聖女と魔王の世界平和
ジャンルはコメディです。
我は魔王。元は人間であったが、世に絶望し、禁忌に手を染め、世界を支配せんと世に魔物を放った。無論、見た目も阿修羅のごとき姿になっている。
愚かな人間は勇者などと言って我に刺客を送り込んできた。だが、武芸に秀でた王子も、異界から召喚された勇者気取りも、徒党を組んできた冒険者連中も、我の敵ではない。
奴らなど、数が多いだけの烏合の衆。その数が多過ぎるが故に人間界の支配に手間取っているから、それも見くびれることではないがな。
だが、いずれは奴らは全て我が支配下に。そう、思っていたのだが。
「おい貴様!」
「はい~?」
我は縄で縛られている。そう、ついに人間に敗北したのだ。それも、いかにも非力そうな、ぽやっとした女に。
「一体何者だ……!」
不意討ちだった。我に気配を悟らせず、背後からガツン! 意識を取り戻した時には、我は縄で縛られて転がされていた。
女は若く、僧侶のような格好だ。それらしい杖も所持している。
「世界に愛の氾濫を! 降り注げメテオラ! 逆らう輩はごーとぅーへる♪ 私が聖書、誰にも異論は言わせない! ぴゅあ☆ぴゅあエンジェルのチエンですっ☆」
……どうしよう。何を言っているのか全然解らないのだが。言ってること滅茶苦茶だし物騒だし。なんだコイツ。
チエンはにこにこだ。何が楽しい。
「貴様……人間か?」
「ぴゅあ☆ぴゅあエンジェルです!」
「いや、そういうのいいから」
「あなたに救いの手を差し伸べる天使ですよー☆」
救いの手だと? やはり、人間の手先……いや、本当に天使なら神の手先というのも考えられる。いずれにせよ危険だな。
「では、一つ頼みがある」
「何でも聞きますよ! さぁ、一生のお願いを言ってみてください!」
そんな大層なものを言う気はないのだが。
「この縄……ほどいてくれないか」
「えー? 可愛いのに」
「どこがだ!? 魔王(♂)が亀甲縛りを受けている絵面のどこにキュートな要素がある!?」
「とってもキューティクルです♪」
「それは髪の毛のツヤ!」
せめて、亀甲縛りだけでも止めてはくれないだろうか。とっても恥ずかしい。我、とっても恥ずかしい。
「それにしても、いいお城ですね~」
「む? そうであろう。デザインしたのは我だ」
「ここは玉座の間ですよね? 椅子しかなくて可愛そうです」
玉座の間ってそういうものだと思うのだが。可哀想って何。
奴は玉座の隣に向けて杖を向け、瞬間、その杖が光り始めた。同時に、チエンは言葉を紡ぎ始める。
「天にまします我らが主よ、我は是を欲する者。今此処に、御力の奇跡を……」
「詠唱……? しかし、あんな詠唱聞いたことないぞ?」
「きせきを……えーと……どーーーーん!」
「端折った!?」
これあれだろ。聞いたことないのは、これが詠唱じゃなくて多分チエンの適当に考えたセリフだからだろ。
そして、無詠唱で放たれた魔法は、寂しげな玉座の間に新たな仲間を迎え入れた。
「これで寂しくないですし、便利ですね♪」
「便器!? やめろ! 威厳の欠片もないだろうが!?」
「ウォシュレットもついてます♪」
「止めろ止めろ止めろ! 水が! びしょびしょだから!」
我の考えたカッコいい玉座の隣に、便器。なに、女王はあそこに座るの?
「どーーーーん!」
「っておい! また何か造ったな!?」
「純白の悪夢☆ドリームえあーです♪」
「室外機だろぉ! せめて外に造れよホントに悪夢だよ単体で何が出来るんだよ!」
「そんな格好でツッコミ、恥ずかしくないですか?」
「恥ずかしいわ! 恥ずかしいに決まってるだろうが!」
「ぺうー♪ ぺうー♪」
「聞けよ!」
そしてなんだそのメロディ!
「迷える羊に~♪ 愛の手を~♪」
「今魔王としての威厳が迷子だからほどいてくれない?」
「差ーし伸べーてー♪ 手と手が重なるまーえにー♪ チョキン♪ チョキン♪」
「怖!?」
……いかんいかん。なんだか楽しそうに改築しているが、コイツはおそらく敵なのだ。意味不明な存在だが、魔力の量やそのコントロールはかなりのレベル。……日々真面目に鍛練を積んでいる勇者候補や戦士が見たらどう思うのだろうか。
「チエンよ」
「ぺう?」
だからそれはなんだ。
「貴様の目的はなんだ。何故我の城に来た」
チエンの表情に影が射す。その表情に、我は少しだけ思うところがあった。
何年か前のことだ。我を倒しに来た女勇者が、似たような顔をした。そいつは戦いが嫌いで、我をも倒したくない、解り合おうとする優しい女だった。
涙ながらに我を説得しようとし、仲間に止められても訴えを続け……そのせいで仲間に我の手先だと疑われ、殺された。
少しほだされかかっていたから、我としては殺されてくれて助かった。気持ちのいいものではなかったが。その勇者の仲間? もちろん殺した。
今のコイツの顔は、その女勇者に似ている。戦いたくない。そんな気持ちが全面に表れている。
だが我も説得されたりしない。チエンが口を開いたのを見て、気持ちを引き締める。
「私……お腹空きました……」
「返せ! 我の感傷を返せ!」
「あっ! こんな所にシステムキッチンが! 冷蔵庫も! わーい☆」
「もうアパートの一室だから! 玉座の間で暮らせるから!」
なんということでしょう。一脚の椅子しかなかった玉座の間が、話を聞かない匠の強引な技によって生まれ変わりました。
玉座の隣にあるのは、夫婦のような奥ゆかしい便器。一通り揃えられた白物家電も、まるで家族のように暖かく玉座を見守ります。
おや? 匠が新たな設備を造るようですね?
「ごーとぅーへる♪ みんな深爪になーれ♪」
「変な呪いかけるな」
シンプルな白い色彩。足を伸ばしても窮屈でない大きさに加え、小さな段差に匠の技が光ります。
「半身浴しやすそー☆」
「……もう勝手にしてくれ」
「アパートですから、UBもつけましょうね☆」
「アパートって言った! 今アパートって言っただろ!」
無視された。
UBと言うから、壁や床に防水加工でもする気かと思ったが、何故かチエンは玉座の肘掛けに魔法をかけた。光が収まった後には……、
「……何だそれは」
「UBぺう」
「我の知るUBではないのだが……ちなみに、なんの略だ?」
「UBぺうー♪」
「ほほー! そうかそうか! 全く必要ないな! 全く必要ないのに今までの中では一番使い道がありそうなのが怖いな!」
「あ、魔王さん今から去勢しますから」
「なんで!?」
せっかくのUBが!
「ええい! まどろっこしい!」
少し無理をして、きつく縛られた縄を引きちぎる。
「あぁっ!? キューティクルが!」
「……貴様が何者かは知らん。だが……」
魔力を集めて、身体を強化していく。世界を脅かす、禁忌の力。それは使いすぎれば我の身体をも蝕むが、今はそんなことも言ってはいられぬ。
チエンは、相変わらずぽやっとした笑顔を振り撒いている。……舐められたままでは、魔王としての示しがつかん!
「我の邪魔をするなら、容赦はせん!」
「ぴゅあ☆ぴゅあ、ラブピースですてにー……すたんばーい」
「え、ちょっと待って何その泥臭い感じの重火器。いつの間にそんなたくさん抱えてんの」
「ふぁいあーふぁいあー☆ いええぇぇぇい!」
「ぎぃやああぁぁぁ!」
我は、一瞬でボロボロにされた。しかも、匠の豪快な改築によって、城はかなりさっぱりした。
そして再び亀甲縛り。それからチエンは、何故か我に回復魔法をかけた。
「やーん♪ とってもキューティクル!」
「……貴様のせいでな」
「それからとってもプアーですぅー☆」
「それも貴様のせいでな!」
「さあ、行きますよ♪」
……は? どこに?
「世界には、困ってる人がメニメニいるんですから♪ 愛の手を! 一緒にごーとぅーへる♪」
「いや待て! 我は魔王だぞ! 地獄には行かないし!」
そこまで言って、ふと我の記憶からある噂が引き出された。
最近、変な女がいると。妙な格好、妙なテンションで強引に人助けをする、とてつもなく迷惑な存在だという話だったが。
……つまり、そういうことだ。
「……貴様、知っているか?」
「ぺう?」
「最近、僧侶のような格好をしたはた迷惑な女が出没しているらしいぞ」
「なんと! そんな人は、私のぴゅあ☆はーとでプアーなラブピースにしてあげます! 一緒にれっつごー♪」
「え、いやだから我は行かな、ちょ、おおぉぉぉい!?」
魔王の脅威が世に蔓延る暗雲の時代。しかし後に、その闇も晴れ、さらには人々も人間同士で争うことをやめたとか。
そう、まさに理想の世界平和。
そんな理想郷の始まりは、この日から始まったとされているのだが……その影に、一人の哀れな魔王がいたことも添えておこう。
少し行き詰まって、勢いだけで書きました。ぴったり二時間でしたので、かなり勢い任せだったと言えそうです。