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暁斗・わけ

 ピチョーン。

 

 点滴の音で、目が覚めた。そんなもの、聴こえるハズないのに。

 

『とうとう倒れたか……』

 

 この所、やけに体がだるかったし、胃がものすごく痛かった。とにかく、もう調子が悪かったんだ。

 

 

 病院なのはすぐに分かった。点滴・鼻チューブ、丁寧に尿管まで入れられてて、病院以外のドコだっつーの。 オレのベッドは大部屋の廊下側みたいだ。外は明るいし、人のざわめきから考えて、昼? オレ、どれだけ寝てたんだ? 

 

 

 何度か看護師がきて、検温とかチューブのチェックとかしていった。つらつらとしていたら、正宗がやってきた。

 

 

「あ、気がついてる。よかった」

「たっき、目ぁさえたんだ(さっき目が覚めたんだ)」

 

「ふっ、チューブのせいでしゃべりくいんだ」

「(みたいだね)」

 

 正宗は着替えや荷物を配置しながら、夜は伯父さん、朝は伯母さんがついていてくれたことを教えてくれた。正宗は学校があるから、昨日は無理やり家に帰されたらしい。

 

「胃潰瘍だって聞いた?」

「(うん。さっき、看護師さんに聞いた)」

 

「潰瘍が大きかったから、ドバっと出血したんだって。もうちょっとで手術しなきゃならないトコだったんだよ」

「(はあ……)」

 

 なんだか実感が沸かないが、胃潰瘍がここまで大変だとは知らなかった。

 

 ……と、

 急に大変なことを思い出した。

 

「(今日、何日?)」

「え、九月三十日だけど」

 

 あーーー。今日は回収日じゃないか。

 

「なんだよ、今日、何かあるのか?」

「(……回収日なんだ)」

 

「え?」

「(借金取りが、金を取りに来る日なんだ。……それ払わないと、道場が、つぶされる)」

 体を起こしたいのに……ダルくて思うように動けない。

 

 

「あー、だめだ動くなって」

 

 正宗に肩をがっちりと押さえられてしまった。見かけ反比例な体育会男子に、押さえ込まれてしまっては、身動きできるハズもない。息がきれる。

 

 

「あのなー、おまえ、いい加減にしろよ」

 

 正宗の澄んだ目が真剣に怒っていた。じっと、こんな風に正面から見たのは初めてだ。茶色のまつげが上下に震えた。

 

「どういう理由があるかしらないけど、冷静に考えてみろ。まず、そんな状態で、どこかに行けるわけないだろ? 行っても用をすますどころか、病院にすぐ舞い戻ってきちまうのが関の山だ」

 

 うっ……その通り。

 

 

「そんな時はな、誰かに頼むしかないんだよ。お願いしますってな。……この場合は、俺しかいないだろ」

 

 そ、それが出来たら、こんなコトになっていない。……オレは人に頼む、ってことが出来ない性格なんだ。

 

 

「人に頼みごとをしたり、借りが作れないヤツはな、頼めないような雰囲気の家庭で育ったんだよ」

 

 頼めない雰囲気?……確かにそうかもしれない……が。

 

「小さな子どもの頃から、親が忙しかったり、しっかりしていなかったりで、こっちの要求を聞いてくれなかった経験があまりに多いと、子どもは、もう頼まなくなるんだ。自分でしたほうがいい、がっかりする事もないし、傷つくこともなくなるから。

 

 けど、それがあまりにも過剰になると、必要な時にさえ人に頼みごとをする、ということが出来なくなるし、タマに何かをやってもらうと非常に居心地が悪くなるんだ。慣れてないからね」

 

 

 オレは目を伏せた。思い当たることだったから。

 

 

「暁斗、おまえ、このままでいいって思っているわけ?」

 

 オレはかぶりを振った。

 

「(ただ…… 師匠を助けなきゃ、と思って……)」

「師匠? 剣道場の師匠のこと?」

 

 うなずく。

 

「(道場は経営がうまくいってなくて……借金をしてらしいんだけど、その返済をしないと、道場はなくなってしまうんだ)」

 

「だからって何で未成年のおまえが? 師匠がそんなこと暁斗に頼んだのか?」

 

「(ううん。母の死んだことを報告に行ったとき、借金取りが来て…… それでオレ、家にあった金かき集めて、持っていったんだ。……師匠は、いらない、って返そうとしたんだけど、回収屋は、それを横から取っていったんだ。

 

 師匠には、いつか絶対に返すから、もうこんなコトは止めてくれって言われた。

 

 だけど、どう考えても返すアテなんてないんだよ。オレはもう、自分の持ち金はなくなってしまったし、母さんの貯金は伯父さんに言わないと出ないだろ? 働くしかないか、って思ったんだ)」

 

 

「確かに、こんな話、オヤジが許すわけないしな。暁斗はそのこと分かっていたから、誰にも言わずに行方をくらましたんだな」

 

 

「(うん。最初はガテン系で働こうとしたんだ。学校にも行けるから。……でも、体が持たなくて…… どうも、あの頃から、あんまり調子よくなかったんだ)」

 

 正宗は何かを考えているような間を置いた。

 オレは続けた。

 

「(ホストは割りがいい、って聞いたんだ。……確かに給料はいいけど、精神的にキツい。歩合制だから、だんだん金に汚くなっていくんだ。働いてるヤツも客も、どっちもどっちなヤツばっかり)」

 

 

「……どうやって師匠に金を届けてたんだ? 受け取ってくれなかったんだろ?」

 

「(現金書留で送ってた。いくら使わないって言っても、手元に金があったら、使わないでいるのは不可能だ、って思ったから)」

 

「おまえは…… そういうコトは、きっちり分かるんだな」

 

 なんだか哀しそうな瞳をすると、正宗はオレの額に手をふわりとのせた。

 

『え?』

 

「もう、休め。師匠んトコの様子、後で見に行っちゃるから」

「(でも)」

 

「いいから。ちょっとは俺を信用しろ、つーの」

「(……うん)」

 

 

 なんだろう。

 

 正宗の手から出る、さらさらしたものを感じていると、すごく安心してきた。そういえば、最初の立会いした時もこんな感じだった。

 

 気持ちいい……

 

 オレはいつの間にか眠ってしまった。

 


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