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桜花

作者: 杏里

咲き誇る赤い花々の間

一人と一匹は進んでいく

かつてここでは大きな戦があった


フラウリア王国。女王アデル・ローザンヌ一世率いる大軍事国家。国力最盛期を迎え新たなる資源を求め各地へと侵略戦争を展開。各部隊からなる圧倒的数量によって連勝を重ねていた。

対するは小国、桜花之国。小国といえど険しい山間部に位置し他国にみられない独自の戦術。城の構えにより難攻不落と言われる国だ。

侵略を進め遂に桜花之国まで迫った皇国軍。強大な軍事力を持っているとしてもなるべく消耗は避けたい。さらに相手は難攻不落といわれた桜花之国。賢明なるアデル・ローザンヌは桜花之国へ和睦条件を申し入れた。だがそれは完全なる属国としての隷従。資源や税をギリギリまで搾取される内容であった。誇り高き桜花之国の人々は侮辱と受け、その場で使者を斬殺。

されどこれを聞いたローザンヌ一世は怒り、両国の決戦は避け難いものとなった。



時は決戦前夜。

とある旅人が桜花之国へと訪れた。

「身分証明できるものは?」

「あー…えっとやっぱいりますよねぇ…その、なんというか落としたというか盗られたというか…」

「持っていないとうことか。怪しい奴め、即刻去れ!」

「いやいやいやいやちょ、ちょっと待ってください!今水が無くなっちゃって野宿とか無理ですって!そろそろちゃんとしたとこで寝たいし!」

「我が国は戦時中だ。そんな時分に得体の知れぬ者を通すわけにはいかぬ。」

「そこをなんとか…明日にでも総力戦なんでしょう?隠さなくても辺りにはもう知れてますよ。今更情報入っても大所帯の皇国軍じゃそんなに早く動けないでしょうし。こんなギリギリに密偵なんかこないですよ。ちょっと水を拝借して明日の朝には立ち去ります。それとも桜花之国は旅の者を見捨てる非情な気質でしたか…」

「な、なんだと…ッ」

「なるほど、それは聞き捨てならんな。」

門番としつこく食い下がる旅人。その間に一人の女性の声が響いた。

「朔さま…!」

「見張りご苦労様。おもしろい話が聞こえてな。…確かにこの者のいう通りだ。だが戦前ゆえ宿屋もなにも営業していない現状でな。しかし仁義を重んずる桜花之国の品格を疑われることはあってはならぬ。私の屋敷になら案内できるがそれでも良いか旅人よ。」

艶やかな黒髪を持つ長身の女性がはきはきと答える

「ええ…それはもう。ゆっくり寝れるなら。つい失言を、失礼しました。」

「ははっ!戦前夜というのにゆっくり寝る、と。面白いな。名は?」

「ナサニエル・ハートリー。ナトと呼んでください。あと…もう一人いるんですが大丈夫でしょうか?」

そう問うた男のマントから一匹の獣がひょこと顔をだした。


「ほー…立派なお屋敷ですね…」

ナトが連れてこられた先は巨大な平屋の屋敷だった。

「さっきの対応といいサク…さん?ってもしかして偉い人ですか?」

「あぁ、名乗りが遅れたな、如月朔だ。朔でいい。それほどではないが桜花の軍の一隊を率いている。さ、こちらの離れは客用だ。好きに使って良いぞ。」

「わ、ありがとうございます。」

「では、私は明日の準備がある故失礼致す。」


朔と別れ、とりあえずナトは街へ出てみたが。やはり大戦前ということで街は静けさに包まれていた。

「…これは買い出しは期待できないかな…この街の地形的に最終的には籠城に持ち込むだろうし。」

『寝れるだけ良い。明日の朝には去るのだろ。速く戻って寝るぞ』

そう言ってふわぁと白い獣はあくびをした

「だね、でもこの桜花之国には千年桜という伝説があって…聞き込みもしたかったんだけど。直接姫に聞いた方がはやそうだ」

『…また、面倒なことに首をつっこむつもりか…良い。主はぬしだ。好きにしろ』

獣は相変わらず面倒そうに返事をした


翌朝、最高の気分でナト達は目覚めた。久々の風呂、ふわふわの寝床。これまでにない爽快な朝に二人はゆっくりと伸びをした。廊下へでると朔の気遣いにより最低限の食糧や水、さらに握り飯の用意が置いてあった。

「これはありがたい!サクさんいい人だ!」

『水も食糧も貴重であろうにな。で、結局今日どうする』

「うん。今日の戦で桜花が勝てばフラウリアは一時撤退を余儀無くされると思う。フラウリアも桜花攻略に割ける資源や労力もそろそろ限界のはずだ。ま、それで一気に片そうと今日に兵器も持ってきているみたいだけど。」

『新兵器というと明らかに桜花に不利だ。それで、この国に加担する必要あるのか』

「ははっ、サクさんに一食一飯の恩もあるし。ちょっと気になることもね…ま、とりあえず…」


「お姫様に会いにいこうか」



明朝。

薄ぼんやりとした朝霧の中。両軍は桜花之国最前線。霞平原にて激突。開戦をむかえた。戦力的に不利な桜花であったが。霧にまぎれ平原各地に仕掛けた罠による多彩な戦術により優位を保っていいた。しかし、ようやく晴れてきた霧の向こう。現れた【それ】に桜花軍の本陣はざわついた。

「姫様!隠の者から伝令です!敵軍フラウリアの先鋒隊に巨大な砲台を確認!計四門!新兵器かと思われます!」

「なん…じゃと」

本陣の中央、艶やかな衣を纏う女性が翳りの表情を浮かべた。彼女こそ、この桜花之国の領主。桃花姫であった。遠国へきこえるその美貌と豊かな文化的才能によって桜花之国を発展に導いてきた。されど政治、軍事に疎く。今回の戦の退き際を見極められずにいた。

「やはり総力を投入してきたか…。姫、ここはまずあれらの砲台を奪取もしくは破壊しないかぎり光明は見えません。隠の者を動員して…」

「そのようなことしておる時間などない!破壊する前に全滅する!」

ドッ…ガー、ッン!

地に響く轟音。

「伝令!某兵器から発射を確認、此方へ着弾しました!裕に平原をこえてきています!」

繰り返しとなるが桜花之国は地形を利用した作戦や単騎の戦いを得意としている。今回も様々な仕掛けにより有利にを保っていたがこの従来の砲撃より大幅に飛距離が向上し平原を超えて此方へダメージを与えられれば戦術など通じずなす手はない。

「くっ…手詰まりか…どうする…」

誰もが狼狽したそのとき場違いな声が響いた

「えっとお困りのようですね。助っ人登場、みたいな」

バッと総員声の方向へ向く。そこには巨大な狼を従えた一人の男が立っていた。

「魔狼…フェンリル…だと!?貴様、…」

「僕たちのこと知っているなら話ははやいね。奴らの新兵器はなんとかしよう。おそらくあの兵器には相当な金をつぎ込んでいる。兵器がなくなってしまえば皇国も戦争を続けることは困難だろう。」

「な、なんなのだ突然!そ、そもそも我らに加担したとしても汝らにメリットなどないだろう!何が目的じゃ!」

「そうだね、じゃあ交換条件を出そう。トウカ姫。僕はあるものを探していてね。聞きたいことがあるんだけど…」


前線、朔隊。

「恐れるなッ砲撃などあたらん!戦線を下げるな!桜花精鋭の力を見せろ!」

敵味方入り乱れての白兵戦。乱れ舞う刃の中朔は必死に声をあげる。これほどの近距離なら砲撃があたることはないのだが新兵器の出現に動揺する臣下を収めようと声をあげる。しかし必死の鼓舞も虚しく徐々に戦線は押されつつあった。

「くっ…このままでは…」

いくら朔が武術に秀でていたとしても多勢に無勢。すでに数太刀をうけながら。応戦することにも限界があった。臣下が次々と倒れる中もはや決死を覚悟したそのとき

ズ、

突然、辺りが闇に包まれた

ギ…ガガガガガンッ

何かがへし潰される音。次々と上がる火の手。炎に照らされ浮かぶ巨大な影。それは一匹の狼であった。太陽と月を喰らう魔獣、フェンリル。

彼の者の真の姿を見たものは敵味方違わず呆然とただその神話の存在を目に焼き付けるのみ。

魔獣が全ての砲台を破壊し終え、とたん世界には光がもどった。なんて眩しいのだろう。朔はぼんやりとそんなことを考えていた。

「…さん…サクさん、大丈夫ですか?」

はっ、と我に戻ると目の前には昨日の旅人。記憶では彼は朝には去ると言っていた。というとこれは夢か?幻か?

「…なぜ…ぬしが……」

先ほど突かれた肩口が今になってジクジクと疼く。この痛みは、現実だ。

「お世話になりました。貴女に一言いいたくて。」

どこか寂しそうな笑みを浮かべて旅人はいう。

「ありがとう、さようなら。」

薄れゆく意識の中そんな言葉を聞いた気がした。


新兵器を破壊され戦意を失った皇国軍はなんとか立て直そうとするもうまく行かず撤退。旅人の予想通り和平を提案してきた。最初とはまるでちがい、桜花之国にかなり有利な条件。皇国が一刻も早くこの戦を集結させたいと考えていることは明らかであった。桜花の要望もほとんど通り。戦略的としては桜花の勝利となった。しかし大国との決戦というだけあり失ったものも多いのが戦の常。弔いの意をこめ桃花姫は平原に多くの花を咲かせたという。偶然にも平原に咲く花は一様に赤くなり。それはまさに燃ゆり散る人々の命とでもいうのだろうか。



これがこの平原に咲く花の由来。

嘘か本当か。君はどう思うだろう。そしてこの歴史は何を語るのだろうか。

自嘲ぎみに笑い男は歩みを止めた。



真紅の平原に一迅の風が吹く




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