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恋愛チート  作者: ぜーだい
一周目
2/17

1. 合格発表

 がやがや。


「う……」


 多くの……いや、それ程多くはないか。一部の少年少女たちが、掲示板に貼りだされた紙を見ながら喜びの叫びを上げたり、悲しみの涙を流したり……。


「う……」


 あたしは、本命の学園の合格発表の場に来ている。

 その紙には合格者の受験番号が羅列されていた。その数は少ない。

 何故なら、この学園はお金持ち学校。大金持ちだったり由緒正しい家柄の、人品卑しからぬ子息子女で大半の枠は予め埋まっている。

 ただしごく一部、ほんの数人だけ一般枠で入ることができる。まず受験資格を得ることからして大変な狭き門。あたしはそれを何とか手にして受験に望んだんだ。もしも受かれば、その後の人生は約束されたも同然。さらに学費その他の費用は一切かからないという高待遇。

 果たしてその結果は……。


「うわああ~ん、落ちた~!!」


 駄目でした(泣)。


「あははははは!!」


 ええ……。

 泣くあたしを見てお腹を抱えて笑うのはえーちゃん……悪凌(あしのぎ)叡智(えいち)。あたしの親友……親友か? 施設にいた頃は大人しくてかわいい妹のような存在だったのに……。誕生日一ヶ月しか変わらないけど。


「何笑ってんの!!」

「いや、だって……ププー! あんな簡単な試験落ちるとか……!」


 ぐぬぬ。

 悔しいがえーちゃんは頭いいからな……全然そんな感じはしないのに。まあ頭いいけどアホでもあるし。


「はあー……これであたしの『目指せ! 薔薇色の人生!』計画は終了か……」

「そんな暗い顔すんなって! たかだか高校受験に失敗したくらいで……。まだまだこれから幾らでも取り返せるジャン?」


 あー。やっぱり親友だね。慰めてくれるのか。でもそんな親友とも……。


「ありがとう。でも、4月から別々の高校か……」

「安心しろよ! オレも一緒の高校だから!」


 え? どういうこっちゃ?


「何言ってんの? あたしは滑り止めの高校に行くんだから……あ、仮面付けろって? でもその場合でも一年後に――」

「違う違う! オレもこの学園落ちたから!」

「…………」


 は?


「はあああああ!? あんた、自分も落ちておきながらあたしのこと笑ったの!?」

「あははははは!!」

「何笑ってんの!? 笑ってる場合じゃないでしょ!?」

「たかだか高校受験の失敗くらい、まだまだこれから幾らでも取り返せるジャン?」


 えーちゃんはそう言って陰のない笑みを見せる。

 あ、頭痛くなってきた……。


「……何で落ちたの?」


 えーちゃんはアホだから名前の書き忘れなんて有り得そうだけど、この学園の試験では答案用紙に予め受験番号と名前が記入してあったからなあ。記述式で、解答欄のズレもまず考えられないし。


「いや~それがさ、思ったより試験難しくて」

「さっきと言ってること違うよ!?」

「あははははは!!」


 何がそんなに楽しいのか……。まあえーちゃんなら実際にどこの高校行っても最終的に成功しそうだけどさ。


「はあ……。とりあえず、これからも腐れ縁は切れないってことね……」

「嫌そうに言うなよ! 本当は嬉しいく・せ・にっ☆」

「…………」


 あたしは彼女の言葉に冷たい視線で応えた。


「や、やめろよ……っ! 目覚めるだろ……っ!」


 彼女は頬を染めて自らの身体を抱きしめながら身悶える。


「……まあこんなんでも居ないよりマシかなあ」

「何よ! その言い草! 消しゴムと同レベルくらいには役に立つでしょ!?」

「け、消しゴムと同レベルで良いの? ……いや、消しゴムは便利だけど、例えとして適切かな?」

「匂いつきだよ?」

「……ごめん、えーちゃんの中の消しゴムへの好感度が分からない」


 駄弁りつつ駅まで一緒に帰る。

 ここの学園、家から遠いんだよな……4月から通うことになる高校は寮住まいになるからそこは利点だな。うん、こうやってポジティブに考えていこう。






「ただいまー……」

「おかえりなさい」


 玄関の扉をくぐると、お父さんに出迎えられる。エプロンを身に着けたままだ。


「お腹空いてるでしょ? ご飯できてるよ」

「ありがとー」


 お父さんはにっこりと微笑んでから去って行く。ポニーテールにまとめられたふわふわの髪が揺れた。

 受験の合否を訊かなかったのは、あたしの表情とか声で察したんだろうな……。

 なんとか気分を盛り上げようとしたけど、あたしが新生活を始める高校、本命の学園と比べて利点が寮しか無かったもんな~。あたしにゃ使えないって点を除けば学園にも寮あるし。

 別にその高校が悪いって訳じゃないけど。もし受かってたらお父さんにも楽させてあげられたのにな……。


「どうしたのじゃ? 沈んだ様子に見えるが」

「うん……受験に失敗しちゃって……」

「じゅけん?」


 受験も知らないとかこの子――


「って何でまだいるの!?」


 いつの間にか傍にろっちーが立っていた。


「何じゃ、藪から棒に……」

「藪から棒、じゃないよ!? あたしが家を出ている間にはろっちーも家を出るって話だったじゃん!」

「それが、父君の温情でこの家に住まわせてもらえることになっての」

「ええ!?」


 あたしは慌てて台所に向かう。

 お父さんは鼻歌を歌いながら食事の準備をしていた。三人分の。


「ちょっとお父さん!」

「なあに? ユミちゃん」

「ごめん、学園には行けなくなった!」

「うん?」


 お父さんはきょとんとした様子であたしを見る。


「だから、お金が――」

「ああ、何だ。そんなこと気にしてたの」


 お父さんは手を止めると、あたしに視線を合わせて――背が低いから、ちょっとだけ屈んで――語りかけてきた。


「あのね、ユミちゃんは子どもなんだから。お金の心配なんてしなくていいんだよ?」

「でも――」

「こら。でもはなし。頼りないと思うけど、僕にちゃんと“親”をやらせて欲しいんだ」

「――――」


 そんなこと言われたら……。


「あたしだって、ちゃんと“子ども”をやりたい……」

「ふふ、心配しなくても、ユミちゃんはこれ以上ないくらいちゃんとした子どもだよ」


 お父さんはそう行って微笑むと、準備に戻った。


「……話は済んだかの?」


 ろっちーが窺うように入り口からそっと身を乗り出している。


「……うん。これから……とりあえず記憶が戻るまでは、よろしくね」


 あたしだって鬼じゃない。お父さんにああまで言われちゃ、小さい子を放り出す理由なんてもうない。


「その……訊くべきでは無いのかも知れぬが、ハユミと父君は……」

「ああ、言ってなかったね。実の親子じゃない……でも、かなり親しい親戚ではあるよ。続柄は叔父。あたしを産んで亡くなったお母さんの弟さんだね。まあ、あたしはお父さんだと思ってるけど」

「そして、父君もハユミのことを娘と思っておるようじゃな」

「……うん」


 あたしは、はにかみながら答えた。


「そして、これから妾はハユミの姉となる訳じゃな」

「うん。……じゃない!!」


 あたしは彼女の言葉に噛み付いた。


「何じゃ、藪から棒に……」

「こっちの台詞! 百歩譲って新しく家族に加わるってのを認めたとしても、せめて妹でしょ!?」

「妾の方が年上じゃろ?」

「え?」


 改めてろっちーを見てみる。

 うーん。どう考えても年下……と言いたい所だけど、妙に大人びた(というか婆臭い)言葉遣いだし。それに、何だか年上って言われても納得できる雰囲気というか……。


「いや、そもそも家族じゃなくて居候だから」

「ふむ。まあ居候でも何でも、宿の提供は有り難く受け取ろう」


 彼女は腕を組んで頷いた。

 台詞の割に態度は何か尊大なんだよなあ……。

 と――


「ユミちゃ~ん、ローズちゃ~ん、ご飯にしよ~」


 その時かけられたお父さんの呼びかけに、あっという間に二人揃って席についた。


「それじゃあ手を合わせて……」

「「「いただきます!」」」




 本日の晩ごはん。

 焼き魚。脇に大根おろしが寄り添う。

 刻み葱のたっぷり載った揚げ出し豆腐。

 ほうれん草のおひたし。鰹節がかかっている。

 野菜たっぷりの豚汁。

 そして、もちろん白いご飯。お茶は最初の1杯を除いてセルフサービス。


 まずは、焼き魚から。湯気立つその身に醤油を数滴垂らす。あたしが箸をつけると、ぱり、といい音をたてた。適量を摘んで口に運ぶ。


「はあ~」


 醤油と魚の組み合わせって最強だよね。生でも煮ても焼いても、醤油が活躍する。

 噛むほどに滲みだす魚のその味を、醤油がさらに引き立ててくれる。単なる足し算ではない相乗効果だ。

 次に大根おろしを合わせて口に運ぶ。魚の旨味と醤油の塩気を大根の甘みが(くる)んで……ご飯が進みますなあ。


 ほうれん草のおひたしに行こうか。鰹節と一緒に頂く。

 鰹節は旨味と食感に加えて、含まれるカルシウムがほうれん草のえぐみの原因であるシュウ酸と結合することで、えぐみを感じにくくしてくれる効果もあるのだ。えーちゃんから聞いた。


「うん、流石はお父さん」


 茹で時間が長すぎず、短すぎず、丁度良い。茹で過ぎてシナシナになると……少なくともおひたしにはねえ。

 そして、この根本のピンクの部分。あたし、ここの部分が甘くて好きなんだけど、土が残らないように丁寧に洗ってくれてる。こんな所にもお父さんの愛情を感じるなあ。


 次は揚げ出し豆腐。

 まず、色が良いよね。きつね色の上に載る、緑の葱。そして、たっぷりとかかったとろみのあるつゆが光る。実に食欲をそそる。

 箸を使って割ると、中からぷるんと覗く純白。四角く切り取って口に運ぶ。

 豆腐のなめらかな触感。揚げの部分と葱の歯ごたえ。間を繋ぐつゆ。こう、ガツンとした主張の強さはないけど、この優しく奥深い味わいは癖になる。


 最後に豚汁。味噌は白。ウチはあたしの好みで、味噌を使う場合はほとんど白味噌。

 お椀を手に取り、口をつけ、具と汁を合わせてかき込む。

 人参、大根といった野菜の甘みと豚肉の旨味が味噌と合わさり……たまらない。たまに感じるこんにゃくの食感は良いアクセント。

 豚汁って、汁物というよりご飯のお供だよね。それぐらい、強い。

 醤油のパートナーが魚なら、味噌のパートナーは豚肉だと、個人的に思ってる。その黄金タッグに野菜まで加わるんだから……。まあ豚だけと合わせるなら赤味噌の方が良いかもしれないけどさ。


「おお! これは……父君はお料理が得意なんじゃのう。実に美味じゃ!」


 ろっちーもお父さんの料理が気に入ったようだ。ま、当然だね!


「ふふ。ありがとう、ローズちゃん」

「これならいつでもお嫁に行けるのう」

「お嫁さんは行くんじゃなくて来る方だね」

「あ、これは失敬」


 ……まあ無理も無いか。初めてここに連れてきた時も驚いてたなあ。

 お父さんは女性にしか見えないし。

 お父さんが言うには、『自分は趣味が女性的だけど、心は男』らしい。だから女性が好きなんだけど、なかなか良い出会いは無いみたい。結婚は諦めてるそうだ。

 分かる気がする。心が女性なら良い男性もいたかもしれないけど。ヤマトは同性婚ができるし。


 そんなことを考えつつ黙々と食事を続ける。




「「ごちそうさまでした!」」

「お粗末さまでした」


 食事が終わると、あたしは食器を洗う。これはあたしの役目だ。


「これも頼む」


 ろっちーが危なっかしい様子で食器を下げに来た。あたしはそれを受け取る。


「ありがとー」

「何か妾にも手伝えることはあるか?」


 おお。何だ、良い子じゃないか。

 あたしはテーブルを拭いてもらおうかとも思ったけど、体が小さくて大変そうだからやめておいた。


「ううん、今は特にないかな」

「そうか」


 彼女は一言そう言って去っていく。

 彼女の部屋は既にお父さんが準備したらしい。ウチの家はやたらでかい日本家屋だから、空き部屋はいっぱいある。でも二人が使う部分以外は掃除してないから、お父さんは使えるようにするの大変だったろうな……。


「そうだ、ろっちーには掃除とかを分担してもらおうかな」


 あたしはそんな風に、新しい同居人との共同生活について思いを巡らせるのだった。


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