坂井野乃花
「日良様! 咲希様のとこでも勝手に来ちゃダメですって! 日良様になんかあったら、ノンは……」
日良が和輝の服を見ていると、幼い叫び声が聞こえて来た。やがてその声の持ち主が走って来て、そのまま日良に後ろから飛び付いた。
背中ほどまでの暗い茶色の髪は、ふわんと可愛らしく広がっている。少女はかなり幼い顔立ちをしており、最早幼女と呼べるほどであった。しかし大きな瞳に、幼い子供のような輝きは映っていないのであった。
「もう帰りますから、来なくったっていいですよぅ」
少し拗ねたように、日良は背中の幼女を引っぺがした。
「可愛い子。こういう子にお兄ちゃんって呼ばれたいな」
その様子を眺め、無意識に和輝は呟いていた。
「は!? 何を言っているんですか! 変態です! 日良様! こいつ変態です!」
和輝の言葉を理解してはいなかった。しかし和輝の表情と言い方から、幼女は日良に必死に訴え掛けた。
「ななな、何を言ってるのだ! 変態! 変態! 変態!」
やがて咲希も同じように変態と叫び始めた。その幼女と咲希は、一斉に非難の言葉を浴びせ続ける。
「あははは、やはり面白い人です。野乃花、この人と結婚でもしたらどうですか? 毎日楽しそうですよ」
そう微笑んで日良は、軽く和輝の方へと背中を押した。
「嫌です嫌です嫌です! 絶対に嫌です! いくら日良様のお言葉でも! ぜ~ったいに嫌です!!」
ジタバタと子供っぽく暴れていた為、和輝は更に喜んでしまっていた。アニメ好きの彼は、多少ロリコンな要素があるのだから仕方がない。
「そうだぞ日良。この変態が調子に乗るからやめろ」
二人の言葉を聞いて、日良は羨ましそうに笑顔を浮かべた。楽しそうだと感じ、日良は本気で結婚を進めていた部分もあった。
「そんなに言わなくったっていいじゃないか。それに、男が変態で何が悪い」
少し凹んだ、かと思ったら和輝は胸を張って言った。そんな言葉に様子に、その場にいた全員が一瞬は驚いた。
「ノンは悪いと思います! 変態は悪いです!」
やがて再び必死の非難を始めようとした。しかし、咲希は違った。
「にゃははは。私はもう、そこまで言えればいいと思うぞ。ああ、面白い」
咲希は、腹を抱えて笑い始めた。初めてだったからだ、こんな風に言う奴は。抑々咲希は、顔色を窺って来ない人自体殆ど会ったことがなかった。だからそうゆう奴が好きだったのだ。
「そういや、名前聞いてないんすけど」
さすがに照れ臭くなり、和輝は頬を掻きながら言った。何とか少しでも話題を逸らそうと考えたのだ。
「そうでした? 私は山崎日良といいます。それで、彼女は坂井野乃花です。あなたは、三村和輝様でいいんですか?」
微笑みを取り戻し、日良は優しい声で名乗り始めた。
「えっあぁ、はい」
頷いて、とりあえず日良と和輝は握手をした。するとそれに対し、野乃花が反応した。
「日良様! ノンの名前教えないで下さいよ! それに! こんな変態に触っちゃいけません! 変態がうつるから早く帰りましょう!」
野乃花は無理やりに、日良を引っ張って出て行った。その姿を、和輝は見えなくなるまで眺めていた。