第八話 最初の危機
「…てことで入寮式が終了したわけだが。」
先ほど入寮式を終えた僕たちは、割り当てられたばかりの僕の部屋に集まっていた。ちなみに和羽さんたちは入寮式の間だけ自分の部屋に戻っていて、終わりと共に僕の部屋へやってきた。
「なんつうかショボかった。」
備え付けの椅子の上で胡坐をかいた唯月が心底つまらなさそうに口に尖らせている。
「確かに思ってたよりは大したことなかったね。」
入寮式と言うぐらいだからもっと物々しいものを想像していたが、実際は新入生の顔合わせと軽いオリエンテーションがあっただけで実質1時間程度で終わってしまった。ガチガチに緊張しながら式に臨んだ僕からすれば、ものすごく肩透かしをくらった気分だ。
「まあ、入寮式は寮生活での注意点とか決まりごとなんかの諸々を簡単に説明するだけだし、大したことはやんないわよ。」
「入寮式は予行練習、本番は入学式と考えたほうがいいでしょう。」
上級生である二人はベットの上に腰掛ながら呑気にそんなことを言っている。そうならそうと事前に説明してくれればいいのに…。
恨み言の一つも言ってやろうかと思ったが飄々と受け流されるだけなので心の中に留めておいた。
「それにしても…やっぱり女の子しかいなかったッスね…。」
入寮式の様子を思い出して僕は少しげんなりする。講堂に集まった二百人以上の新入生全員が見事に女子ばかりだった。四方全体を女子に囲まれることなんて生まれてこの方一度もなかったので、もう生きた心地がしなかった。女装して参加していること考えると尚更辛い、いつバレるかと冷や冷やものだ。そんな四面楚歌の状態でも、唯月だけは式の間中爆睡していたが…。
「そりゃ女子校なんだから当たり前でしょ、入学式なんか在校生も参加するから倍以上よ?」
うっ…そう言われるとまた胃が…。
「こればっかりは慣れるしかないですから。」
お腹を押さえて蹲る僕を尻目に可憐さんは他人事のようにそう言う。相変わらず冷めてるとゆうかクールな人だ。
可憐さんは慣れだと簡単に言うが、僕からすればそこが一番の問題なのだ。 今日女の子の集団を見ていて思ったのだが、基本的に男の集団とはノリが違っているっぽい。
なんて言えばいいんだろう、表面的にはニコニコ笑っているのだが、腹の底では牽制し合っている感じがした。
生徒の大半が金持ちのお嬢であることも関係しているんだろうけど、それでも根本にある『女子の性質』ってのは変わらないはずだ。
女子校に通うってことをちょっと簡単に考えすぎてたかもしれないな…。
「万が一男だってバレたら、そこに待ってるのは『社会的な死』だからね。 細心の注意を払って行動しないと地獄を見ることになるわよ。」
和羽さんは唇の端を上げる彼女特有の笑みを浮かべながら、追い込むように脅しをかけてくる。
この人がこうゆうサド的な笑みを浮かべるのは、決まって僕が困っているのを楽しんでいるときだ、全く持ってタチが悪い…。きっと和羽さんの心は奥底から捻じ曲がっていることだろう。
この悪魔め…。
「さ~てと、荷物の整理も残っていることだし、さっさと部屋に戻りますか~。」
脅すだけ脅して満足したのか、和羽さんは楽しそうに声を弾ませながらベットから立ち上がった。少し乱れていたスカートを手早く直すと、横に座っている可憐さんの方を振り返る。
「可憐はもう自分の部屋の片付け終わってるんでしょ? だったらついでにあたしの部屋の片付けも手伝って。」
「それは本来自分でやるべきことなのでお断りします。」
さも当然のように部屋の片付けを手伝わせようとする和羽さんだったが、可憐さんは至極全うな意見を言って断っていた。
それに対し、和羽さんは少し首を傾げて見せ、いかにも困ってますと言う様な表情を作る。
「あたし一人じゃ今日中に終りそうもないのよ…心優しい『オトメ』な可憐ちゃんが手伝ってくれると、ホントに助かるんだけど…。」
そう言って流し目をするようにチラッと可憐さんのほうを見た。なんて露骨なんだ…さすがにこんなゴマスリに乗せられる人などいないだろう…。そう思って半ば呆れながら可憐さんのほうに目をやる。
「そう言われると断れませんね、仕方ない、手伝いましょう。」
ものすごく簡単に乗せられていた。
可憐さんって基本的にしっかりしてるけど、こうゆう露骨な褒め言葉的なものにはとことん弱いんだよな…今も乙女って言われて頬が緩んでるし…。純粋で乗せられやすい彼女の将来が軽く心配になってきた。
「さすが可憐、話がわかるわね。」
可憐さんの肩をポンポンと叩きながら和羽さんはにこやかに笑っていたが、僕のほうをチラッと見たときにはまるで詐欺師が獲物を捕らえたかのような底意地の悪い顔をしていた。
もう僕はなにも言うまい…自分に矛先が向かないようひたすら祈っていよう…。和羽さんに関してはすでに諦めの領域に入っているので、僕にはもうどうしようもなかった。
「プッ…ククッ…。」
僕の隣で二人の様子を黙って眺めていた唯月だったが、不意に口を押さえながらなにやら肩を震わせ始める。
「オトメっ…オトメって…ブフッ!」
どうやらさっきの『オトメ』発言がツボに入ってしまったらしい、声を殺し必死で笑いを堪えている。
ああ~…これはあれだ、毎度のやつが来るな…。
もういい加減パターンが読めていたので、唯月に気取られないようごく自然に距離を取る。
次の瞬間にはスパーン!!とゆう小気味良い音と共に、唯月の身体が椅子ごと床に倒れていた。
唯月の頭に命中したスリッパが、ブーメランのように跳ね返って持ち主である可憐さんの手に戻ってゆく。今回は履物を飛び道具として使ったらしい、素手のみじゃなく色々と多彩な技を持っているようだ。
可憐さんは床に倒れ伏した唯月の腕を無造作に掴むと、ズルズルと引きずってドアのほうへと歩いて行く。
「紗月様、私は和羽様の部屋にいますので、なにかありましたら携帯で呼び出してください。」
そう言って小さく会釈して、可憐さんはそのまま和羽さんと共に部屋を出て行った…もちろん唯月とゆうおまけつきで。
「そして僕は一人になった。」
三人が部屋からいなくなった後、何とはなしに独り言を呟いてみる。なんとなく侘しい気分になった。
たぶん部屋が広すぎるせいだろう、改めて部屋の中を見回しながら僕はそんなこと思う。
広さ約20帖の部屋にオシャレなシステムキッチン完備でおまけにバルコニー付き、そのうえ寮の大浴場とは別にユニットバス式のシャワールームまで一部屋づづ完備されている。一介の学生寮にしてはいささか豪華すぎる造りだ。さすがはお嬢様学校と言われるだけあって、こうゆうところにもお金が掛けられているらしい。
ん~…でもやっぱり家具が少ないとなんか物足りないな~…。
今部屋にある家具と言えば、備え付けの机とベットくらいだ。 それ以外には僕が持ち込んだ着替えなんかの簡単な荷物しか見当たらない。とりあえず食事なんかは寮の食堂があるからいいけど、やっぱりテレビやパソコンとかぐらいは自分の部屋にほしい。
まあいいか…明日には実家から必要な荷物が届くように可憐さんが手配してくれたらしいし、それまで我慢すればいいだけの話だ…。
「ハァ…特にやることもないしシャワーでも浴びて寝ようかな…。」
色んなことがありすぎてかなり頭がパンク気味だ、お風呂にでも入ってちょっと休みたい…。夕食の時間まではまだ余裕があるし、少しぐらいなら仮眠を取っても大丈夫だろう…。
ぼんやりとそんなことを考えつつ、タオルと着替えを取り出そうと荷物の入ったカバンを開ける。
…ってオイ、なんだこれ、服も下着も女物しか入ってないじゃん。
カバンの中には何かヒラヒラのフリルがたくさん付いた下着や、やたらと丈の短いスカートなどが大量に入っていた。中身を全てひっくり返してみたが、やっぱり男物の服は一切見当たらない。
クソ…またハメられた…。
これもきっと和羽さんの罠の一つだ。荷物は可憐さんが用意してくれたものだから完全に油断しきっていたけど、まさかこんなところにまで彼女の手が及んでいるとは思いもよらなかった。
もういい、こうなったら女物でもなんでも着てやろうじゃないか。
もはや何もかもがどうでもよくなった僕は半ばヤケクソ気味に着ていた制服を脱ぎ捨てる。部屋の中で全裸の状態になると、なぜか知らないが妙にテンションが上がってきた。
おおすごい…!! 今なら何でもできそうな気がするぞ…!!
「よしっ!! まずはこの超絶セクシーランジェリーを着てやるぜっ!!」
バトル物の主人公っぽく宣言しながら、スケスケのティーバックを高々と掲げてみる。その瞬間、ガチャッとゆう何かの開閉音がどこからともなく響く。
「すみません、姫野和羽さんがこちらにいらっしゃってると…き…いて…。」
それと同時に、なにやら女の人の声まで聞こえてきた。
あれ…なんだろう…今すごい近くから音がしたような気が…
下着を掲げたまま首だけを動かして、音の発生源と思われる部屋の入り口へと目を向ける。
するとそこにはポカンとした表情のまま固まっている見知らぬ女性の姿があった。
「こんにちわ。」
とりあえず目があったのでチョコンと頭を下げつつ挨拶をしてみる。
「えっ…あ、こんにちわ。」
女性は一瞬呆気に取られたような顔したが、すぐに挨拶を返してくれた。
挨拶をされたら必ず挨拶を返す、それは対人コミュニケーションにおいて初歩的な事柄であり、もっとも重要な部分でもある。最近の若者は挨拶すらまともにできない人も多いからな、この人はその点を心得ているようでとても好感が持てる。
んっ…?ちょっと待って…なんかおかしくないか?
なにか強烈な違和感に襲われて思わず頭を捻った。
部屋の中をグルッと見回してみるが特におかしいところはない。となると別のなにかがあるとゆうことになるわけで…。
違和感の原因が掴めず思案に暮れていると、不意に部屋に置いてある姿見が目に入る。そこに映し出されていたのは全裸で下着を掲げている僕自身の姿だった。
ああそっか、すっかり忘れてたけど今の僕ってマッパなんだった。
ようやく原因がわかってスッキリした。素っ裸で立っていれば、そりゃあ違和感も覚えるはずだ。合点がいったところで、改めて訪問者である女性のほうに目を向ける。
「…………………。」
「…………………。」
全裸の僕とガッツリ見詰め合う一人の女生徒。
あれ…?良く考えたらこの状況ヤバくね…?