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聖領域のゲルニカ  作者: ■■■■
私の聖領域
2/2

アーリーヌ・マーガレスの朝は早い



久しぶりの心地よい目覚めだった。


目を擦ると、少し濡れていた。なぜか、とても怖い夢を見た気がする。


いつもは目覚まし時計に叩き起されるのに、と、その当の目覚まし時計に目をやる。


5:20。随分早く起きてしまったみたいだ。


ベッドから降り、伸びをする。あと40分、時間はある。ゆっくり支度をしよう。


着慣れた柔らかい栗色の服に袖を通して、コルセットをきつく締める。

規則正しく髪を梳いて、少しすくって結う。


慣れているこの動作が、なぜか今日はとても大事に思えた。全身鏡の前に立ってみる。


「……よし!」


ひとつ回って、決めポーズ!


……じゃなくてじゃなくてじゃなくて。


こんなのお姉さんのやることじゃないでしょうと自分に言い聞かせながら、口元が綻んだ。


ふと、大事なことを忘れていることに気がつく。


「…よしっ、これで本当に大丈夫ね」


胸元にはーー 澄んだ黄色のシトリンが輝いていた。一点の曇りもなく、目を合わせれば途端にその奥へ落ちてしまいそうなそれが、私は大好きだ。

母の形見というよくある理由だが、大切にしている。大切にしている程度ではない。


マーガレス家、及びホーリストは、体のどこかに宝石を埋め込み、それが命の役割を果たしている。


宝石が壊されれば命の灯火の火は消えるし、逆に宝石が壊されない限りは、首がなくても宝石以外の全てを欠損しても、命はそこ灯り続け、いずれ体も再生する。


仕方がない。それがホーリストの役目なのだから。ただそこにあり続け信仰されなければいけないのだから。


でも、私は、それでーー


「ピピピピピピピッ」


突然の轟音にびっくりして腰を抜かす。

そうだ、肝心の時計を止めていなかった。


仕返し半分でバシンと轟音で返しながら目覚まし時計を止め、慌てて部屋を出る。



いくつもの扉を連ねる廊下を、皆を起こさないようにゆっくり歩く。

その一番奥の扉の前に来たところで一度止まり、優しくノックする。


「……姉様、起きておられますか?」


なるべく暖かく、優しく、いつでも迎え入れるよ、という声で。


……すると、姉様はいつでもありがとう、ごめんねという後ろめたさと申し訳なさがこもった弱々しいノックを渡してくれる。


「……大丈夫です。では、ミティアとキーナを起こしてまいりますので、これで。」


姉様とは、血が繋がっているわけではない。年上のホーリストは姉と呼び慕う、そういう規則なのだ。


姉様は、一番最初のホーリストだ。

私は二番目。まだ幼くて泣き虫だった私と、一緒にいてくれた。

三番目のキーナが入ってきたとき、何かを怖がるように、蝕まれるのを嫌がるように、部屋にこもって、一歩も出なくなってしまった。

理由はわからない。けど、多分、二人の間に何かあったのかもしれない。

…詮索するだけ、無駄かもしれないけど。


私はさらに廊下を進み、その先の温室の椅子に腰掛ける。

あと少したったら、キーナとミティアを起こしに行こう。それまでに、朝食、を……


……おかしいな、瞼が、重……



ここは……


花がたくさん。道が整って、身に纏うは誰もの目を奪う美しいドレス。


そうだった。私は王子様に会うために、ガラスの靴で駆けていくの。


ああ、王子様。


私の、王子様。


お願い、私を連れて行って。

この身分など厭わず、私をさらって、森の中で二人でずっと暮らしていたい。


誰も知らない、物語を紡いでいたい。



「アーリーヌ」


王子様。


「……アーリーヌ」


王子様、名前を教えて。


「……きて、起きて、」



「アーリーヌ!」


「っ!!」


目を開けると、目の前には私の肩を揺すり起こすキーナがいた。


「ったく、アーリーヌ。こんなとこで寝ちゃだめっスよ」


「あぁ、ごめんなさい…いつのまにか眠ってしまっていたみたい。夢を見たわ。おはよう、キーナ」


「おはようじゃないっスよ!このこの〜っ」


乾いた笑い声で私をからかうキーナの金髪がちらちら、さらさらと揺れる。

キーナ・アポカリプス。実はキーナは私より年上だが、ホーリストになった順は私の方が先のせいか大分緩い。規則といっても、監視されているだけだし本人の方からタメ口で、と念を押されているのであまり関係ない。どうせ監視係も口は出せまい。


「あれ、ミティアは?」


「ここですよぅ!」


「わっ!?」


「えへへ〜♪ アーリーヌお姉様、ちょっと驚きすぎじゃないですか〜?」


かわいらしく微笑む少女は、私をとてもよく慕ってくれるミティア・カティマ。四番目のホーリストだ。気弱で、弱い者に優しくて、そんなところが守りたくなる。

…本心を言うと、自己顕示欲にまみれた私は、慕ってくれることがどうしようもなく嬉しい。お姉様、だって。かわいいなぁ。



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