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ALICE  作者: 三点さん
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第三話 たかがメイドと侮るなかれ

 翌日、彼はアリスからこのような不確定な噂を聞かされる。それはこの世界のどこかに、あらゆるものを映す鏡がある。というものだった。

 ――あらゆるものを映し出す鏡、か。

だがそれでも、やはりその鏡がどこにあるのか、どのような人物が所有しているのか、そもそも本当にそのようなものが実在するのか、それはほぼに等しいらしく。あくまで噂だがと、彼女は念を押した。もししかしそれでも、逆にもしもそれが実在した場合、果たしてそれがどのような形なのか、やはりどの様な人物が所有しているのか、そしてそうなった場合、果たして被害者はどのような目に遭ってしまうのか、彼自身僅かながらに興味をいだいていた。そしてそれを半ば本気で興味本位で彼女に尋ねたところ、「ふざけないでよ」と注意を受けてしまった。

「以前も言ったと思うけれど、そのような目に遭った時、もしも取り返しのつかない事になってしまった場合、貴方は責任が取れるの?」

「……ごめん」

「今後は気を付けて」

「解った」

 どうやら機嫌を損ねさせてしまった要で、その後しばらくの間、どんなに彼が彼女に話題を振っても、「そうね」や、「多分ね」など、今まで以上に短い応えでしか対応してくれなくなった。

 ――何だかなぁ?

 最早口癖になりつつあるその台詞を口にして、はぁ。と、溜息をつき、彼は空を仰いだ。

 ――この子は気が強いうえに怒ると恐いから、言っちゃ悪いけど、そういう部分は少し面倒なんだよね?

 ――ま、いいんだけどさ? だって僕が悪いから怒られるんだもん。

「それよりさ」

 彼は足を止め、こう言った。

「いつまで僕達の後をついて来るつもり?」

 背後を振り返り、そこにいる、その人物に視線を向けた。

「まさかとは思うけど、そうやってずっと僕達を追ってくるつもりとか言わないよね?」

「……」

 彼を見つめたかと思えばアリスを、アリスを見つめたと思えば彼を。と、その繰り返しだ。そんなふうにその行動を幾度か繰り返し、そのは人物は彼にこう言った。

「貴方様が渡良瀬錬磨様のようですね? では早速ですが、このわたくしめと契約を交わしてください」

「……ごめん、何だって?」

「わたくしと契約を交わしてください」

 ――どうやら僕の聞き間違いじゃなかったみたいだ。

 そう思った彼は、だがそう易々と初対面の相手に互いの命を懸ける事となるあの契りを結ぶ事は出来ない為、まずはその相手の名を訊いてみる事にした。するとその人物は、「レイ・アルカナ・ハート」と名乗り、「わたくしと契約を」と、またしてもそんなふうに言ってきた。そうは言われても、何よりもそのレイと言う人物が彼らの敵なのか味方なのかが解らなければ返答の仕様がない。ましてやもしもこの人物が敵の場合、これから先、一体どうなってしまうのか、それこそ解ったものではない(ちなみに今更ではあるが、その相手は一見すれば少女の容姿をもっている)。

「それじゃあ、レイ、ちゃん? で、いいんだよね? キミは僕達の敵なの? それとも味方なの? 一先ずはそこの部分をハッキリしてくれ。そうじゃないと、僕もキミに対してどう対応するべきか解らないから。いいね?」

「……」

 レイは口を閉じ、再び無言になった。

 ――ひょっとして、実は本当に敵なんじゃ?

 最悪の状況を想定した彼は、アリスの手を握り、「魔力を集中するよ?」と言った。いつ何があってもすぐに対応出来るようにしておいた方が、或いは戦術としては効率がいいだろうと判断したからである。

 ――こんな訳の解らない子から殺されるなんて、そんなのそれでこそごめんだよ!

「それで? 一体どうなの? キミは僕達の敵なの? 味方なの?」

「……なるほど」

「なるほどって、何さ?」

 彼の質問に対して、レイは自身の右腕を背に隠し、「つまりはこのわたくしの実力を貴方様方にお見せしろ。と、そう言う事ですね?」と言った。そして次の瞬間、

 ――消えた!

 その一瞬で彼女はどこかへと姿を眩ませ、それどころか気配すら感じなくなった。それに僅かながらに対して少なからず危機感をもった彼は、魔力を出来るだけ多くアリスに送り込み、以前の戦いで彼が生み出した下僕、茨の巫女を召喚しようと試みた。

「黒の茨は全てのものを拘束し」

 そう唱えた彼の足元に、あの時のように青黒い魔法陣が出現した。

「胸に秘めたる想いを解き放つ」

 彼の腕の紋章が輝き出し、同時に痛みが走った。

 ――くっ!

 それでもこの痛みがこの魔法の発動の代償なのだと解ればこの程度の痛みはお安いものだと自分に対して言い聞かせ、構わず詠唱を続けた。

「汝の名は茨の巫女、我の第一の下僕」

 その詠唱に呼応するかのように、魔法陣から一人の少女、否、魔法人形が現れた。

「おはよう茨の巫女。今回も僕達に力を貸してくれ」

「勿論です、マスター」

「それじゃあ――」

 アリスの手をぎゅっと握り締め、繋がれたその手に魔力を集中させ、

「――行くよ!」

『はい!』

 彼の命令に、二体の声が重なった。

「アリスちゃん、キミは頃合いが来るまでは僕の傍から離れないで。茨の巫女、キミはその茨の蔦を這わせて。いいね?」

『イエス、マイ・マスター』

 ――さて、あの子は一体どこから現れるつもりなんだろう? まさか僕の背後から現れるなんて事は……、

『それがあり得るとしたら、どうしますか?』

 ――な!

「アリスちゃん、気を付けて!」

 ほぼ無意識にアリスの身体を抱き、彼女を庇う形をとっていた。だがその一瞬で魔力が一時的に乱れ、

 ドクンッ!

「うっ!」

 心臓が脈を打ち、胸の痛みが彼を襲った。

 ――ひょっとしてこの苦しさが、この力を使う者にとっての唯一の弱点、なのかな?

「マスター、落ち着いて、貴方はまず、今は魔力を再構築して。話はそれから」

 そう言ってアリスが彼の身体を支え直し、「まずは私の手を握り直して」と言った。

「ありがとう。それと、ごめん」

「私は大丈夫。それより……」

 アリスの視線がいずこを向いている。だがそれは固定されておらず、まるで何かを察知したような面持ちだ。

「茨の巫女、マスターを拘束して!」

「え」

「解りました」

 唐突に彼女が茨の巫女にそう命令し、彼を突き放した。

「ちょっとアリスちゃん、それって一体どういう事さ!」

 彼がそう叫んだ瞬間、

「なるほど、このわたくしの気配を察知するとは、流石ですね?」

 ザクッ!

「アリスちゃん!」

 アリスが前髪で表情を隠しながら、俗にいうスローモーションの形で地面に倒れ伏した。

「アリスちゃん、しっかりしてよ、アリスちゃん!」

 彼の悲痛な叫びに、代わりに応えたのは茨の巫女だった。

「すみません、マスター」

 この時、初めて彼は怒りが漲るという意味を知った。

「……すみません。じゃねぇよ」

 アリスを傷つけられた事によって、彼はやりきれない気持ちになっていた。

「こういう意味だって解ったんなら、何で俺じゃなくてこの子を守ってやんなかったんだよ、あ!」

「それは……」

「いいか茨の巫女? もしこれでこの子が死んだら、その時はこの僕がお前を殺すから、そのつもりでいろよ? いいな!」

 茨の巫女の胸倉を掴み、彼女の身体の蔦に生える棘が左手に突き刺さっている事は一切気にせず、ギリギリと力を込めた。

「解ったな?」

「……」

「解ったな!」

「……はい、マスター」

 彼女のその返答を聞いて、彼は乱暴にその手を放した。

 ――ごめんね、アリスちゃん。こんな奴に頼ったりしたから、キミをこんな目に……、

「それは違います」

 背後からそのような声が聴こえた。同時に、

「動かないでください」

「……レイ……」

 彼女がいつの間にか構えていたその鎌のような武器が彼の喉元に密着しており、下手をすればすぐにでも切り裂かれてしまいそうな勢いだ。

「大丈夫です、アリス様は無事なので。ところで、これでお解り頂けましたか?」

「……何をだよ?」

「このわたくしが、貴方様に相応しい存在であるという事を」

「それは……」

「それは?」

「……チッ」

 言葉を選ばなければ自分の首が切り裂かれてしまう事になる。だが、だからといってそれを認めてしまえば、それはアリスを裏切る事になる。そう思った彼は、一先ず一呼吸置き、

「逃げないから、とりあえず離れて」

 そう言ってレイの位置から二、三歩前に出た。

「確かにキミは強い。少なくとも――」

 アリスの傍で彼女の様子を窺っている茨の巫女を睨みつけながら、「――この役立たずよりはね」と言った。

「それは光栄でございます。それでは、いかがなさいますか?」

「……そうだね」

 レイの腕を見る。その部分は明らかに巨大な鎌の形となっていた。こんな物騒な物で首を裂かれてしまえば、最早彼だけではどうの仕様もなくなる。

 ――でも、

 ここで彼女を認めてしまう訳にはいかない。少なくとも、『あの子』ともう一度対峙する日までは、この僕がくたばる訳にはいかない。そう自分に言い聞かせ、「茨の巫女」と、彼女の名を呼んだ。今度は冷静さを取り戻している為、確かに許してはいないが怒りもない。ただ利用する。その感情だけが残っていた。

「もう一度だけチャンスをやる。僕がこの子を仕留めるまで、アリスちゃんを守れ。いいな?」

 彼からの命令に対して、茨の巫女は「はい」と短く言い、その身に絡まる蔦を利用してアリスの身体を包み、その正面で、両手で祈る形をとった。そしてアリスを包み込むその緑の蔦はまるで表面に棘のある緑色の繭のようだった。

「これで大丈夫なです。アリス様の傷はレイさんの言うようにそれ程深くはないので、多少時間はかかりますが回復はしているはずですよ?」

「解った。それじゃあ……」

 レイに向き直り、彼は魔力を解放した。

「この手で、僕がキミを……」

 そう言いかけた時、

「お待ちください」

 唐突にレイが彼を止め、「どうやら来客のようです」と言って、後方を振り返った。

「タイミングが悪いですね?」

 そう呟いて、彼に一言、「一時休戦です」と言った。

「それって、どういう……」

「話は後です」

 彼は彼女に手を取られ、それと同時に、彼の身体にある異変が起きた。

 ――これは!

 彼の左手から魔力が彼女に送り込まれていくのが解る。だがそれは無理矢理にという訳ではなく、この感覚はまるでアリスと共に戦う時と同じようなものだった。

 ――まさか本当にこの子が? 冗談だろ?

 そんな彼の考えを察したかの様に、「だから言ったでしょ?」と、レイが口を開いた。そんな彼女の身体から何か青白い光が滲み出している。

「これでわたくしめもようやく一体の人形として本領が発揮出来るという訳ですね? それでは錬磨様、今度はわたくし達の番です。参りましょう」

 そう言って彼女が鎌を構えたのと同時に、突然空が薄暗くなり、地面から一体、また一体と『それら』が姿を表した。

「レイちゃん、あの子達は?」

「彼女達は以前、貴方様が対峙したお相手でもあるヘレン様が生み出した魔法人形である〈コープス〉の強化体と呼べる存在です。それ故に名称こそ同じものの、その能力は以前のものを遥かに上回っております」

「つまり、一筋縄じゃいかないって事だよね?」

「佐用でございます」

「解った」

 ――契約はしていない。今はただ、少しだけ協力して貰うだけ。ただそれだけなんだ。

「レイちゃん」

「何用でしょう?」

「今だけだからね? 僕がキミの力を借りるのは」

「……畏まりました」

 その一瞬、何となく鼻で笑われたような気がしたが、しかし確信がもてなかった為、今は気にしないでおく事にした。

「行くよ」

「御意」

 そして、今回二度目の戦闘が始まった。



「レイちゃん、右!」

「承知です!」

 今回はレイのお陰もあってか、敵の人形は一体一体確実に倒す事が出来ている。だがそれでも、以前と違い、倒しても倒しても次々に現れる。まるでこれら以外に、どこかに本体がいるかのように。

 ――参ったな、これじゃあ切りがないや。どうする?

 彼は彼女に魔力を送り続け、なるべくその戦闘力が衰えないように努めている。だがそれでもハッキリ言えば先程彼が召喚した茨の巫女のせいもあり、その体力はかなり消耗している為、いつ彼が膝をついてしまうかどうかは完全に時間の問題だ。

 ――だけど、今はまずこの勝負に勝つ事だけを考えないと。

 左手から可能な限りの魔力を送り込み、なるべく互いの動きが乱れないように気を付けた。

「どうレイちゃん、力は足りてる?」

「今のところは。ですが錬磨様、貴方様の方こそいかがですか? 苦しくなどはありませんか?」

「僕の事は気にしないで。今はただ、アリスちゃんの為だけに戦うだけなんだから……解るよね?」

「……御意」

 含み笑いをしてから返答し、レイはその、右腕の鎌を構え直した。

「それでは、そろそろとどめと参りましょうか?」

 レイがその鎌で空を切る。すると、

「……っ!」

 どこからか声にならない叫び声が聴こえてきた。

 ――何だ今の?

 辺りには誰もおらず、そして何もない。少なくとも、彼らの付近には。

「よくご覧くださいませ」

 レイに促され、そして彼は『それ』を目の当たりにする。

 ――あれは、

 つい先程までは気づかなかったが、よく見るとその人形達の向こうで、幾本もの腕をもつ一体の人形が倒れていた。その人形の身体は横に真っ二つになっており、それどころか、

「どうやらまだ息があるようですね? これはしぶとい」

 レイがその人形の傍まで歩み寄り、「それでは、よかれと思ってこのわたくしめがひと思いにとどめを刺して差し上げましょう」と言って、その鎌を首に添え、

 ザッ!

 ボトッ。

 大量の血飛沫と共に、その生首が地面に転がった。それを見て、彼は珍しく吐き気を覚えた。

「大丈夫ですか? 錬磨様」

 彼らの元に戻ってきたレイの服と顔にも血が飛び散っており、その綺麗な顔を汚していた。

「……ありがとう、レイちゃん」

「はて、果たして今、このわたくしめに何とおっしゃったのですか? よく聞こえなかったのでもう一度ハッキリと聞かせてくださいませんか?」

「……レイ……お前……!」

「冗談ですよ、身に余るお言葉です」

「……解ってるならそういう事は言わないでよ」

「それは申し訳ございません。ですが……」

 彼のすぐ目の前まで足を運び、「わたくしは本気です」と言って、彼の頬に両手を添えた。

「わたくしは決して貴方様を裏切るような真似は致しません。ですからお願いです。このわたくしめと、どうか契約を」

「……」

 彼は迷った、とても迷った。自分にはアリスがいる。彼女一筋で、彼女の為に、彼女の為だけに戦うとあの時誓ったのだ。それなのに、もしもここでその約束を破り、レイと契約を交わせば、果たしてどの様な事になってしまうのか? そんな事は考えたくもなかった。

「どうしても拒むようですね? ならば仕方がありません。一先ずは街に出る事にしましょう。この近くによい場所があります。その人形の召喚を解き、アリス様に負担を掛けない様にわたくしについて来て下さい」

 そしてレイは彼らを案内するように先頭に立ち、歩みを刻んだ。



「ここです」

 先程の一本道とは違い、先を進んでいくうちに広く綺麗な風景が見え、彼らは今、その街にある一軒の宿屋の前で足を止めている。とは言え、

 ――本当にいいのかな?

 正直彼は資金を持ち合わせてはいなかった。少なくとも、この世界で利用出来る通貨は。

「僕、お金持ってないよ?」

「それについては問題ありません。この世界には、最早そのようなものは存在しませんので」

「そう、なんだ?」

 レイのその言葉を聞いてほんの少しだけ安心し、それじゃあと中に足を運び、カウンターがあったのでそこで受け付けを済ませ、彼らはその宿の一室に入り、アリスをベッドに寝かせた。

「一先ず応急処置は施しておきます。例えこのわたくしめを信じて頂く為の手とは言え、貴方様にとって大切なお方を傷つけてしまった事は誠に申し訳ありませんので」

 そう言うと、レイはアリスの服に手を掛け、

「……え」

 その身に着けたコルセットとドレスのボタンを一つずつ外していき、真っ白な身体を露わにさせた。

「……」

 彼自身、頭では見てはいけないと解っていながらも、しかし年頃であるが故に例え相手が人形であれ、その綺麗な身体を持つ少女が目の前にいるせいで視線が釘付けになってしまっている。そのせいで、少し下品な話ではあるが、彼の下半身が悲鳴を上げていた。

 ――やっぱり僕って最悪だ。

 視線を引きはがせない状態のまま恐らく十数分は経過しただろう、その頃にはもう既に彼女の手当は終了し、アリスも先程より落ち着いた表情をしていた。

「さて、これで今しばらくは問題ないでしょう。後は今夜一晩は落ち着かせるだけです」

 そう言って彼の方を振り向き、レイは身体の前で両手を揃えて一礼した。

「ねぇ、本当にキミは何者なの? どうして僕が茨の主だって解ったの?」

「そうですね、では改めて自己紹介を。わたくしの名はレイ、レイ・アルカナ・ハート。『選ばれし器を試す者』の一人にして、《魔導人形》及び〈無慈悲なる小間使い〉の二つ名をもつ者、要はメイドです。そして――」

 彼の首に、その鎌の刃ををそっと当て、「これを以て、お二方のお命をお預かりする者でもあります」と言った。

「それはつまり、冗談でも遊びでもなく、本気も本気。って事なんだね?」

「佐用でございます」

「そう」

 決断するしか、ない。

 そう自分に言い聞かせ、彼はレイの頬に左手を伸ばした。そしてゆっくりと顔を近づけていく。

 だが、どうしても躊躇いの気持ちが残り、正直不本意でしかない。

 ――こんな気持ちで契約したって、ちっとも嬉しくなんかないよ。

 心苦しさとアリスに対する裏切りの思いが、余計に彼を躊躇わせる。

 ――アリスちゃん。

 ――やっぱり……やっぱり僕には出来ないよ!

「ごめんね!」

 後もう少しのところでレイを突き飛ばし、二、三歩程後退した。

「ごめんねレイちゃん、やっぱり僕には出来ないよ。僕にはアリスちゃん以外との契約は出来ない。だって僕はあくまでもこの子のマスターであってキミのマスターじゃないから」

「……そうですか、それは残念ですね? ですが、では、せめてこういうのはいかがでしょう?」

 そう言ってレイは自分の口元に人差し指を当て、その人差し指を彼の唇に当てた。

「これもある種の口づけでございます。ですが別にこれで契約が完了する訳ではありませんので、そこはご安心くださいませ」

「……それでも、僕にはアリスちゃんがいるんだけど?」

「本当に贅沢なお方ですね? 貴方様は」

 ですが、そう前置きして、「そういう人間も、嫌いではありません。むしろわたくしめとしては好ましいですね?」と言った。

「さて、それでは今回はこれでお開きと致しましょう。わたくしは別の部屋にいますので、何か御用があれば、その時は何なりとお申し付けください」

 そう言って、レイは彼らの部屋を後にした。

「……」

 ――一体全体、これから先、この僕にどうしろってんだよ?

 そう思いながら、彼はベッドで眠るアリスに向き直り、その白い顔を見つめた。

 ――僕がこの子を、アリスちゃんを守らなきゃいけないのに、それなのに、どうしてこんな事に?

 己の弱さを憎み、そして悔いて、彼は涙を流した。

「クッソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

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