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ALICE  作者: 三点さん
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第四話 ある日

「それでは参りましょうか」

 彼らがレイと出会ってしばらく経ったある日、彼女が彼らに買い出しに行こうと誘ってきた。とはいえ『買う』とはいえ彼らの場合は彼が茨の主である事を証明する腕の紋章を一度ずつ確認して貰う形をとる必要があるのであり現金を支払う必要はないと彼女は言う(その他の住人はそれぞれで何か別の印を所有しているようだ)。

 そして数日前に解った事だが、彼らが街中に足を運ぶと、そこにはまるで人間にしか見えない人形達があちらこちらにいた。そのうえ犬や猫などの動物や、何より街というだけあって家や木々などもあった。

 ――改めて見ると、ここってけっこう現実世界に近いんだな?

 あの時とはまるで違う、空一面の青と白い雲がこの世界が平和であるという事を物語っている。そんなふうに思い、彼は何となく安堵していた。

 ――せめてたまにはこんなふうに落ち着いた一日があってもいいもんね?

 そうも思いながら、彼らは今、レイが連れて来てくれた店で様々な品々を目にしてる。

 ――へえ?

 人形とは言え、やはり生身の肉体をもっている為か、解ってはいたが食料は必要なようで、現実世界と同様にそれらを取り扱う出店もあった。レイはあらかじめ用意しておいた二つの買い物籠にあれやこれやと入れていき、いつの間にかその中身はいっぱいいっぱいになっていた。彼はそれを見て少々驚いた表情をつくったが、別にこの量を自分一人だけで口にする訳ではないのだという事を改めて思い出し、彼女に一言、「買いすぎないでね?」とだけ言った。それに対して彼女は、「御意」と短く応え、尚も買い物をやめる気配は見せなかった。

 ――女の子は本当に買い物が好きだよね?

 半ば呆れながら、彼はそんな彼女の姿を眺め、それからここに来て初めてアリスに声をかけた。

「ごめんねアリスちゃん、レイちゃんが余りにも買い物熱心だからついお手伝い係になっちゃって」

「別にいいわ? でも、貴方も貴方で少し楽しそうね?」

「え、別にそんな事……」

「隠さなくていいの。だって私も楽しいから」

 そう言ったアリスの表情には、心なしか笑みが浮かんでいるようにも見えた。もしもそれが彼の見間違いでもなければ、彼は彼で三人でここまで足を運んだ甲斐があったと思った。

「錬磨様、申し訳ありませんがもう一つ籠を持って頂けますか? 恐らく今の手持ちの分では足りないと思うので」

「まだ買うの?」

「勿論でございます。しかしご安心を。このわたくしめも、多少であれば調理の知識はございます故に、宿屋のキッチンをお借り出来ればある程度のメニューであればご用意出来ると思います」

「そう、なんだ?」

 ――今更だけど、今日のお出掛けって、ただ食料を買い込む為だけのものだったのかな?

「ひょっとして、この買い物が終わったらもう帰っちゃうの?」

「そのつもりですが?」

「いいや、別に、何でもないよ」

 ――だよね?

 別に何か不満があった訳ではない。ただ、どうせ別の世界に来たのだから、この世界に初めて来た時のように他の場所にも足を運んでみたいという気持ちが彼の中に残っていた。

 ――ま、そう上手くいく訳がないんだけどね?

 そのうえアリスはアリスで楽しそうな表情をしているし、レイもレイでどこか愉快気な雰囲気を纏っている。それなのに、たかが自分の希望だけで二人の機嫌を損ねたり雰囲気を壊したりはしたくなかった。

 ――諦めが肝心かな?

 自分にそう言い聞かせ、一度だけ「はぁ」と溜息をついた。

「レイちゃんも楽しそうだね?」

「勿論でございます。何しろお二方がどのようなお食事をご所望か、そして、どのようにすればお口に合うか、それを研究する事も一体のメイド人形の務めでございます故、それは当たり前でございます」

 食材選びの手は一切休めずに、そして彼らの方も一切振り向かずにレイは応え、「ですが」と短く前置きし、「お二方と共に過ごせるこの日々こそが、わたくしにとっては一番の宝物でございます」と言い、そこで彼女は初めて彼らの方を振り返った。彼女のその表情には或いは彼女には似つかわしくない満面の笑みが浮かんでおり、だがその笑顔はすぐに消え、再び元の無表情に戻っていた。

 ――今のって、僕の見間違いじゃないよね?

 そんなふうに思える程、今のそれはあっさりとしたものだった。

「ねぇレイちゃん、ひょっとしてキミ、今笑った?」

「ええ、笑いましたよ?」

「だろうね?」

 ギャップがありすぎるんだよ。そう言ってやりたかったが、しかしせっかくそう言って貰えた訳だし、細かい事は気にしないでおこうと思いながら、「ありがとうね?」とだけ言っておいた。

「誉めても何も出ませんよ?」

 そう言って、レイは人差し指を口元に当て、意地悪なウインクを彼に向けた。

「挑発しないでよね? こう見えても、僕だって一応は年頃の男子高生なんだからさ?」

「承知でございます」

 尚も口元の笑みは絶やさず、且つ買い物の手も止めない。これには彼も音を上げそうだった。

 ――やれやれ。



 宿に戻り、彼とアリスは一度レイと別れて部屋で足を休めていた。

「何か疲れちゃったね? まぁ、少なくとも僕はだけど」

 アリスは彼と共にベッドに座り、両手を膝の上で綺麗に揃えていつものように俯いている。そんな当たり前な姿は見慣れているが、それとは別で、彼は少し目を奪われているものがあった。それは、

 ごくり。

 アリスの真っ白な素足だった。その足は彼女が身に纏う黒く丈の長いドレスからほんの少しだけ覗くもので、サイズは小さめで、爪先まで美しく、それを見ていた彼はつい生唾を飲み込んでいた。

 ――相手はあくまでも人形なのに、やっぱり僕って変なのかな?

 解ってはいるものの、どうしてもそこから視線を外す事が出来ない。そんな自分に彼は何となく嫌気が差し、同時に無性に興奮する感覚があった。

 ――でも、こんな事言ったら絶対にアリスちゃんに嫌われちゃうよね?

 しかしアリスはアリスで彼のその視線に気づいていたようで、「私の足に興味があるの?」と静かな声で彼に訊ねてきた。彼は思わず「はっ!」と大声を上げてしまった。だがすぐに冷静さを装い、「いきなり何?」と逆に質問してみた。すると彼女は、「いいえ、別に」と応え、「貴方がまじまじと私の足元を見つめていたから」と言って、「触りたい?」と訊いてきた。

「……それ、冗談だよね?」

「勿論」

 ――ですよね?

 思わず下半身が反応し、顔と身体が火照りきっている。彼は彼女に「酷いよ」と言った。すると彼女は彼に、「変態さん」と言って、またあの時のように優しい笑顔を向けてきた。だが今回のその笑顔には、どこか意地悪なものが混ざっているような感じがした。

「変態じゃないもん。そういう年頃の健全な男子高生だもん」

「そう」

 それきり言葉は続かなくなり、彼はむずがゆい思いでいた。

 そんな彼らの会話を扉一枚を挟んで向こう側の廊下で盗み聞きをしていた者が約一名。彼女は愉快気に笑い、「思春期ですね?」と言って彼を小馬鹿にしていた。その人物は紛れもなく、彼女、レイだった。

「さて、それではお二方の雰囲気を邪魔せぬよう、わたくしめも自分の部屋へ戻るとしましょう」

 ――今宵は彼にとっての第三の試練となるのだから……。

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