黄金週間というのは連続して休みがあるらしい
ゴールデンウィーク、良い天気が続いていますね。
毎日いい天気だ。庭の草木が新緑の枝葉を広げている。
剣道教室も生徒さんが遠出の旅行をする人が多いらしく休みになっている。
「今日は庭仕事をして、明日は夏野菜の苗を買いに行って畑に植えるか。」
朝ごはんを食べている時に孝志がそう言った。
「お父さん、どこか行こうよー。」
健一が、そう言うと
「今回は庭仕事をして、次の連休に観光地じゃない混んでいない田舎の方へドライブするかな。」
と孝志が言う。健一と千恵はそれでもいいと嬉しそうだ。文子は、帰りにデパートに寄ってね。と頼んでいる。俺とジョンは留守番をしているよと言うと、一緒に行こうと誘われた。ついて行ってもいいのだろうか。
今日は、朝ごはんの後に皆で一緒に草取りだ。暖かくなってきたので、雨が降るとすぐに草がおおきく成長する。俺がせっせと草むしりをしていると健一に「ケンジェルは草を取るのが早いね。」と言われた。「小さい頃に農家の手伝いもしてたからな。」農家の草むしりと比べるとこんな小さな庭の草取りなどたかが知れている。ジョンは、じっと立って皆を睥睨している。「俺は監督してるんだ。」と言うが、確かに犬の身体では草は取りにくい。しかし道路を散歩している犬がいると気にしてそっちを見ているので、人間と言うだけでなく犬の感性も少しは持っているのかもしれない。
俺の参戦でいつもより早く草取りが終わったと言うので、ついでに畑も耕しておく。土魔法が使えれば早いのだが、それは使えないからなぁ。ただ闇と土の精霊は仲がいいので、耕した後に豊作を頼んでおいた。
「これだけ準備が出来たら、もう苗を買ってきて植えちゃうか。そうしたら明日は一日ゆっくりできるな。」
ということで家族全員で出かけることになった。昼ご飯も外で食べるという。ケンジェルはまだお寿司を食べてないよねとくるくる寿司というところに連れて行ってくれた。
これが驚愕の店だった。
タッチパネルというらしいが、千恵や健一が板に向かって注文すると、電車が走って来て注文したお皿を運んでくるのだ。いったいどういう仕組みになっているんだろう。それとは別に俺の苦手なエスカレーターの平らなようなやつが人間の代わりに皿をたくさん乗せて同じところをくるくる回っている。ああ、それでくるくる寿司って言うんだな。皿に乗った寿司は、時間が来ると自分で飛び降りたりしている。生きているんじゃないだろうな。俺は寿司の皿を前にして考え込んでしまった。
俺が食ったことのない生の魚を前に躊躇していたので、千恵が「大丈夫、みんな死んでるし、新鮮だからお腹も壊さないよ。」と勧めてくれる。勇気を振り絞って、健一が取ってくれた「ねぎトロ」というおにぎりのようなものを醤油につけて口に入れてみる。「うわっ、旨い。」普段出て来るご飯と違って、このお米には味が付いているのかな。おにぎりとはまた違った味のようだ。文子が「イカ」を一つくれた。これを食べたら、辛くて辛くて涙が出た。喉の奥が焼けるようだ。あわててお茶を飲む。「あら、ワサビは駄目みたいね。ワサビ抜きを頼んであげて。」俺が食ったのは「イカ」じゃなかったのか?「ワサビ」ってなんだ?!
ワサビというのはお茶みたいな色をした緑のものだそうだ。このワサビには懲りたので、それからは箸で上のネタと言うものをひっくり返して確かめてから食べることにした。「箸の使い方が上手くなったわねぇ。」と文子に変なところで感心された。孝志には「男だろっ。一口でぱくっといけっ。」と言われるが、ワサビは食べ物じゃないだろ・・・。千恵たちが平気で食べているのが信じられない。
俺が旨いと思ったのは「海老天にぎり」と「柔らか牛肉」だ。生魚でも「炙り」とついていたものは食べやすかった。「子どもみたいな嗜好だな。」と言われたがその通り食べ始めたばかりの子どもと同じだ。しょうがないのではないだろうか。しかし何回食べたとしてもあのワサビだけは二度と食べようと思わない。一回でこりごりした。
◇◇◇
昼食の後、ホームセンターという店に行く。ここは大きな金物屋だった。ピカピカ光る工具がたくさんある。ここは好きだ。なんだか落ち着く。
苗がたくさん並んでいるが人もいっぱいいた。この黄金週間に夏野菜を植える人が多いらしい。俺は健一と一緒に籠を持って孝志と文子の後をついて行く。次々と籠に苗の入った黒い入れ物を入れられるが、同じ苗は二つ三つで後は全部種類が違う。「家庭菜園だから、一度にたくさんできても食べきれないのよ。だから色々種類の違う野菜を買うの。」ということらしい。へぇ、世界が変わると考え方も違うんだな。俺が手伝っていた農家では広い一つの畑一杯に同じものを作っていた。まぁ、こんなに豊富な選択肢がなかっただけかもしれないが。
千恵がいないと思っていたら、花の苗を物色していたらしい。花にも苗があるんだな。俺がいた世界の花と違って、どの花も大きくて派手な色や形をしている。千恵はピンクが好きなようで、同じような色合いの花ばかりだった。「夏の花なんだからブルーやイエローも持ってきなさいよ。」と文子に言われていた。そう言われて千恵が探してきた「ロベリア」という青色の小花は綺麗だった。旅をしていた時に見た草原にこんな花がたくさん咲いていた。特に親しい者もいなかったが、時たま帰りたいなと思ってしまう。ここではこんなに満ち足りているのにな。
そんなことを思っていると、健一がハッとして「ケンジェル! 透けてる!」と小声で叫ばれた。えっ、と思って手を見ると手のひらが半分透けていた。感覚はあるのに不思議な感じだ。しばらくすると、普通に戻る。手のひらももう透けてはいない。
・・・強く願ったら帰れるのだろうか・・・。
俺は今帰りたいのか? あの世界に。千恵たちと離れて?
そう考えたら、答えが出なかった。
帰る・・・帰らない・・・ケンジェルの存在はどうなるのでしょう。




