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十二話

「まことに、まことに申し訳ござりません!」

「いやいや、楼主どの。頭をお上げ下さい。たいしたけが人も出なかったことだし、お気になさらず」

 菊之介がなよ竹の座敷に着くと同時に、やっと腰が立った楼主と内儀がそろって詫びに来た。廊下に額をつけるふたりに、菊之介は首を振りふり頭を上げさせる。

 聞くところによると、燕之助は支払滞納のため讃岐屋から登楼を止められたあげく、親父殿から勘当を言い渡され、信濃の叔父のもとへ奉公に出されることになったらしい。過ぎた放蕩による自業自得なのは明らかだが、燕之助はそれを逆恨みした。

 自分を振ったなよ竹への恨みをつらねていると、当のなよ竹が新しい馴染みを見つけた、しかも金持ちのうえ役者のような色男だ、と耳にし、いよいよ恨み骨髄に達したという。

 かくなる上は、公衆の面前で男に恥をかかせてやろう、ちょっと刃を突きつければ腰を抜かして無様に泣きわめくだろう、そんな男の情けなさになよ竹はきっと幻滅するに違いない、と考え、ごろつきを雇い自分は高みの見物としけこんだのだそうだ。

 馬鹿な男だね、と吉原雀は嘲笑したという。


 卯花が片肌脱ぎの龍次の腕に血止めの膏薬を貼り、上から布を巻く。

 なよ竹は出格子に座ってそのようすを見ていた。

『わっちゃあ、この人の心意気に惚れたまで』

 さっき燕之助にきった啖呵は、嘘ではない。

 その相手が、若旦那ではないというだけだ。

 やがて手当てが終わったらしく、龍次は衣服を整えた。それを見計らい、なよ竹は菊之介を含めた三人以外を部屋から出し、簡単な食事と酒だけを注文した。遊興も今日は必要ないと念を押す。

 確かめたいことがあるのだ。

「さて、と」

 ふすまを閉めたなよ竹は、あらためてふたりに向き直った。

「おふた方、なにかわっちに隠していることはありんせんか」

 ふたりはとたんに様子がおかしくなった。

 龍次はもう整った衣紋をなんども直し、菊之介は禿に淹れてもらった茶をわざとらしくすすっている。だがお互いに目配せしあっているのは明白なので、さらにたたみかけた。

「菊さまは商家の総領なのに、いっそ腕が立ちんすね。まるで龍次を護る用心棒のように見えんした」

 なよ竹は()()をかけてみた。普通ならば失礼にあたる台詞だが、勝算はあった。

 果たせるかな、菊之介は湯呑みに口をつけたまま、かたまってしまった。そのまま動かない。

 そのようすを横目で見ていた龍次は、とうとう白旗を揚げた。

「あー、もう止め止め。バレちまったか」

 するとそれまでしゃっきり座っていた菊之介の身体から、見る見るうちに力が抜けていくのがなよ竹にもわかった。まだ半分以上中身の残った湯呑みを戻して、大きなため息をついている。

「本当のぬしゃア、あんたでおすね?」

 なよ竹は龍次の目の前に座った。

 真正面から目を見据えてたずねると、龍次は、

「いかにも。俺が菊と替わったのさ。菊の方が見てくれからして若旦那って風貌だろう?」

と、開き直ったようすで答えた。たしかにそうだ、となよ竹は心の中でうなずく。

「でも、なんで分かった?」

「なんとなく、雰囲気からして菊さまの方があんたに遠慮してるというか、気遣ってる感じがしんした。こないだもよろけたあんたを菊さまがとっさに助けたし、今日だってわざわざお声をかけて、いっそ奉公人に対する口調じゃありんせん。逆にあんたときたら、それが当たり前って調子でふんぞり返っていんす。おおかた、菊さまに無理を強いたんでありんしょう」

 そう、いつも菊之介は龍次を気遣っていた。

 失礼な口を叩くとその場をまるく収め、よろければ支え、刃を向けられれば全身でかばう。

 いちおう龍次も従うかっこうはするものの、土壇場になるとうっかり菊之介の手を借りてしまう。きっと、幼少のころからそうしてきたのだろう。いったん習慣づいたものは、そうそう簡単になおせはしないものだ。

 なよ竹が腕組みをしてにらむと、龍次は苦笑しつつ、

「まったく、おいらんには何もかもお見通しで」

と、茶化した。

「あんたね、どういうつもりで……」

 あきれ返るなよ竹と龍次の間に、菊之介が割って入ってきた。

「なよ竹どの、あまり若を責めないで下さい。若はあなたが気に入ったのに、派手に道中したり大尽だいじん扱いされるのがいやで、自分で揚げておきながらわたしと入れ替わることにしたんです。従者に扮すれば、あなたも気負いなく若と話せるだろうと。そうやって本当の、ありのままのあなたを見たかったのです」

「おい、菊。妙なこと言うなよ。俺ァ別に……」

「いいえ、だいたい若旦那扱いされるのもいやがって、番頭さんまでもかついだじゃありませんか。まったく、照れ屋というか、天邪鬼というか……」

「はい、そこまで!」

 なよ竹が手を打つと、ふたりの男は不毛な言い争いを中断した。

 龍次は子どものように唇をへの字に曲げ、菊之介はしょんぼりと肩を落とした。その対比がおかしくて、なよ竹は笑いをこらえるのに難儀した。

 やがて、おずおずといった調子で菊之介が口を開いた。

「なよ竹どの。その……だましてすみませんでした。手代の分際で、あなたと、その……」

 やましいことはないとはいえ、床を共にしたことを申し訳なく思っているらしい。

 頬をうっすら紅潮させ、ひどく言いにくそうに言葉をにごらせる菊之介は、若旦那のふりをしていたときよりもずっと好感が持てた。うそがつけない、真っ直ぐな人なのだろう。

 なよ竹はくすりと笑い、廓言葉をくずした。

「菊さまも、いたずらが過ぎる旦那に振り回されて、さぞお疲れだったでしょう。これからはあたしの前でだけ素でいらっしゃると、ずいぶんと気が楽になるわ。でも表向きは菊さまが馴染みだから、いちおう茶屋や見世にはふりだけしておいて下さいな」

「なんだ、まだ菊のことはさま付けか。なら俺も『龍さま』って呼んでくれよ」

 龍次がむくれて横槍を出してくる。なよ竹はわざとあごを逸らし、

「あんたは呼び捨てで十分。今さら呼べやしないわよ」

と言ってやった。

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