4. 友人(一周目)
“回覧板”が回ってくる間、あたしは周りの観察をしてみる。
マコトはリヒトと話してた。それを周りの男子や女子が色々な感情のこもった視線で見つめてる。
ソウジは女子に話しかけようとして逃げられてた。ソウジも黙ってればイケメン何だけど……。
えーちゃんはカナコさんと話してた。なんか意外だな。
「はい、これ」
前の席の眼鏡っ娘からボードを手渡される。
(うわ、これ明らかに先生用じゃん……)
あたしは先生の適当さに戦慄を覚えつつ、その内容をメモしておく。他の人はすまほ? で写真を撮ってたみたいだけど、あたしはそんな物は持ってないから。
終わったら、次の席の男子に渡して、すぐにえーちゃんの下へ向かった。
えーちゃんの周りには、更に猫耳のミイちゃんまで集まっていた。
「よ~っす、えーちゃん」
「おー。ゆゆゆんも終わったか~。んじゃ、後はミイちゃんとリヒトを待つだけだな」
「なんか、もう既に仲良くなってるんだね」
「ニャ? えーちゃん、こちらはどなたですかニャ?」
「あ、私も知りたい」
カナコさんとミイちゃんがこちらに視線を向ける。
「何を隠そうこちらにおわす御方はオレの大親友、ハユミ様にあらせられる」
「うむ。苦しゅうない」
「大親友! 仲良しさんなのニャ!」
「へ~。ってことはハユミ様もシンジ……あれ? コウジだっけ? モテたい君と知り合いなんだ」
ソウジ……。
「うん。あとリヒトとマコトともね」
「いいな。私、こっちに知り合いいないから。私とも仲良くしてほしい」
「ミイも! ミイも仲良しさんになりたいのニャ!」
「もちろん良いよ~」
その後は四人で話し込んだ。
えーちゃんに経緯を訊くと、まずはえーちゃんとカナコさんがお互いを面白そうだと思って話しかけたらしい。
「えーちゃんは勇気あるね~」
「え、何で!? 私、話しかけるのに勇気いる?」
カナコさんが驚いてこちらを見る。
「口には出せないけど、カナコさんって怖いんだよね。何ていうか……心に闇抱えてそうというか……染み付いた血の匂いがするというか……」
「出してる! めっちゃ言ってる!」
「ごめんなさい。命だけはどうか」
ぺこり。
「私をヤバイ人間に仕立て上げるのは止めて! 私はめっちゃ凡人だから!」
「「ぷふっ」」
カナコさんの冗談にえーちゃんと二人で思わず吹き出す。
「いやあ、でも実際話してみると全然怖くないね。むしろ面白い」
「だろお? オレの目に曇りはない」
「…………ふう。ま、いっか」
一度溜息を吐き出してから微笑むカナコさん。
「それで、次は面白そうなミイちゃんを仲間に引き込んだの?」
あたしはえーちゃんに尋ねる。
「そのつもりだったけど、その前にミイちゃんの方からカナコに話しかけて来た」
「ミイは色んな人と仲良くしたいのニャ!」
ふーん。
「私は最初、式の前にミイちゃんを見かけた時はヤバイ人かと思ってた。杞憂だったけど。ヤバイのはこの学校だって分かったし」
カナコさんが思わぬことを言う。
「ヤバイ? ミイちゃんが? 自分じゃなくて?」
「私のどこがヤバイんだっつーの。ミイちゃんはさ、猫耳付けてるじゃん?」
「うん」
改めてピコピコと動くミイちゃんの猫耳を見る。
「ヤバイくらい可愛いってこと?」
「いや、そうじゃなくて……まあ可愛いとは思うけど……」
「可愛いニャんて! 照れるニャ~!」
両手を頬に当てつつ身をよじるミイちゃん。猫耳も忙しなく動いてる。
「先生が注意しないから何か権力とか持ってるのかと……あの入学式の後じゃあ誰もそんなこと思わないだろうけどね」
言われてみれば、猫耳オッケーとかおかしいね。他にもっとおかしいことが有りすぎて気づかなかった。
「ミイちゃん! 君のその可愛さを見込んでお願いしたいことがあるんだ!」
何か企んでんな、えーちゃん。
「何ニャ?」
「あそこの――ヤンキーさんも仲間に引き込んで欲しいんだ」
そう言って彼女が示したのは、気怠げにボードが回ってくるのを待つヤンキーさん。
待たずに帰らないんだ……。
「ヤンキーさんとも仲良くしたいんだけど、オレじゃあ絶対に怒らせる自信があるから。ミイちゃんなら、名前、似てますね~コンビ組みませんか? とかなんとか話し掛ければ墜ちるから」
「分かったニャ!」
颯爽とえーちゃんの指令を実行しようとするミイちゃん。
いや、まずいでしょ!
「待った!」
「ニャ?」
「ちょっとえーちゃん、酷くない? ミイちゃんが可哀想じゃん」
無垢なミイちゃんをヤンキーさんの餌食にするとか悪趣味だ。
「いや、大丈夫だと思うぞ?」
「私もそう思う」
意外なことにカナコさんまで乗ってきた。
「何で?」
あたしの問いに、カナコさんが耳に口を寄せてきた。
『ハユミ様は気づかなかった?』
小声で囁く。
『何に?』
あたしも小声で返す。
『ヤンキーさん、さっきからチラチラミイちゃんのこと見てたよ』
「え!?」
思わず大きな声が出た。
慌てて両手で自分の口を塞ぐ。
「だから、ミイちゃんなら……ってもう行ってるし」
見ると、既にミイちゃんはヤンキーさんに話しかけてた。
ヤンキーさんは口調や表情こそ荒いものの、口角が上がってる。あと、視線が猫耳に固定されてる。猫、好きなのかな。
確かにあの様子なら心配なさそうだ。
「おい! えーちゃん、話が違うじゃねーか!」
他の女子に話し掛け尽くしたか、ソウジがこちらにやって来る。
「話って?」
「モテモテになるっつっただろ!」
「言ったっけ?」
言ったっけ?
「もう……いいよ……」
崩れ落ちるソウジ。
「彼、面白いよね」
「本当ですか、カナコさん!」
カナコさんの言葉を耳ざとく聞きつけたソウジが復活する。
「うん。恋人にはしたくないけど、友人にならなれそう」
「そ……そうですか。カナコさんもタイプなんですけど……」
嬉しさと寂しさが混じり合った微妙な表情で呟く。
それにしてもソウジって……。
「ソウジってさ、ヤンキーさんのことはどう思う?」
「お、何だ? ゆん。ヤンキーさんってキイさんのことか? 彼女もタイプだけどさ」
やっぱり……。
「まあ、可愛いしね」
「ああ! キイさんは可愛いよな!」
「だ……誰が可愛いだ……っ!!」
その時、ミイちゃんに連れられてヤンキーさんがやって来た。
顔を真っ赤にしてソウジを睨みつけている。
可愛い反応だなあ……。
「キ、キイさん! 聞いてたんですね」
ソウジも顔を赤らめながら答える。きもい。
「おう……お前はアタシのことヤンキーって言わないんだな……」
「当然ですよ! キイさんはそんな風に言われたくは無いですよね。たまたま名前がヤンキーっぽいからってからかわれて……傷ついて……それで、だったら望みどおりにしてやろう! って、そう思ったんですよね。本当は優しい人なのに」
うわあ。まーた妄想を……。
「お前……分かってくれるのか……」
あれ? まさかの好感触!?
「それで身も心もヤンキーになってしまったとしても、俺は――」
「誰が身も心もヤンキーになってるってえ!?」
「ひいい~! 今まさになってますやん!」
ソウジはヤンキーさんに胸ぐらを掴まれる。
ソウジ……惜しかったね……。
「ヤンキーさん、止めなよ」
止めに入るカナコさん。
「誰がヤンキーだ――」
「言われたくないなら振る舞いを改めるべきだと思わない?」
「――チッ」
ヤンキーさんは一つ舌打ちをしてからソウジを離した。
何だか残念そうなソウジ。
「カナコさんカナコさん」
「何?」
「ああいうのはじゃれ合いだから、止めなくても大丈夫」
「……うん。そうみたいだね」
そうなんです。
その後はとりあえずリヒトの下に集った。
リヒトとマコトはなんだか独特な空間――話し込む二人と、輪になってそれを見守る取り巻き――を形成してて入りづらかったけど、そんなのまるで気にしないとでも言うようにえーちゃんとソウジが切り込んでいった。
しばらく、新しく加わった友人の紹介も兼ねてお喋りに興じた。
「終わったぞ。これからどうする?」
リヒトがボードを手にし、先生の下へ返しに行って戻ってくると開口一番に言った。
「昨日みたいにどっかの店に寄ろうぜ。ファミレスとか」
とはソウジ。
「あ、ごめん。私、肉嫌いで。他人が食べてるのを見るのも駄目なくらいに」
とはカナコさん。
「じゃあ別の店に――」
「まあ待てよ。これからも一緒に飯食う機会はあるんだし、野菜メインの飯屋を探そうぜ!」
ソウジの言葉を遮ってえーちゃんが提案する。
「そんな、別にそこまで――」
「おいおい、ダチに遠慮はナシだぜ?」
「――う、うん。分かった」
カナコさんは「えへへ」と微笑んだ。
うーん。可愛い。このクラス可愛い娘多いな。
その後はカナコさんの提案もあって、美味しい野菜料理を提供してくれる店に行くことに。
「私、近所の八百屋が目当てでこの学校に来たんだけど、その店はそこの野菜を使ってるの」
野菜を目当てに高校決めるとか、剛の者だな。
「それは楽しみだね!」
マコトの笑顔を締めに、みんなでその店へ向かうことに。