異世界転移?
なんとか心を決めたものの、例え冒険者とはいえ心細いですよね。
少年の後をついて、建物の脇の庭らしき場所を通り抜けて奥の方へ進んでいく。
すると、一段と大きな建物が見えた。少年は横に引っ張ってドアを開けると、入る前に姿勢を正し頭を前に深く一度下げてからドアの奥へ消えて行った。
俺は一瞬ドアの前で戸惑ったが、意を決して少年の後に続いた。
中には広い土間があり、その土間よりももっと広い板敷の大きな部屋が一つあった。ぷんと汗の臭いがする。先程の男性が道場と言っていたから、ここは何かを鍛錬する場なのだろうか。
「お兄さん、ここで履物を脱いで上がってね。」
少年の方を見れば、長い板の上に履いていた物を脱いで立っている。
「そして、履物をここに入れるんだ。」
少年は、自分が履いていたものを本棚の中に置いた。
「おい、本棚に履物を置いて、お父さんに叱られないかい?」
「ふふっ、大丈夫だよ。外国の人には履き物を脱いで部屋に入る習慣はないんだよね。日本では、大勢の人が入る部屋の入り口には、こんな風に本棚みたいな形をした履物入れがあるんだよ。」
「へー、ニッポンというのは、こういう部屋の名称なのかい?」
「もーお兄さんったら、変わったジョークを言うねぇ。いいから上がって。たぶんお父さんが何かお茶でも持ってくるからさ。」
ジョークとはどういう意味だろう。俺は頭をひねりながらも板間に腰を掛けて、履物の紐を解いて行った。
俺の様子を見ていた少年が、「ちょっと待ってて。上がる前に足を拭いた方がいいね。」と言って、外に出て行った。多分桶水を持って来てくれるのだろう。
少年がすぐに戻って来て、濡らした上等な布を渡してくれた。
「これジョンのだけど、洗濯してるから綺麗だよ。」
その言葉を聞いて驚愕した。
「ジョン、ジョンが先にここに来ていたのかっ?!赤髭の、大男だろ。俺たちのリーダーなんだっ。」
俺の勢いに、ニコニコしていた少年の顔が強張って、少しずつ後退って行く。
「悪い。興奮してしまった。怖がらないでくれ。あー、今、君はジョンと言っただろ。その人はどこにいるんだ?」
「ジョン? ジョンは人じゃないよ。僕んちの犬。」
「い、いぬぅーーー?!」
なんてこった。・・人違い、いや犬違いか。
「そうか、・・・・犬か。」
「お兄さん、一緒にいた人とはぐれたんだね。大丈夫だよ。お父さんに言ったら捜してくれるよ。」
この少年は、余程父親のことを尊敬していると見える。お父さんなら何でも解決できると思っているんだな。さっきから二言目には、お父さんだ。
俺の親父なんて飲んだくれで、村の鼻つまみ者だったけどな。
そのお犬様に借りた上等な布で出来るだけきれいに足を拭い、板の間に上がったところへ先程の男性、この子のお父さんがやって来た。
俺たちが入ってきたドアとは違う、板の間の奥の壁を開けて中に入って来たので、あの住宅のような建物とこの道場が、奥で繋がっているのかもしれない。
「そんな端の方にいないで、こちらの明るい所にいらっしゃい。」そう言って、何かトレーの上に乗せて持って来たものを、板間の中ほどのランプの下に置いた。少年は、何処から持って来たのか三つの敷物を、そのトレーの側に並べる。よく気の付く子供だ。
「ありがとうございます。突然やって来た見知らぬ者なのに・・。」
「なに、困った時はお互い様だ。有難いと思うんだったら、今度は君が誰かに親切にしてやればいい。」
なんと達観したものの見方だろう。少年がこの父親を尊敬するのもわかる気がする。
「さあ、冷めないうちにどうぞ。お腹が空いてそうに見えたから、パンも焼いてきたよ。バターしかぬっていないけど外人さんだったら握り飯よりこっちの方がいいかと思ってね。」
お腹が空いていたので、ありがたく頂くことにする。
一口食べて、驚いた。こんな柔らかいパンは食べたことがない。それに焼いたと言っていたけれど、ちっとも炭臭くない。きれいに焼けているのにどうやって焼いたのだろうか?
俺は夢中で目の前にあったパンをたいらげた。
「いい食いっぷりだったね。・・それで、どういうことでここで迷子になったのか教えてくれるかい?その飲み物は、紅茶だよ。飲みながらでいいから、かいつまんで経緯を話してくれ。」
俺は温かい紅茶でのどを潤し、この親切な男に自分の現状の判断を委ねることにした。
◇◇◇
「俺の名前は、ケンジェルと言います。職業は、冒険者です。今日はトカリ村の冒険者ギルドに偶々顔を出したんですが、そこに赤髭のジョンというB級冒険者がやって来て、この近くのダンジョンに行きたいからここでパーティーを募ると言うんです。俺は、まだD級に上がったばかりの魔法使いだったんですが、普段一人で旅をしているもので、なかなかダンジョンに挑戦する機会がないんです。それで勇んで手を挙げました。俺の他に三人が参戦して、五人でパーティーを組むことになりました。」
「ちよっと待ってくれ。その話は、想像とか劇のあらすじじゃあなくて、実際の出来事なんだね。」
何を言っているんだろうという不信感が俺の顔に出たためか、男性は「いや、いいんだ。途中で話を止めて悪かった。続けてくれ。」と言うので、気を取り直して続けることにした。
「それで、五人でトカリ村を出て、森にさしかかった辺りで急にオークの群れに襲われたんです。ジョンというB級の冒険者がいるわけだし、俺も普段ならあのくらいのオークの群れなど一発の火魔法を打てば蹴散らせるんですが・・・油断していました。パーティーの皆がオークと入り乱れていたので、どの魔法を使おうか一瞬迷ったんです。それで一気に攻め込まれてしまって。ジョンが「一度森へ逃げ込んで体制を整えるぞ。」と言うので、森に入ったのはいいのですが、今度は酷く濃い霧に捕まって、皆とはぐれてしまったんです。なんとか歩き続けて霧を抜けたのはいいのですが、出て来たところがここの家の前で。ここがどこなのか尋ねようと、彼に声を掛けた。という訳なんです。」
「んーーーー、そうか。」
男性は、難しい顔をして考え込んでいる。
「お兄さん、えーと、ケンジェルさんだっけ。魔法を使えるんだね。なんか使って見せてくれる?」
少年がそう言うので、この明るい部屋の中では必要はないが、光魔法を見せてやった。
「光よ。」
俺がつぶやくと、手のひらの上に考えた大きさの光がともった。
「「ええっーーーーー!!!」」
親子して後ろに仰け反って盛大に驚いている。
そんなに驚くことか? このくらいの魔法なら適性のないものでも出せる奴もいるぞ。
「マジっ?!手品とかじゃなくて?」
今度は二人して、光に顔を近づけてマジマジと見ている。うーん、村の三歳の子に見せてやっているみたいだ。俺は、目をくるりとさせ、スッと光を消した。
「うわー、お父さんこれ、もしかして異世界から転移して来たっていうあれじゃない?」
「しかしな健一、あれはこちらの世界から召喚されて異世界に行くんだろう。あっちから来たっていう話は見たことないぞ。それに、このケンジェルさんの話だと誰かに召喚されたわけでもなさそうだしなぁ。」
「あのぅ、すみません。イセカイ、ショウカンという言葉はよくわかりません。どういう意味なんですか?」
ここで俺はなんとも奇怪な話を二人から聞かされることになる。
・・・詳しく説明されてもよくわからなかった。
俺はこの健一少年の言うように、こことは全く違う世界、「異世界」から「転移」してきたのだろうか?
そうすると何らかの力、例えばあ霧のような現象が起きない限り元の場所には戻れないのだろうか・・・。
誰が待っているわけではないが、何とも困った状況に置かれたものである。
俺はいったい、これからどうしたらいいのだろう。
うーん、そう言われても・・・どうしましょう。