お手伝い
閑話のような短いお話です。
一夜明けると、ジョンの顎の髭が伸びていた。白い犬なのに顎鬚だけが赤い。変に思われないだろうか。
健一に聞くと、「そういう格好を犬にさせていると思われるだけだよ。」と言われた。この世界は何でもありらしい。ジョンが小型の魔獣に間違われて狩られる心配もしたが、動物を保護する法律があるとかでむやみやたらに襲われることはないそうだ。これには安心したが、こちらも動物を狩ることが出来なくなるのだ。痛し痒しである。俺はどうやって食い扶持を稼げばいいのだろう。どうもジョンと二人して養われているだけなのは落ち着かない。
何か手伝わせて欲しいと申し出たら、文子に「仏壇のマッチが切れてたから、ちょっとこのロウソクに火をつけて。」と頼まれた。線香の煙が仏のご馳走らしい。この世界で死んだ者は変わったものを食べるんだな。これくらいのことは、お安い御用だ。
「聖なる火よ、我を助けたまえ!」俺がマナに祈ると、ロウソクにポッと火が灯った。「わーー、凄い。便利だわー、ケンジェル。」文子は喜んでくれたが、健一には「・・・なんか違う。お母さん、魔法はもっとかっこいい使い方をしてよ。」と言われた。
けれど、魔法にカッコイイも悪いもない。魔法とは本来、便利な道具なのだ。日常の生活や戦いになくてはならないもの、それが魔法だ。しかし、この世界には俺の魔法を遥かに超える数々の魔法がある。とくに「電気」と呼ばれるものは何でもできる。たいしたものだ。夜でも昼のように明るいし、いろんな道具をこいつが動かしているらしい。冷蔵庫という大きな箱の中を冬にできるし、洗濯や掃除や皿洗いまでやってしまう。特にテレビなどは、遠くの地で起こった事を直ぐに目の前で見ることが出来るのだ。ジョンもこれにはいたく感心していた。
孝志の剣道場で、稽古の手伝いもした。
この世界は危険なのだろう、大人ではなくて小さな子ども達がたくさん剣術を習いに来ていた。俺は剣は教えるほど得意ではないので、ジョンが指導した。腹話術という芸があるらしく、俺がジョンの口の動きに合わせて喋っていることになっているらしい。腹話術ということでみんなに説明するから、ジョンと離れずに側にいるようにと孝志に言われた。これが大変だった。ジョンも熱中し過ぎて興奮すると、右に左に走り回る。だいぶ気合を入れないと、犬の動きには追い付かない。孝志には内緒で、時たま風魔法で自分たちの動きを調整した。子ども達の袴が一緒に風に揺れたが、このくらいなら気付かれないだろう。
「あの外人の兄ちゃんすげぇー、忍者みたいだ。」と子ども達に言われていい気になっていたが、忍者の意味を後で聞いて、しまったと思った。・・・気づかれたか? ぎりぎり大丈夫だったか?
・・あれは不味かったらしい。孝志には、後でこっぴどく怒られた。風魔法は、当分の間禁止をくらった。
健一は道場では手練れの士らしく、お父さんを手伝って下の子たちを指導していた。
「ジョンとケンジェルが手伝ってくれて助かったよ。この春から新入塾生が増えたから、僕がそっちに掛かりきりになれるからね。」と俺たちの手伝いを喜んでくれた。健一には随分世話になっているので、喜んでくれてこっちも嬉しい。
孝志の家具造りの手伝いは、掃除をしたり板を動かすのに手を貸したりといった下手間仕事がほとんどだが、孝志が細かい細工物をする時に光魔法で手元を照らすことが出来たのは良かった。
やっぱり魔法が役に立つと安心する。千恵に言わせると「それはアイデンティティの問題ね。」ということらしい。「その長い呪文のような言葉は、どういう意味だ?」と聞いたら、「金髪碧眼の外人に英語を教授するって変な感じ。」と言われた。どうも俺のような姿かたちをした者は、英語というものを喋るらしい。「英語がぺらぺらだと思われたら困るわねぇ。」という千恵の懸念により、俺はおかしな文章を覚えさせられた。
『その言葉わかりませーん。ワタシ、バラゲディ人。ニホンゴすこしだけワカルね。』という言葉だ。
「バラゲディ人って、どこの国の人だよっ。あんまりケンジェルに変な言葉を覚えさせるなよ。」と健一が千恵に言ってくれたが、いいのだ。俺は千恵の言う事なら何でも聞く。バラゲディでもスパゲッティでも何でもいいのだ。
スパゲッティで思い出したが、この世界には美味しいものが多い。俺はカタカナを食べ物の名前で覚えた。特にスイーツとかいうものは死ぬほど旨い。買い物に行った時に食べたドーナッツの味は忘れられない。ふわっとしてモチモチして、今までに食ったことのない食感と味だった。あれをまた食べたいなぁ。
食べ物を夢見ながら、お手伝いに励むケンジェルだった。
春休み中の一コマでした。