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1 (一)

 二学期も10月の終わりになると、涼しいというよりは肌寒い風が吹く。日向にいる限りはぽかぽかと心地良く、冴えた風さえ頬にちょうどいいくらいだ。

 こんな日和に屋上に来るなんて、渋い選択だ。三橋を褒めてやってもいいが……。

 三橋は完全に時間を忘れている。

 時刻は三時限目開始三分前。今日は特に時間にルーズでいい日ではないので、様子を見に来て正解だった。

 彩子がそっと顔色をうかがうと、ここに居ることの言い訳のように、三橋は口を開いた。

「きっと迷子になってるんだぜ。

 あいつ、頭でも打ってさ、パァになったんかもよ」

「なによ……、それ?」

 胸までの柵に肘をつく三橋は、正面を見据えている。見下ろす先の正門から目を離さない気らしい。

「迷子だったんだろ? 登校第一日目。

 始業式の翌日、始業二分前」

 主語がなくても、会話はちゃんとつながる。

「そうそう。職員室はどこですかって、飛び出してきた時にはびっくりした」

「あいつはさ、方向音痴なのを物覚えの良さでカバーしてるだけなんよ。絶対余計な気苦労が多いんだぜ? だから白い顔して痩せこけてるんだよ。

 あっちこっちに気ばっかり回して、お人好しってのも、過ぎると只の小心者だよな」

 彩子は苦笑を堪えて、うんうんと相槌を打ってあげた。

 全然素直じゃない。こと騎道に関しては、複雑屈折で拗ねている。三橋にこんな態度を取らせてしまうほど、二人は『親友』なのだろう。

「お互い、只の小心者にならないように気をつけようね」

 ぽんぽんと、肩まで叩いてしまう彩子。

「早く来ないと遅れるわよ。次の英文法」

 きっぱりすっきり、もう一人の小心者を置き捨てて、彩子は階段を駆け降りていった。

「……あんだよおぉ。全然心配してないわけ?」

 低くぼやいた。

「まあね、裏も表もみんな知ってりゃ、考え込むこともないだろうけどさ。蚊帳の外に置かれてた人間としちゃ、色々悩みが多いんだよね」

 ムカつくのは駿河の態度だ。わざわざ『10月18日の事後の解説』めいた真似をしてくれた。お互い彩子を挟んで、顔を合わせれば犬猿の仲だ。それが急に態度を変えられては、親切というより、異様としか受け止められない。

「やっぱり騎道の奴、締め上げるきゃないんだろーなぁ」

 やだねぇ。また彩子ちゃんにどやされるぜ?

 内心怯える。でも……。

「おともだちの心配をしてナニが悪いっ!」

 秋風に一声、三橋は吼えた。



 立て続けのあくびに、駿河はボタンをかける手を止めた。パチパチと頬を掌で叩く。それでも切れ長の目尻は下がり気味。他人には見せたくない顔だ。

「もう嫌だからな。夜中の二時起きで仕事なんざ、二度とできんぜ」

 次は断ると言い切れない間瀬田は、運転に専念するふりで聞き流した。横柄な物言いは、二人の間では普通の会話だ。長い付き合いになるので、年齢や立場の上下関係は表向き無いに等しい二人だった。

 間瀬田は、グラビア・モデルと学生を両立させる駿河の有能なマネージャー兼、駿河の母親が経営する探偵事務所の調査員。といった立場を飄々と楽しんでいるのだ。

 肩肘張らずにすむ相手だから、駿河はなんでも間瀬田に話せる。相談ではなく、話すだけで十分なのだ。

 駅近くを通過する六車線の国道は、かなり空いている。

 十時前という中途半端な時間帯のせいか。

「このままマンションに帰りますか?」

「いーや。今日は行く。あと一時間、我慢するさ」

「そういえば、今日からでしたね。騎道さん」

「楽しみでさ。三橋とどう修羅場ってるか」

 密閉された車内でもやや肌寒い。ワイシャツのボタンは開けたままだが、先に制服を羽織った。野外のフォトセッションの後、車で移動しながら着替えるのは癖のようなものだ。だらだらと現場にいるのは苦手だ。

「気になりますか?」

「気になるね。早いとこ、彩子から引き離したいぜ」

「賀嶋さんには報告を入れたんですか?」

「あの野郎、ヘーキな声で『彩子の勝手だ。俺はどうすることもできない』だってさ」

「自分から解消した以上、当然のセリフでしょうが、賀嶋さんらしいですね」

「痩せ我慢さ。傍迷惑な」

 思い出すと、苦々しいものが込み上げてくる。

 彩子を頼むと駿河に言い残したのは、賀嶋の方だ。

 駿河と彩子は物心ついた頃からの幼馴染みだ。賀嶋が二人に割って入ったのは、大した差ではないが幼稚園から。

 婚約というのも、親同士の生まれる前からの口約束程度のことだった。けれど、駿河が歯がみするほど、彼等二人に強い絆が生まれていたのだ。

『じゃあ彩子が誰にからまれよーが、つきまとわれよーが、いいんだな。

 お前の代わりに、三橋やら秋津やらを追っ払う役目は、降りてもいーんだな!

 もう一つ、俺のものにしても……』

『おまえ居るんだろ? 例のロングヘアの』

『いいのか悪いのか、答えろ!』

『……何度も言わせるな……!

 彩子がそれでいいなら、いいじゃないか。祝ってやるよ。相手が誰だろうと』

『祝ってやるなんて、太っ腹なことをよく言えるな。

 形だけ解消して、それでも彩子はついてくる。そんなつもりの自信があるんだろうが、今度は雲行きが違うぜ!?

 騎道は半端じゃない。マジになったら、思った通り突っ走る奴だ』

 そういう奴が彩子の側に居て落ち着いていられるのか!?

 つまらない意地を張るのは、誰の為にもならない……!

 遠回しの脅しは、無意味だった。

 国際電話で人生相談をする気はない。次の奴のセリフで、駿河は受話器を叩き付けるように会話を切った。

『……自信なんか、とっくに無くしてるぜ……』

 頼みの賀嶋は言葉通りに身を引いた。それが駿河を苛立たせる。ならば、誰が?

 この先、勝気に見えても、いつか崩れて彩子は臆病な大人になってしまうだろう。駿河や賀嶋たちが魅かれてきた、生気に溢れる輝きを永久に失ってしまう。

 誰かが、彼女を支えなければならない。今すぐに。




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