一度きりの平穏に、永遠の孤独を。
ジャンルは「恋愛」「ファンタジー」になります。
「はあ……」
私は、溜め息をついた。辺りは今、見渡す限り美しい草原。そう、今は。
「退屈ね……」
私は、人間の夢の中に住んでる。天使、と言ったら解りやすい?心に傷を負った人間や大きな悩みを抱える人間を、この、眠った人間の理想の形になる夢の中で癒してあげたり、お告げをしたりするのがお仕事。
冒険小説や、ロールプレイングゲームのストーリーを想像してみて。神秘的な天界の住人が、主人公が寝ている間に伏線混じりのアドバイスを送ったりするの、見たことない?そんな感じ。
「誰か来ないかな」
この場所は、あらゆる人間の世界と繋がっている。科学が発展している世界、剣と魔法が発展している世界、自称魔王に支配されている世界……それら全ての世界から、天の助けが必要な人間がここに来る。けど、最近は誰も来てくれなくて退屈だった。
「……あっ」
なんという偶然か、私が退屈だと呟いた瞬間だった。久しぶりに、それが来る。空間が歪んで、誰かが現れようとしていた。私の中に、その人間の情報が流れ込んでくる。
「シオンって名前の男性……典型的な勇者かあ……魔王に侵略されて平和を失って……あ、なんか魔王を倒しにいく途中で深手を負ったからこっち来るんだ。これはアドバイスくらいしてあげないとよね」
周りの風景も変わっていく。シオンの理想、彼の心が安らぐ風景に。レンガ造りの家々、鳥達が羽ばたく、青く澄んだ空、まさにのどかな風景そのもの。多分だけど、平和な頃の彼の世界の景色だ。……ただし、人間はいないけれど。
辺りがすっかり彼の理想になり、私も服装をちょっと天使っぽい格好に変化させる。白系よね、白系。
そして、歪んだ空間から眠った状態の彼、シオンが現れる。シオンはこちらの世界で目を覚まし、まず自分の身体に傷が無いことに驚き、そして辺りを見回した。
「ここは……?」
「気がついたようですね」
ちょっと丁寧に、高潔さをイメージした話し方。あまり得意ではないけど、少し無理してでもそれをする。
「……天使……?」
「察しがいいのですね。私はエル。ここは、貴方の理想が反映される世界」
「俺の、理想……?」
「はい。この景色……貴方はこれを取り戻したいと願うのでしょう?勇者シオン」
「どうして俺の名前を?」
シオンはきょとんとした。この瞬間がたまらない。私、今最高にかっこいい演出入ってる。私はそれを表には出さず、シオンの疑問も無視して続ける。
「貴方は大きな傷を負い、何かを求めてここへ来た」
「俺は、何も求めてなんかない」
「嘘は、つくだけ無駄ですよ」
意味深な、見透かしたような発言。ありがちで、頭が良さそうな、いかにも天界人といった言葉だけど、正直なところ彼の望みが何かまでは解らない。
私の心や知能、感性は、限りなく人間に近い。彼らの話や悩みを聞いてあげて、彼らの身になって考えてあげられるように。つまり私は、ほとんど人間と言っていい。
「お見通しってわけか……」
シオンは勝手に勘違いしてくれている。人間というのは、雰囲気やイメージに簡単に騙されるものだった。
「なあ、エル。……しばらくここにいていいか?」
「ほう……理由を聞きましょう」
「俺は……なんの為に戦ってきたのか、解らなくなっていたんだ。さっきの戦いでも、それが迷いになって負けてしまった」
この世界は独自の時間の流れを持っているから、彼が納得するまでここにいても構わない。きちんと元の時間に戻してあげられる。
「いいでしょう」
ただイレギュラーだったのは、そんなことを言い出す人間は初めてで、それはつまりここで私と彼が2人きりでしばらく生活するってことで……。
「なんだ?顔が赤いぞ?」
「な、なんでもありませんっ!」
彼に心を見透かされたようで、狼狽えてしまった。つい、少しだけ素が出てしまう。対してシオンは、私の頭を軽く撫でた。
「堅い口調、慣れてないんだろ?楽にしてくれよ。その方が可愛い」
「な、なななな!べ、別に無理してなんか!……で、でもまあ、貴方がそう言うなら……そうするけど」
「ああ。そっちの方がさっきより全然可愛い」
「~~~っ!もう!知らないっ!」
「なに怒ってるんだよ……」
「怒ってない!」
なんでこんなに、ドキドキするんだろう。こんな、初対面のやつに!そうだ、馴れ馴れしく頭なんか撫でてくるから驚いただけ!そうに決まってる!
こうして、私と彼の一時的な共同生活が始まった。
シオンは、よく働いた。この世界では私が自由になんでも変えられるのだから、私に言えば食事だって簡単に用意できるし、場所の移動だって1歩も歩かないで済ませることも出来る。
でも彼は、基本的に自分の身体で動きたがった。曰く、「何もせずにいるのは落ち着かない」とのこと。
そして私はと言えば、初めて男の人と共同生活を送るってことで、緊張したり、どうしていいか解らないことがあったり、精神的に大変だった。
「ふぅ」
「今日もトレーニング?」
「ああ、エル。剣は毎日振らないと。1日サボると取り返すのに3日かかる」
「そう。それで、そろそろお昼ご飯の時間だけど」
「あっ!ここは街から大分離れてるし……エルも腹減ったろ?空腹の女の子を歩かせるわけにもいかないし、今日はさすがにお前の力を頼るか……」
「いえ、その……」
「…………?なんだ?」
この理想の世界ですら、出来る限りのことを自分の力でしようとしている彼のために何か出来ないかと私は考え、自分なりの答えを出していた。
けれど、踏ん切りがつかない。彼を目の前にすると緊張して、呼吸も上手く出来なくて、言いたいことも素直に言えない。それでも私はなんとか勇気を振り絞り、背中に隠していたバスケットを差し出した。……目を見るのは恥ずかしくて、そっぽを向いてしまったけど。
「はい!これ!」
「なんだこれ?」
「さ、サンドイッチよ!」
「もしかして、俺のために作ってきてくれたのか?」
「勘違いしないでよ!貴方が自力で物事をやろうとするから、私もちょっと感化されただけよ!ただの気まぐれなんだから!」
「そ、そうか。……ん?てことはもしかして手作りか?」
「そうよ!悪い!?」
「いや、すごく嬉しい。ありがとな」
そう言って彼は私の頭を撫でる。彼の手の感触に私の心拍数は上がり、私に向けられる彼の笑顔が見えると恥ずかしさでつい目線を落としてしまう。
「初めてだったから……味は保証しないわよ」
「まあ、とりあえず食べてみるよ。いただきます。……うん、美味い!本当に初めてか?」
彼は心底美味しそうに、私の初めての手料理を食べてくれた。私はそれを恥ずかしくも嬉しい思いで見ながら、絆創膏を貼った左手を後ろに隠した。
1週間ほど経った。シオンも、そろそろ迷いを断ち切ろうとしているようだった。元の世界へ帰る時が近付いている。
「俺は向こうの世界で、こんな平和でのどかな景色を取り戻したい」
「ええ、それは解ってる」
「ここに連れてきてもらって、エルとしばらく平和に暮らしてみてさ。それが迷いのない俺の気持ちだって気付けた。ありがとう」
「ふ、ふん!別に私は私の仕事をしただけだし」
いつも通り、人間を元の世界に送り出す。シオンにはやるべきことがあって、私はそれを邪魔しちゃいけない。
それは、解っているつもりだった。だから、私自身が一番驚いていた。
(シオンと……離れたくない……)
いつしか私は、彼に惹かれていた。もしかしたら初めからかもしれない。けれどその想いは強くなっていて、この期に及んで私に未練を残した。
「ねえシオン」
「ん?」
私は、何を言おうとしているの?ダメよ、そんなの。
「ここで、もう少し暮らしてもいいのよ?ほら、ここは貴方の理想の世界で、自由だし平和だし、貴方が戦って傷つくことも」
「エル」
「っ!……ごめんなさい」
何を言ってるの?そんなの、許されるわけない。シオンにはシオンの暮らすべき世界がある。きっと向こうで彼を待つ人だってたくさんいる。止めたりしちゃ、いけない。
「いいんだ。エルが俺のことを心配してくれてるのは解る」
「はぁ!?別に心配なんかしてないわよ!」
どうしてこんな時まで素直になれないのか。私が素直になれないばかりに、シオンには嫌な思いをさせてきたはずなのに……。
「エル、頼む。俺を、元の世界へ」
「……ええ」
私は、こちらの世界と彼の世界と繋げる。シオンが現れた時のように歪んだ空間の向こうには、横たわるシオンと、それを必死に看病する女性の姿が見えた。
「っ!」
……そうよね。シオンを想ってくれる女性はいるのよ。私なんかより、ずっと素敵な人が。……胸が、痛んだ。
「エル。ちょっとこっちに来てくれ」
「……?」
私はよく解らなかったけれど、言われるがまま彼のすぐそばへ。
私は、突然抱き締められた。え?え?なに?狼狽える私の耳元で、シオンが優しく囁いた。
「独りでここに残しちゃって、ごめん。……寂しい思いをさせる」
「ぁ…………」
彼には、解っていたのだ。私が彼に行ってほしくないことも、独りでこの世界に暮らしてきたことも。そして、これからもそうであることを。
私は、彼にバレないように少しだけ口角を上げた。
「バカね。私はずっとそうしてきたのよ?今さら寂しいもなにも無いわよ」
「そ、そうか?本当に大丈夫か?」
「大丈夫もなにも、私はこの世界から出られないもの。そんなに心配なら、キスの1つでも置いて」
「……解った」
「えっ?」
私の唇が、彼に奪われた。初めて味わう感触。私の中を、彼の熱が満たしていくような錯覚。少しの快楽と大きな喜びとで、腰が抜けそうになる。
「んっ…………」
「……これで、許してくれるか?お前を独りで置いて行ってしまう俺を」
私は彼に背を向けた。自分の意思では、何故か溢れてきてしまう涙を止められなかったから。今、私の涙を見られたら、彼の気持ちにまた迷いを植えてしまうかもしれないから。
「許してあげるから、さっさと行きなさい」
「……ごめん」
「早く行けって言ってるでしょ!」
「ああ……さよなら、エル」
私は最後まで、シオンの方を振り返ることはしなかった。
何分そのままでいただろう。シオンは完全に向こうへ帰り、私は彼の望んだ平和な世界に、また独りで残された。
「…………なんでそんな酷いことするの……?」
膝の力が抜け、崩れ落ちる。私は悔しくて、やり場のない怒りがあって、柔らかな土を握るしかなかった。
「好きな人にキスなんてされたら……忘れられるわけないじゃない……!酷いよ……」
確かに、言ったのは私だ。そんなに心配なら、キスの1つでも置いていけと。けれど、本当にされてしまったら、彼への想いが強くなってしまう。
「私を置いてかないでよ!独りは嫌!いやぁ……!」
慣れきっていたはずの孤独。これまで私にとっては単なる日常だったそれは、彼のせいで変わってしまった。
独りは寂しくて、誰かにそばにいてほしくて、でもそれは叶わなくて。誰かと暮らすのが、あんなに幸せだなんて。
「帰ってきてよぉ!独りにしないで!……せめて……貴方を忘れさせてよ……!」
誰かと暮らす幸せなんて、知りたくなかった。こんなに辛い思いをするのなら、幸せを知らなくても孤独で退屈な日々でよかった。彼はもう、ここには来ない。私が誰かと暮らすことなんて、もうない。
「大っ嫌い!貴方なんか大っ嫌い!バカ……シオンなんか…………嫌いだもん……」
シオンの願った平和で不幸のない世界に、私だけが残された。
泣き叫ぶ私だけが、残された。
作者の納涼です。
ハーレム系の主人公と言いますか、やたらとモテる主人公が「今回一度きりの出番しかない女の子も虜にする」というイメージから、残される女の子は可哀想に感じたのが始まりです。
エルのような立場のキャラクターであれば、仮に恋心があっても主人公には悟らせずに、最後まで笑顔で送り出すのでしょう。今回は少しだけエルには素直になってもらいましたが、誰にも見えない舞台裏で涙するキャラクターも多いのかなとは思います。
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