形
ジャンルは「文学」で多分大丈夫かと。
Twitterの診断メーカーとアンケートで貰ったお題に則して書いています。お題は「あと何回繰り返せば」です。
「あぁクソッ!」
汚ならしい言葉を作業机に叩きつけながら、振り上げた拳を同じように乱暴に叩きつけた。
「つまらねえつまらねえつまらねえ! 違えんだよこんなの!」
一人暮らしのボロいアパート。薄暗い部屋で、デスクライトとパソコンの放つ光が俺の目に刺さった。
つまらない感情が、絵の具をかき混ぜたように俺の中で融けて、消化しきれず、昇華しきれずに淀んでいく。気に入らない。クソが。
恨み言を吐き出す代わりに息を吐き、パソコンに目をやる。無機質な画面に映し出されているのは書きかけの小説。
「…………」
意を決して黙読しなおす。だが、結果はやはり変わらない。当たり前だ。書いてあることはさっき読んだ時と同じなのだから。
気に入らなかった。自分で書いた小説のこのワンシーンがどうしても納得いかない。むしゃくしゃした気持ちを表すように頭を掻きむしった。
無論今までだってそんなことはザラだった。むしろ最初の出来で納得いくことの方が少ないし、誤字脱字も多い方。
「昔は良かったな……」
最初は、軽い気持ちでネット小説を書いた。学生の頃からライトノベルが大好きだったし、絵は上手くない。文字でなら書けるんじゃないか、というだけの話だ。よくある経緯だと思う。
まずは試しに短いのを書いて、投稿して、しかし目立った反応はなかった。当然と言えば当然だし、さほど気にも止めなかった。素人だし、初めてだし、こんなもんだと。
ここから人気が出て本になった作品も既に多くあったが、そんな領域に自分が最初からいると思うほど俺は自信家ではない。
ちょこちょこと短編を書いて、やがて少し長めの連載に挑戦した。
当然俺は苦戦したが、投稿した後から手直しが出来ることもあって、試行錯誤しながらも完成をみた。しかし、それと同時に俺は悟ることになる。
ライトノベルが好きだっただけの俺に、天才的な文才はないのだ。
「それで公募に出したんだっけか……」
ネット小説での経験から書くことにも多少慣れた頃。上手く、素早く書くことは苦手だし、時間をかけて作った作品を公募に応募しようと思った。なになに大賞、というあれだ。
早速作業に取りかかった。俺の満足いく作品にするんだ、そしてそれを世に出してやるんだ。努力してきたんだ、俺ならやれる。
情熱を燃やして、高みを目指してひたすらに努力した。書くだけじゃない。尊敬する作家が何故面白いのかの研究も欠かさなかった。
思い返せば、なんて愚かで無意味な情熱だったんだろう。そんなもんより鼻緒の切れた下駄の方がまだマシってレベルだ。
とにかくだ。情熱のままに筆が乗って誤字脱字が増えたりもしたが、そういった修正も込みで楽しくやっていたものだ。ちまちました作業だが、細部にこそ神は宿ると信じ、悩んで苦しんで寝る間も惜しんで書いていた。
小説を書いているというよりも、答えは既にあって、そこに辿り着く最も美しい軌跡、緻密な計算式の方を作り上げているという方がしっくりくる程度には頭を使って書いていたように思う。
当然、最後には俺の望むような形に仕上がった。濃密な時間を重ねただけの甲斐はあったし、達成感もあった。これが俺の作品だ、と胸を張って言える作品を完成させることが出来た。そう。出来たのだ。
「なのに……」
俺は突沸した怒りに任せ、再び机を叩いて立ち上がる。
「なのになんで認めようとしねえんだ!」
人生で最も誇れるその数ヵ月を、俺は公募に出した。かけた時間の量と厚みを思えば自信があったし、自分の努力には妥協も偽りもなかったと言える。
だが、結果は落選。初めて出したにしては好成績だったのだが、俺は結構落ち込んだ。一区切りついたことで疲れが出たことも重なり、しばらく筆を置いたくらいだ。
「……ちっ」
その時の最優秀賞受賞作が、俺の部屋の本棚にはある。落ち込みこそすれ、僻むほどひねくれていなかった当時の俺が、参考にしようと思って発売日に買ったからだ。
端々が擦りきれたそれをおもむろに手に取る。表紙には著名なイラストレーターによって描かれた美少女キャラ。人気を博したこれは次々に続きが刊行され、再来月辺りからはアニメも始まるらしい。
気に入らなかった。なんたってこの作品、つまらないのだ。
ページをめくる。冒頭部からして面白くない。なんなんだよ。こんな貧困なボキャブラリーで表現されたゴミみたいな作品が受け入れられて、なんで俺のはダメなんだよ。
買った当初から、何度も何度も読み返した。信じられなかったから。こんなつまらない作品が俺の作品より優秀だなんて、受け入れられなかったから。
ブックカバーをしないで読んだせいでもうボロボロだ。本棚の位置が悪いせいで、日焼けもしている。
「ふん、それくらいがお似合いだ」
くだらない。絶対に俺の方が上手いのに。色眼鏡を抜きにしたって、絶対にそうだと言い切れるのに。
元の位置に戻す。その右側には、同じ作品の続きが最新巻まで並んでいた。一巻に比べれば大したことはないが、どれもこれもそれなりに傷や汚れがある。
「つまんねえんだよ……」
落選した作品はネット小説として投稿した。これを読ませるのに絶対に金を取ろうとは思ってなかったから、無料で読ませることに抵抗はなかった。
だが、自信作だったそれはそのサイトの中でもそこそこ人気、という域を出ず、さらに落ち込んだ。職場でも体調が悪く見えたようで、空気が読めないことで有名な後輩に本気で心配されたほどだ。そのおかげで少し立ち直ったが。
熱狂的なファンがいてくれて、俺の描きたかった世界を隅々まで解ってくれる人がごくごく少数ながらいてくれたことは救いだった。元気の出るような温かい感想をくれる彼らがいなければ、俺は今頃小説を書いたりしていないだろう。
「……読んでくれる人、いるしな」
呟き、少しだけ晴れたイライラを無理に抑え込んで執筆に戻る。そろそろ発散しないと、溜め込んだ感情が爆発して取り返しのつかないことをしでかしそうだ。それこそつまらねえから、近い内に気晴らししねえと。
そうやって自分を上手くコントロールしながら現在進行形で書いてるのは新作だ。公募に出した時に返ってきた評価を元に、長所は伸ばし、短所は減らすよう留意しながら少しずつ書き進めている。
……ただ、これも気に入らなかった。前作と同じように緻密に計算しながら書いて、読み手の受ける印象も極力考慮に入れて、自分の今の力を総動員して積み上げる。そうした結果、俺の新作はあの時の受賞作のようになっていったから。
解ってる。つまらないという苦痛に耐えながらも必死に褒められる点を探し出して参考にしようと努力したのだ。そういうカラーが多少なり出てしまうのは仕方ないことなのだ。それは解ってる。
それでも気に入らなかった。感情が優先してしまって。俺の作品を、俺自身の手で汚している気がして。新作は俺の作品なんだと胸を張って言えない。……いや、言いたくなかった。
だから消した。このシーンも一からやり直しだ。結局俺はちまちまと作ってくことでしか作れないし、そうすればいずれは納得いく形にも出来る。出来るはずなんだ。一度やり遂げた俺なら。
「クソが。何年かかるんだよ」
何年かけたところで、賞を取れて人気作になれるとは限らない。読んでくれて、解ってくれる人はいるだろうが、そんな熱烈なファンは決して多くはない。
イラつくばかりで見返りなんてほとんどない。生活してかなきゃいけないのに金が入るわけでもない。仕事との両立だって楽じゃない。
なんでこんなつまんねえことしてんだ俺は。バカじゃねえの。
「今日はもうダメだな」
気分が乗らねえし、ストレスも溜まってきてる。今は無理をしたら危険な時期だから今日は寝よう。そう考え、文章を保存してパソコンの電源とデスクライトを切って部屋の明かりをつけた時、スマホが鳴った。
「んだよ」
これから寝るってのに。確かに大人が寝るにはまだ早いと言える時間だが、このご時世に電話してくるってのはよっぽど急ぎの用だ。……コイツを除けば。俺は電話をしてきた人物の名前を確認して、電話に出た。
「はい」
『もしもし?』
高校時代からの女友達からだった。精神年齢の成長は女性の方が早い、というのが俺の認識なのだが、コイツには通用しない。大した用事じゃないくせに電話してくるしな。多分今日もそうだ。
『あのさ、貸して欲しいラノベがあるんだけど』
ほら見ろ。そんなことで電話するな、なんてことは言うだけ無駄だから俺ももう言わないでさっさと用件を済ませにかかる。
「どれだよ」
『あのー、なんか来期にアニメやるやつ』
一瞬、心臓が締めつけられるような錯覚を覚えた。不機嫌やイライラをぶつけるのは流石に八つ当たりというもので、俺はもうガキのつもりはない。平静を装って、タイトルを読み上げて確認を取る。
『そうそれー』
喜ぶでもなく、あって当たり前だと言わんばかりの声音。実際、俺の家に遊びに来た時に見た覚えがあったから貸せと言い出したのだろうが、それがより俺の心をささくれ立たせた。
『どこまであるー?』
「……全部ある。七冊」
『そっかー。アンタも好きだよねー』
「……はぁ?」
思わず威圧するような疑問系が出てしまったのは、仕方のないことだと、不可抗力だと思いたい。彼女は俺の声色に気づかなかったか、普段と同じあっけらかんとした調子で続ける。
『ラノベ。今でも書いてるんでしょ?』
「あ、あぁ……」
『仕事して、合間に書いてるのに読む暇もあるんだもん。よっぽど好きなんでしょ』
「…………」
俺はそれに即答出来なかった。今も好きなのか。書くのはぶっちゃけ辛い作業の繰り返しで、今は楽しいなんて思えない。読むのだって、研究の為がほとんどになってきている。
答えに窮した俺を気にも留めずに彼女はペラペラ楽しそうに近況を語った。放っておけば勝手に話してくれる彼女の性格は、普段はウザいことこの上ないが、今日ばかりは助かった。
ひとしきり話して満足したか、彼女はいつ受け取りに来るかを決めて電話を切った。
「……ラノベが好き、ねぇ」
そんなの、遠い昔、学生の頃の話だ。今はなんか違う。ラノベはもしかしたら自分の職業になるかもしれない分野で、研究対象で、ライバルみたいなもの。……楽しいとか趣味とか、
「今はもうそんなんじゃ……ねえよ」
暗転したパソコンの画面に、自分自身の顔が映り込んでいた。疲れの色を見せるその男から心を読み取るように、俺はじっとその瞳を覗いた。当然、彼の心なんて読めるわけがなかった。
つまんねえって毒づきながら、イラついて雄叫びを上げながら、自分を疑いながら、認めない連中を心で睨みながら、自分の時間を削りながら、俺は今も書いている。
書いて。消して。書いて。消して。書いて。消して。三歩進んで二歩下がるような鈍さで、気に入らない俺の新作は完成度を上げていく。その度に、俺は時間を費やして神経をすり減らしている。
これをあと何回繰り返せば、俺と素直に向き合えるんだろうか。
もう一度本棚に目を向ける。
何回も何回も読み古したライトノベル達の背表紙が丁寧に整理され、綺麗に揃っていた。ほぼ一杯になっている本棚がニヤニヤと俺を見つめている気がして、俺は目を逸らした。
「……ちっ」
明日も書くか。
作者の納涼です。
自分で決めた題材ではなく与えられたお題の中で書く、というのをやってみようと思ったのが始まりです。
意外と身近な感じになったと思いますが、これが出来るまでにいくつかの作品がボツになっています。それっぽい冒頭を書いてみて、保存して並べてどれにするか選ぼうと思ったのですが、その時画面に「あと何回繰り返せば」というタイトルの書きかけがいくつも並ぶことになり、「これだ」と思い至りました。
なんだかんだ、ボツにしたのを書いてた時間も含めて合計の作業時間は5時間ほど。私の短編はことごとく数時間以内で完成しているので、緻密とは程遠いのかな、なんて書いてて思いました。