてしまったアリスは、それですらも片腕を失っている状態まで追い込まれていた。流石に危機感をもった彼女は、だが弱音は吐かず、その《人形》に残り僅かとなった魔力を少しずつ送り続け、せめてその一体だけでも破壊されないように努めた。

 ――魔力はある意味体力と同じ。そして私の身体にはもうほとんどそれは残っていない。

 ――もしもここでこの私が倒れてしまえば、きっと彼は自分を責めるはず。だから、

 胸に手を当て、自分にこう暗示をかけた。

 ――私は絶対に、負ける訳にはいかない!

「行きなさい!」

 実力的に勝ち目があるとは思えなかったが、しかしそれでも彼女は最後まで諦めず、彼を信じ続けた。



「かはっ」

 レイの鎌が彼の背中を切り裂いた。しかしそれでもその傷は深い訳ではなく、血が溢れ出す程度だった。それでも激痛が走る事に変わりはなく、彼はうつ伏せの状態でその痛みに悶えていた。そんな彼の姿をただ黙って見つめていた茨の巫女は決して手を差し伸べようとはしなかった。

「何だよその目は? ひょっとしてこの僕に逆らう気か? 茨の巫女」

「いいえ。ただ――」

 その目には不安の色は見えず、むしろ心配すらしていないような雰囲気を纏っていた。

「――ただ、どうして貴方はそれ程までに愚かなのだろうと思いまして」

「愚か、だと? この僕が? お前それ、一体誰に向かって言ってるのか解ってるのか?」

「勿論ですよ? 渡良瀬錬磨」

「……言ったよな? こういう状況になったら、お前を殺すって」

「それが何か?」

「……っ!」

 彼は腹が立ち、頭に血が上った。こんな奴なんかより、もっと優秀な人形がいればいいのに。そう思ったが、しかし身体の痛みに加え、茨の巫女を長時間召喚していた事による体力の消耗で身体を思うように動かす事がない。そのうえ彼の背中からは今も尚鮮血が流れ続けている。

 ――待てよ?

 そこでふと、彼はある事を思う。それは、

 ――そういえば僕、あの時ヘレンちゃんに心臓を奪われてるのに、どうしてこんなに沢山の血が流れるんだろう?

 せめてものとして動く両腕のうち、彼は右手を左胸に当て、その音を確認した。すると、

 ドクンッ、ドクンッ。

 ――嘘だろ?

 あの日以来意識はしていなかったが、彼の身体の中で確かに鼓動が鳴り響いていた。そしてよく耳を澄ますと、

 キキキ、キキキ。

 まるで金属が擦れ合う音がした。

 ――ひょっとしてこの僕の体内にも、所謂『歯車』が組み込まれてしまった。なんて言わないよね?

 そんなふうに別の意味で恐怖を覚えた彼は、同時に余計に死への恐怖を覚え、「僕はまだ、こんな場所で死ぬ訳にはいかないんだよ!」と口にして、背中が痛むのを我慢して、「茨の巫女!」と叫んだ。

「僕は死なないし、死ぬ訳にはいかないんだ。何が何でも、あの子を倒すまでは!」

 彼のその台詞を聞いて、茨の巫女は、「どうやらその強気と図太さは健在の様ですね?」と言い、「私は一度貴方の中に戻る事にします。後は『二人目』が貴方を援護するでしょう」と言った。

 それではご武運を。そう言い残して、茨の巫女は淡い光に包まれていき、その姿を消していった。

 ――やっぱりあいつは役立たずだ。この僕の許可もなく勝手に消えるなんて。だから能無しの屑は嫌いなんだ!

 その時、

「その意気だよ、選ばれし勇者君?」

 彼の背後から唐突にそんな声が聴こえてきた。果たして次は何者か! そんなふうに身構えていると、

「落ち着きな。あたしはお前さんの味方だから。それにしても、随分とボロクソにやられてるじゃあないか? これじゃあお前さんの大好きなアリスって娘さんを救うのは厳しいんじゃないのかえ? 錬磨君よぉ!」

「だ、黙れ!」

 その謎の人物が丁度彼の目の前まで来ていたので、彼は無理矢理にでも左拳を見舞おうとした。だが、

「おっと、これはいけないねぇ? 仮にも女である相手に対して手を上げるってのは好きじゃない。それじゃあせっかくの可愛い顔が台無しだぜ? ん?」

 まるで小馬鹿にされているとしか思えない彼は、しかしここで先程の茨の巫女の台詞を思い出す。

『後は『二人目』が貴方を援護するでしょう』

 ――ひょっとして、二人目っていうのは……、

「ごめん、いきなりだったからつい興奮しちゃったんだ。ところで、キミってもしかして『選ばれし器を試す者』の一人だったりするの?」

 彼のその質問に対して、少女はニヤリと笑い、こう言った。

「流石は勇者君、話が早いじゃないか。その通り。このあたしこそ、お前さんの言う、『選ばれし器を試す者』の一人にして、〈自由奔放の一匹狼〉の二つ名をもつ《魔導人形》さ!」

 すると彼女の身体から異常なまでの魔力が溢れ出した。その大量の魔力は、或いは彼とは全く比べ物にはならないだろう。それを目の当たりにした彼は内心で、「これならいける」と確信し、彼は彼女に、「キミの名は?」と問い掛けた。彼女は彼にそれはまた後で教えてやると言い、「今はあの娘さんを倒すぜ!」と言って、

 グシュッ!

「え」

 唐突に腹部を貫かれた。

「……キミ……いきなり……何を……?」

「悪いな勇者君? 言い忘れていたが、あたしが本気で戦う場合、誰かの生き血を糧にしなきゃいけないんだ。だが生身の人間じゃ出血多量でくたばっちまうから、そういった理由であたしはこの数百年間封印されてきたんだが、しかしあんたが選ばれた事によってそのリスクがなくなり、思う存分能力を様になったって訳だ。だから――」

 彼女の身体が密着するまでその大剣を押しつけられ、

「――あいつの事、殺してもいいだろ? 錬磨」

 背後から彼女の手が彼の頬を包み込み、甘やかな吐息が鼻孔をくすぐる。そして彼女は彼に、「だからあたしに命令しなよ」と前置きし、「あいつを完膚なきまでにぶち殺せって」と言い、更に前へ前へとその剣を突き刺していった。

「あが、あ……」

 身体が痛い。それなのに、

 ――力が、溢れて……、

 身体の奥底から魔力が湧き上がってくる。それも、その度にその中の何かがキキキキ! と音を立て、体内の血を循環させてくれる。要するにあり得ない程の力が漲ってくるという訳だ。

 そして、それと同時に、

『いよいよ我らの出番ですね? 主』

 再びあの時の様に彼の中で何者かが声を掛けてきた。その声は二人分のものが重なっているような気がした。その声は、一方は落ち着きのある低い声で、もう一方は穏やかな高い声だった。そんな二つ分の声が彼の中で聴こえ、その声の主がだんだんとその姿を現していった。

 ――キミ達が、僕の新しい仲間なんだね?

 そう問い掛けると、低い声の人形が「その通り」と応え、高い声の人形が、「主の為ならば、この身が朽ち果てようとも」と応え、一方が右手を、もう一方が左手を彼に向け、「だから早く、今こそその魔力で我ら二体を解放してください」と言った。

 ――解った。

 彼は左腕に魔力を集中させ、「キミ!」と彼女を呼び、

「悪いけど時間を稼いでちょうだい! 僕は人形を召喚するから!」

 少女に向かってそう頼み、それに対して、少女は「あいよ!」と応え、「そんじゃあ、いっちょ行こうかえ!」と言って右手に構える大剣を天高く翳し、「クルエルティー・カーニバル!」と唱えた。するとその、遥か上空から、まるでどこかの神話の一場面の様に無数の剣が出現し、それがレイ目掛けて降り注いだ。だがその攻撃は残念ながら全て躱され、少女は「チッ!」と舌打ちをし、「少しはやるじゃぁないか」と言った。

「このあたしとした事が、少々見縊っていたようだね?」

 二人の姿を目にしながら、彼はこう思った。

 ――やっぱりどっちも強いや。これがレイちゃんの言う『試す者』の実力なんだね?

 そう自分に言い聞かせ、

 ――僕も行かなきゃ!

 先程少女から与えられた魔力を用いて、彼は尚も自分の為に戦い続ける少女の為に詠唱を始めた。

「黒き鋼は研ぎ澄まされ」

 そう唱えると、今回は黒の古代文字が刻まれた魔法陣が彼の前に出現した。

「希望の剣が切り開く」

 彼の詠唱に呼応するように、そこから互いに手を取り合った二体の魔法人形が姿を現した。

「汝の名は選ばれし双剣、我の第二の下僕」

 彼の前に現れたのは、一体は青のドレスに、そしてもう一体は白のドレスに身を包んだ魔法人形で、彼は彼女達に「僕に力を貸してくれ」と半ば頼みを含めた命令を出した。それに対して人形達は、「主がお望みならば」と言って互いに繋いでいないもう片方の手を胸の前に当て、その細尾い身体を折った。

「それじゃあ二人共、行くよ!」

『はい!』

 彼らも急いでレイ達の元へ割って入り、少女に加勢した。

「やっとお出ましかい? 流石に遅いと思うよ?」

「ごめんね? でも、もう大丈夫だから。僕も頑張るから。だからこの勝負、絶対に勝つよ?」

 でも、そう言う前に、少女は彼にもう一度こう訊いた。

「あいつの事、殺してもいいんだよな? 勇者君」

「……え」

「聴こえなかったのかい? あいつを殺させろって言ってるんだよ!」

「……え……っと……ごめん、流石にそれは……」

「無理だって言うのかい? 錬磨」

「それは……」

 それ以上の事を言おうとした途端、彼の鼻先に少女の長く太い大剣の刃先が触れた。

「言っておくがいくら相手がお前さんでもこのあたしを裏切ったら容赦はしないよ? それでこそお前さんとはまだ契約もしてないんだから、どうしようがこのあたしの勝手な訳だしな?」

「……」

 ――どいつもこいつも、本当に馬鹿ばかりだ。

「だったら掛かって来いよ? 二人纏めてさ?」

「……本気で言ってるんだな? それ」

「本気だよ? 勿論」

「ハッ! 上等じゃあないか! それじゃあお前らの方こそ二人纏めて掛かって来なよ! このあたしが直々にお前らをぶっ殺してやるからさぁ!」

 ――やっぱりあいつは屑だ。この子がじゃない、あいつがだ!

「レイちゃん!」

「御意!」

 彼の呼び声にレイが応え、いつの間にか彼女が傍にいた。

「ねぇレイちゃん、一つだけ質問するけど、いいよね?」

「勿論、何なりと」

「それじゃあ訊くよ?」

 改めて左に魔力を集中させ、彼女の頬にその手を添える。

「僕と契約したら、もう二度と、さっきみたいな真似はしないって約束出来る?」

「……ふっ」

 彼を鼻で笑い、そして彼の首に軽く両腕を絡め、

「御意」

 やや甘えを含んだ声音で彼にそう言った。

「それじゃあ改めて」

 彼らのその姿を焦れったく思った少女が襲い掛かってきたところを魔法人形達が阻止する姿を視界の端で確認しながら、彼は彼女と口づけを交わした。

 ――ごめんね? アリスちゃん。

 内心でそう呟いて、彼は全てを諦める覚悟で彼女と手を取り合った。

 ――それでも、僕の想いは変わらないから。

 ――だから、どうかこんな僕を許して!

 彼の中で魔力が上書きされる。少女のものではなく、レイのものへと。彼はそんな彼女に魔力を送り、二体の魔法人形達も同時に操った。

「二人共、その子には真正面からじゃ敵わない。両サイド、或いは前後から攻めるんだ!」

『はい!』

「それではわたくし達はいかが致しましょうか? 錬磨様」

「そうだね、それじゃあ僕達の方が……真正面から突っ切るよ!」

「御意!」

 ――待っててアリスちゃん、

 ――絶対に生きて、キミを助けに行くから。

 ――絶対に、

 ――絶対にだ……。

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