5. 運命たちとの出会い
「うわぁ……!」
全体的にシックで落ち着いた雰囲気を演出する店内。
カナコさんにオススメされたバーニャ・カウダが運ばれて来ると、一気に場が華やぐ。バーニャ・カウダとは外国の料理で、温かいソースに野菜をつけて食べるものとのこと。
その野菜が美しい。
赤、黄、緑……彩り豊かな野菜が盛り付けられた様は、まるで活け花。
オリーブとニンニクの香るディップが実に食欲をそそる。あたしは夏の太陽を連想させるパプリカを選んで、ディップに浸す。
「んん……!」
なんだこれ。うめえ!
信じられないくらい甘い野菜に、アンチョビの塩気が悔しいくらいに良く合う。
「カナコさんは魚はイケるの?」
「うん。魚介系ならなんとか。魚介と野菜のアヒージョも美味しいよ」
アヒージョはオリーブオイルで煮込む鍋とのこと。
そのアヒージョも最初に食べたブルスケッタもニンニクが利いていた。ろっちーはこういう匂いの強いものは食べられないんだよね。人生損してるよな~。
その後はみんなで様々な料理を堪能した。
とろ~りとろけるチーズのピッツァ! もトマトの冷静パスタも、野菜の味がしっかり主張してた。
「普段は野菜なんて脇役くらいにしか思ってなかったけど、ちゃんと主人公もできるんだね~」
これは認識を改めさせられたなあ。
「でしょう!?」
何だか自慢げなカナコさん。
野菜のために学校選ぶくらいだもんね。
「ところでみんなは、どうしてこの高校選んだの?」
男子三人組は元々ずっと交流があって、三人が通うのに最も都合が良かったのがこの高校、って話は昨日既に聞いている。
「ミイは……分かんないニャ!」
分かんないか~。
「キイちゃんはどうなのニャ?」
「アタシか? アタシにはダチがいるんだが……そいつが、あの学園を目指しててよ。落ちれば一緒にここに、受かっても会いやすいようにってことで近いこの高校を選んだんだよ」
「へえ! そうだったんだ!」
まさかヤンキーさんもあの学園関連だったとは。
「お前はどうなんだよ」
「あたしもえーちゃんと一緒にあの学園を目指しててね。落ちちゃったんだけど、少しでも近い所に行きたくてね~。試験の日程も丁度いい具合にかぶってたし」
私立のあの学園の試験の次が公立のこの高校。遠い所から来るんだから、ついでに受けることができてありがたかった。
そう言えば、最初はあの学園の場所が分からなくて困ってたんだよね。あたし、連絡手段を持ってなかったし。それで、通行人に道を尋ねたんだけど……。
ほわほわほわ~ん(回想に入る時の効果音)
「やばいやばいやばい……!」
あたしは焦っていた。さっきからぐるぐるとこの辺りを回っている。
昨日はすぐに寝てしまったせいで、学園の場所の確認がしっかりとできてなかった。
「試験を受けられなかったら、悔やんでも悔やみきれない……!」
ああ、こんな時連絡手段があれば……! すまほとやらは無理でも、けーたいくらいは持っておくべきだったか。お父さんの勧めを頑なに断ってたからなあ。
「フンフンフーン♪」
と、その時ちょうどここを学生服を着た少女が通りかかる。中学生くらいだろうか? 何やら機嫌良さげに鼻歌を唄っている。
よし、あの娘に道を訊いてみよう。
「フンフーンと彼は言ったのでした~♪」
「その彼『フン』言いすぎでしょ!」
鼻歌じゃなくて歌だった!
「はりゃ? お姉さんはどなたです?」
「あ、ご、ごめんなさい」
思わずツッコミを入れてしまった。
「あの、道をお尋ねしたいんですけど……」
あたしは説明を始めた。
「ああ、それなら分かりますですよ!」
「ほ、本当ですか!」
「はい! えっとですね、ここをこうして……」
あたしが取り出した地図を見ながら彼女は説明をしてくれる。
「ありがとうございます。助かりました!」
「お役に立てて何よりです!」
あたしは彼女に別れを告げて立ち去る。
「…………」
「ヘンヘンヘーン♪」
「……あの」
「ヘンヘーンと彼女は……はりゃ? 今度は何です?」
別れを告げようとしたけど、彼女まで一緒についてきた。
「……何でついて来るんですか」
「そいねも道が同じですから!」
ああ、何だ。変に捉え過ぎか。
その後は黙って学園までの道を行く。
「…………」
「どうして別れるな~んて~♪ だってあなたはヘンなんだ~もの~♪」
「……あの」
「君~のヘンの言い方だ~って……またですか?」
その後も彼女はずっとついてきた。
「……どこまで道、同じなんですか」
「学園までですよ! そいねも学園に用がありますから!」
「ええ!? だったらわざわざ地図で説明しなくても、案内してくれれば良かったじゃないですか!」
「言われてみればその通りです! お姉さん、頭良いんですね!」
ええ……。
「お姉さんのお名前は何です?」
「あたし? 柵菖葉弓」
「お完字は?」
「囲いの柵に、菖蒲。葉っぱに弓で――」
「素敵です! 惚れそうです!」
「何で!?」
あたしの説明でいきなり好感度が上がってしまった。訳が分からない。
「そいね、植物系の名前が好きなんです! 名字にもお名前にも植物が入ってるなんて、素晴らしいです!」
「へ、へえ……変わった価値観をお持ちのようで」
変わってるのは価値観だけじゃないけど。
「そいねの名前は――」
「『そいね』でしょ?」
「凄いです! どうして分かったんですか? お姉さまはエスパーさんですか?」
ええ……。
いつの間にか呼称が「お姉さん」から「お姉さま」になってるし……。
「や、やっと着いた……」
「お姉さまは試験ですよね? 陰ながら応援させていただきますです!」
彼女はそう言って学園内のどこかに走り去って行った。
や、やっと離れた……。
あたしは膝に手をついて屈み込む。
普段なら楽しい子かもしれないけど、試験前に余計なエネルギーを使いたくないし……。彼女との付き合いには体力を消耗しそうだ。
「受験者の方ですか?」
顔を上げると、そこにはちっちゃいシスターさんがいた。全身がローブで覆われてるけど、金色の瞳と銀色の髪が印象的だ。
この学園はシスターが教師を務める。
「はい。会場は……」
「ご案内します」
シスターに先導され、会場まで歩く。
「先生は、外国の方ですか?」
「えへへ」
あたしが尋ねると、振り返ったシスターは何故かはにかんだ。
「みんなは普通、まず先生の年齢について尋ねるんですよ? それに呼び方もぐっどです。先生は子どもですけど、先生ですから。ちゃんと敬うのは偉いです。いいこいいこしてあげましょう」
シスターはそう言って必死に手を伸ばす。
「…………」
あたしは黙って頭を下げた。
「いいこいいこ」
シスターはそう言ってあたしの頭を撫でくり回す。
なんだろう……癒される……。
「質問にまだ答えてませんでしたね。先生の名前は神鎚良子。生粋のヤマト人ですよ」
ほう。帰化人……いや、生粋ってことは、あれか。ごくごく稀だけど、本来は有り得ない色の髪、目をした人がいるらしいから、それかな。
『フレー! フレー! お姉さま!』
その時、どこからかそいねちゃんの声が響いてきた。
どこが“陰ながら”なんだろう……。
言いたくは無いけど、試験前に会いたくなかったなあ……。いいこ先生によって癒された分がまた減った気分……。
「お~ほっほっほ!」
ぎしゅわ~ん!(回想が強制終了した時の効果音)
その時、突然店内に響いた甲高い声に、みんなが一斉に入り口を見る。
そこには、いかにもお嬢様といった雰囲気の高笑いする女の子と、その取り巻きらしき少女たち。それと、とても美しい怜悧な雰囲気の背の高い女の子がいた。
「この春瀬院六日が評判を聞いて足を運んでやりましたことよ!」
これまた濃ゆい人だな~。
「ですが……」
その女の子はこちらを見て顔をしかめた。
「臭いですわ! 庶民の匂いがしますわ! このわたくしが貧乏人と共に食事などできませんわ!」
『な……!?』
一斉に気色ばむみんな。
まあ、普通はそうだろう。いきなりあんなこと言われちゃ、誰だって怒る。
でも、あたしは……。
ガタン
「……ちょっとお話してくる」
カナコさんがそう言って立ち上がった。
「待って待って! 漏れてる! 何か漏れてるから!」
あたしは慌ててカナコさんを止める。
「でも……」
「あたしに任せて!」
あたしはそう言って彼女……むいかさんに近づく。
「あら? 貧乏人が何のご用? 物乞いかしらね? お~ほっほっほ!」
取り巻きたちも追従して笑う。
でもあたしはそんなの無視してずんずん近付く。
「あ、あら? 怒ったのかしら? い、言っておきますけど、暴力は――」
そして、不安が覗く彼女の口に太くて堅いモノをねじ込んだ!
「む、むぐぅ!」
『春瀬院様!」
取り巻きの悲鳴が上がる。
涙目の彼女はソレを咀嚼すると――
「美味しい!」
目を見開いて叫んだ。
「でしょ? ここの野菜は美味しいんだよ」
「や、野菜? こんなに美味しいお野菜は初めていただきましたわ……!」
あたしはうんうんと頷く。
彼女はしばらくあたしの手から受け取った野菜をもぐもぐと食べていたけど、はっとして止める。
「……フン!」
彼女はそう言って踵を返し、帰ろうと――
「あら? レイさん?」
『夜暮様?』
むいかさんとその取り巻きたちの視線を追うと、何故か背の高い女の子……レイさん? があたしを見つめてた。
そして、あたしに近づいてくる。
な、何だろう?
「あいす……」
彼女はあたしに耳を寄せてそっと囁いた。
「あいす? 食べたいんですか? 確かここには野菜を使ったジェラートも……」
「……何でもない」
彼女は落胆したように呟くと、他の女の子たちと共に店を出て行った。
ほ、本当に何だったんだ?
「こうしてまた一人の人間を、野菜が救ったのだった……」
カナコさんが独白する。
いつの間にかみんなが傍に来ていた。
「いやあ、ゆんにはびっくりだぜ!」
「あまりヒヤヒヤさせるなよ」
「心配したんだからね!」
男子三人組が言う。
「本当だよ。まあみんな何かあったら飛び出せるようにしてたけどな」
「ええ? そんな心配すること――」
えーちゃんへの反論が遮られる。
「ゆゆゆんは気付いてなかったかもだけど、取り巻きの中に護衛がいたからな?」
「え!?」
全然気づかなかった。
「当たり前だろ? 相手はお嬢様だぜ? 少しでも敵意があれば止めてただろうな。ってか、あのムカつく女に良く負感情を持たずに近づけたよな~」
みんなも同意見のようだ。
「う~ん。あたしは何だか上手く言えないんだけど、あの娘は信じられるっていうか、悪い子だとは思わなかったんだよね」
『ええ~?』
みんなの同意は得られなかったけど、その後は気を取り直してパーティーを楽しんだ。
そして宴も終わり、お会計のところで……
「既に春瀬院様よりお支払い頂いております」
『え!?』
ほらね。