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入学式 千恵編

とうとう高校の入学式です。

 小雨模様のあいにくの天気だったが、私達のこれから通う嬉野高校の入学式が四月十日に催行された。

校門を入ったところにある今まさに満開の桜の木を立ち止まって眺めている生徒や父兄の姿もあった。この木は古い木なのだが大木で、枝ぶりも良いことから近所の人も散歩の途中によく見に来ている。私にとっては小さい頃から見慣れているので、今年も綺麗だなぁとは思うが新鮮味はない。しかしケンジェルにとっては違ったようで「うわー、これは凄い。うちの庭の桜とはまた違った迫力があるな。」と感心していた。


私はケンジェルが「うちの」といったことが嬉しかった。十日前に突然やって来た異世界からの訪問者。たった十日なのにすっかり我が家に馴染んでいる。

この嬉野高校は、我が家から三件先にある。家・高原のおじいちゃんの家・嬉野高校・遠野駅という並びだ。

嬉野小学校と嬉野中学校は、線路に沿って高校の隣に小・中・高と順番に並んでいるので、私は段々と家の近くに通うようになったことになる。これが反対の並びだったらよかったのに・・と小さい頃はよく思ったものだ。一番長く通う小学校が一番遠いとぶつぶつ言っていたら、友達に贅沢だと怒られたことがある。確かに友達の言うことはもっともだ。他の人はもっと遠くから通っているのだ。


遠野の町は田畑の広がる小さい町だ。隣に県でも大きな都市、岸蔵市があるので今は合併してここも住所としては岸蔵市ということになっている。ただ駅名は遠野駅のままだ。以前は嬉野学園にも岸蔵や他の沿線の町から電車で通学してくる人が多かった。しかし今はこの辺りも岸蔵の衛星都市として住宅が増えてきているせいか、特に嬉野小学校などは最近、新しく他所から来た人たちが大勢通ってきているようだ。

地元の人間が増えるのはいいことだ。と高原のおじいちゃんなどは言っているが、私は広々とした田んぼがなくなるのはちょっと寂しい。新しい人が増え車も増えるとゆっくりとジョンとの散歩も楽しめない。


そのジョンだが、外に出る時は規則だからと言って首輪と紐をつけることを渋々承諾したが、家では好き勝手をする居候のおじさん状態だ。私の言うことをよく聞いていた可愛いジョンはどこへ行ってしまったのだろう。お母さんはジョンがしゃべるのが嬉しいらしく、お父さんと三人?でよく話をしている。私としてはもう一匹犬を飼って欲しい。ジョンは・・犬とは言えないだろう。でも二人も居候が増えたのだから、当分は無理な話なんだろうなぁ。




◇◇◇




 いつまでも桜を眺めているケンジェルを引っ張って、玄関のアプローチに張り出してあったクラス分け表を見に行く。これを見る時にはいつもドキドキする。嬉野学園は私立なので、小・中通じての同級生のメンツはあまり変わらないが、高校は他校からの編入者も多い。今年は誰と一緒のクラスだろう。そして新しく同級生になるのはどんな人だろう。春定番のワクワクに気分が湧きたつ。


「やったっ。ミチと一緒だ。」藤堂美千代は大親友だ。ケンジェルは多分私と一緒のクラスだよね。と男子の名前を見ていくとやっぱり高原賢二の名前が同じクラスのところに書いてあった。そのすぐ下に田辺慎介の名前を見つけてゲッとなった。シンと一緒かぁ、五月蠅いクラスになりそうだ。この田辺慎介はお銚子者でこの一年のクラスの雰囲気を決めてしまう存在だ。・・・まあいい奴なのでケンジェルのことを頼めるかもしれない。女の私だけでは学生生活のすべてをフォローすることは出来ないからね。例えば・・男子トイレとか体育の時の着替えとか・・。面倒だけど慎介と美千代、この二人には実情を打ち明けて早めに味方にしておくべきだね。


体育館に行くと上級生が新入生の誘導をしていた。こういうことは中学校の時にはなかった。生徒が主体になって入学式を執り行っている様子に感動した。出席番号順に新しいクラスの列に並ぶ。ミチに会って、「久しぶり、一緒のクラスで良かったね。」と言い合う。名簿はあいうえお順なので、いつもだったら私とミチは前後ろで並ぶのだが、大人しそうな初めて見る子が私とミチの間に立っていた。高校からの転入生なのだろう身の置き場のないような顔をして居心地が悪そうだ。

「あなたは高校からの転入組なの? 私は橘千恵、こっちは藤堂美千代、よろしくね。」

声を掛けるとホッとしたようで、肩の力を抜いて挨拶をしてくれた。

「ええっと、私は岸蔵南中から来た筒井小夜子と言います。よろしくお願いします。」

そう言ってペコリと頭を下げる。可愛らしい声だ背も小さい。小夜子という名前によく合っている。


ケンジェルは私の隣に立っているのだが、その後ろにケンジェルと同じくらい背の高い知らない男の子がいた。この子は周りの人がちらちら見るぐらいのイケメンで、その周りからの目線を気にしてないようなスカした顔をして退屈気に立っている。その後ろにいた柔道部らしいごつい四角張った体型の田辺慎介の袖を引っ張って、「後で話があるから、クラス会の後で付き合って。」と小声で告げると、「おいおい千恵さんよ。急に俺の魅力に目覚めたか?」と大きな地声で話してくれるので目立ってしまった。「バカッ、誰があんたなんかに。」速攻否定してやる。「なんかとはなんだよ。慎介、傷ついちゃう。」何が傷ついちゃうだ。厚顔無恥のくせして。


入学式は滞りなく終わった。生徒会長の只野さんという人の挨拶が面白かった。「ほんとーにただの只野(ただの)生徒会長です。」と言われて、一発で名前を覚えてしまった。この人、選挙でもこれでいったのではないだろうか。便利な名前である。しかし新入生代表で、うちのクラスのすぐ側に立っていたあのイケメンが呼ばれた時には驚いた・・。彼は武知義人という名前らしい。東京から来たと言っていた。新入生代表だということは頭もいいのだろう。イケメンの上に学力まで・・。神様は不公平だ。一人の人間に二物も与えるべきではない。他の人間が惨めではないか。


教室に行き、黒板に書かれていた通りに出席番号順に並んで座って担任の先生が来るのを待つ。私達Ⅰ-Aの教室は三階の東端だった。生徒用の通用口から歩いてくるのは遠いが、教室間の廊下にもなっているベランダからは眼下に、校舎の東側にある運動場が見えるので眺めは良さそうだ。天気のいい日の休み時間は、ベランダが混みあうかもしれない。ベランダを眺めていると私達の担任らしき人がそこを通って、教室前の入り口を開けて入って来た。年寄りのおじいさん先生である。・・もっと若い先生がよかったかも。でもA組だから、学年主任の先生なのかなぁ。


「皆さん、入学おめでとう。私は君たちの担任になった神谷守という者です。」と言って黒板に自分の名前を書く。丁寧に真っすぐに線を引いて角ばった字で名前を書く。この先生が数学の先生だと聞いて、成程と思った。線を引くのに慣れているのだ。神谷先生が出席を取る。高原賢二の所でケンジェルが返事をした時に、クラスがざわついた。先生は素知らぬ顔で最後の人までの出席を取り終えた。そしておもむろにケンジェルの状況を説明する。外国人で言葉を勉強中であり記憶をなくしている為に、日常生活でわからないことも多々あるので、手伝ってあげるようにということだ。私の所に下宿していることも話した。ありがたい。これでミチやシンたちに話をしやすくなった。


教科書が配られ、明日から早速授業が始まるので予習しておくようにと言い渡される。明日は午前中が授業で午後からオリエンテーションがあるらしい。うちのクラスの時間割も配られたが、みっちりと七時間授業だ。五月からは朝時間補習も始まると言われて、家の遠い子なのだろう「五時起きだよ。」と嘆いていた。嬉野高校は進学率が高い学業優先の学校だ。でも部活動も頑張っていて、インターハイまで行く部も多い。電車の中からも見えるように玄関上にはよくインハイに行く部や生徒の垂れ幕がかかっている。


先生に今日はこれで解散と言われて、皆がガタガタと音をさせて立ち上がりながら、大荷物を持って教室を出て行く。小・中と嬉野学園に通っていた生徒以外は、まだ親しく話をする者もいないからだろう。クラスでの自己紹介などは明日のオリエンテーションの時にするようだ。私の後ろに座っていた筒井さんも、私達に遠慮がちに「さようなら。」と言いながら帰って行った。


最後に残ったのは、ケンジェル、私、田辺慎介、藤堂美千代の四人だ。

「もういいでしょ。どういうこと? 春休みに遊べなかったのは、この人のせいだったのね。」

ミチが愚痴を言う。花見の約束をキャンセルしたからねぇ。

「対外的には神谷先生の言った事情ということにしてるんだけど、実はもっと深いわけがあるのよ。」

と言って、四月一日のエープリルフールの夜から起こった事をミチとシンに話していく。その時にケンジェルが私の話の補足をするために日本語をペラペラと喋りだすと、二人ともびっくりしていた。


「俺、ゲーマーじゃないけどRPGはいくつかやったことがある。でも本当に冒険者がいるとは思わなかったぜ。魔法ってホントか?」

シンにそう言われると思っていたのだろう。ケンジェルは周りをキョロキョロ見て誰もいないことを確かめると、「光よ。」と短く言って手のひらに光を灯した。

「すっげー、手品よりすげぇな!」

「・・・信じられない。でもホントなんだぁ。」


「二人が納得してくれたところでお願いがあるんだけど、・・」

私がこれからの学校生活でケンジェルを助けて欲しいことを伝えると、二人ともその頼みを快諾してくれた。

「俺たちだけじゃなくて、俺とケンジェルの間に座ってる武知とお前らの間の筒井には言っておいた方がいいんじゃね? 一学期はこの六人で班だろ多分。化学の実験やら掃除当番やらが一緒になるぞ。」

おっ、珍しくシンが穿ったものの見方を・・と思っていると、

「小夜子ちゃんは良さそうな人だから大丈夫だと思うけど、武知くんは東京から来た人だしどんな人だかまだわからないでしょ。」

ミチの意見はわかる。あのイケメンが嫌な奴だったら内情は打ち明け難い。

「義人はいい奴そうだったよ。今日話しただけだけど。」

なんと流石シン。もうあの男と渡りを付けてたとは・・。

出来たら、協力者が多いほうがありがたい。明日の放課後に二人に話してみた感触で事情を打ち明けるかどうか決めようということで話がまとまった。


「千恵の友達はいい奴らばかりだな。」

家への道をケンジェルと歩きながら今日の話をする。

「そうだね。小学校の頃から一緒だからね。家族みたいなもんだよ。」

二人が協力すると言ってくれて助かった。正直、私はケンジェルの勉強をみるのに手いっぱいだからね。



家に帰ると早速、ケンジェルと二人で真新しい教科書を広げて漢字の振り仮名をうっていく。そうしながらケンジェルが疑問に思ったことに答える。こうしてみると答えに詰まることが多い。ケンジェルの勉強をみているのだか自分の勉強をしているのだかわからない。ネットや辞書で二人の疑問を調べながら、つくづくとそう思ったのだった。





入学おめでとう。頼もしい協力者ができて良かったね。勉強・・・頑張って。

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