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第六話 晴天の霹靂

「タチの悪い冗談はやめてよ…。」


ため息を吐きながら、僕は抗議の意味も込めた視線を和羽さんに送る。


「そこまで手の込んだ冗談をやるほどあたしも暇じゃないっての。」


そんな僕に対して和羽さんは肩を竦めてみせながら、A4サイズほどの用紙を投げて寄こした。 何かはわからないがとりあえずそれを手にとって見てみる。


「それ見ればさすがのあんたも、あたしの言葉を信じるでしょ。」


用紙を開いて一番最初に目に付いたのは、強調するように太字で書かれた『合格通知』の四文字、その下にはご丁寧に『聖鳳女学院』とゆう学校名まで記載されている。


あっ、ちゃんと僕の名前が書かれてる、それに校印まで押してあるじゃん、てことはあれか、本物か。


「………………。」


もう驚きを通り越して言葉も出てこない、まさかこんなものが出てくるなんて夢にも思わなかった。 正式な書類が手元にある以上、和羽さんが言ってることが事実であると認める他ないだろう。


いや、でも待て、まだ諦めるのは早い。


「僕もう進学先決まってるんはずなんだけど。」


つい二ヶ月ほど前に入試を受けて(もちろん普通の学校)、ちゃんと合格通知を貰い必要な書類も提出したんだ、今更どうこうはできないはず…。


「ああそれ辞退しといた、ついでにこっちの入学手続きも済ませといたから。」


ハイ積んだ、完璧にチェックメイトです。


「なんて余計なことをしてくれたんだ…。」


これで僕の希望は潰えた…もはや道は残されていない…。特に悪いこともせず普通に生きていた僕になぜこんな試練が与えられたのだろうか…もし神様ってやつがいるのなら僕は言いたい…『てめえ、調子乗ってんじゃねえぞ』と…。


死刑宣告とも言える合格通知を握り締めたまま、目を閉じて天を仰ぐ。


「へぇ~、お前女子校に通うのか。」


そんな僕の背後で能天気な唯月の声がした。横を見ると、ソファーの後ろから顔だけ出した唯月が僕の手元にある書類を覗き見ている。

いつの間に復活したんだ…てかあれだけのダメージを受けたのによく平然としてられるな…。


「よっ、と…。」


唯月はさっきまで地面に突き刺さっていた人間とは思えないほど軽快な動きでソファを飛び越えると、そのまま僕の横に腰掛けた。そこでなにを思ったのか、僕の肩をポンッと叩き、片手の親指を立てて見せる。


「まあ頑張れよ、オレは応援してるぞ。」


爽やかにサムズアップを決めた状態で僕に満面の笑みを向け、ものすごい無責任な励ましの言葉を掛けてきた。


この野郎…人事だからって好き勝手なことばっかり言いやがって…。


胸の中に沸々と湧き上がるドス黒い感情、これが俗に言う『殺意』ってやつなんだろう…今なら衝動的にヤッちゃったって人たちの気持ちが少しだけわかるような気がする。

思わず顔面に一発入れてやろうかとも思ったがやめて置いた。 どうせ避けられるだろうし、喧嘩だと万に一つ僕に勝ち目はないからだ。


「それにしても女子校かぁ~お前も大変だなぁ~。」


僕が反撃しないでいると唯月は更に増長した様子で、馴れ馴れしく肩まで抱いてきた。普段だと僕に対してあまり優位な立場に立てない唯月は、こういうときここぞとばかりに攻めてくる。


「女だらけの空間に男一人で放り込まれるなんて考えただけでゾッとするなぁ~オレには無理だわぁ~。。」


「そう、だったら二人で入れば問題ないってことね。」


際限なく調子に乗る唯月に対して、和羽さんが笑顔でサラッとそう言い放つ。 それと同時に僕のと全く同じ紙袋と例の書類を取り出して唯月の前に置いた。


「おい、これってもしかして…」


「唯月の制服と合格通知よ、ついでに用意しといたの。」


「ハァ!?なんでオレの分まであんだよ!?」


まさか自分の分まで用意されているとは思っていなかったのだろう、唯月は焦った様子で和羽さんに詰め寄ろうとする。その動きを制するように可憐さんが割って入り、唯月の動きを制した。


「落ち着いてください、唯月様。」


「ぐっ…。」


さすがに可憐さんを押しのける勇気はないようで、唯月は大人しくその場に留まっていた。 ついさっき蹴り飛ばされたばかりだから無意識のうちに自制心が働いたのだろう。

唯月が静かになったのを確認すると、和羽さんは何事もなかったかのように話を続ける。


「唯月は完全にあたしの独断でやったことだから嫌なら別に断ってもいいけど、あんたは何があろうとうちの学校に入ってもらうわ、それが…」


和羽さんは一拍間を置くように途中で区切り、僕の方を真っ直ぐに見据えたままその言葉を口にした。


「…それが『お祖父様』の意向であり、あんたに対する命令だから。」


「…っ。」


和羽さんが『あの人』のことを口にした瞬間、その場にいた全員が息を呑んだ。 部屋中になんとも言えない嫌な空気が満ち、皆が一概に黙り込む。


「そっか…。」


あの人が関わっているとわかれば、全ての辻褄が合う。

最初は和羽さんの悪ふざけかと思っていたがどうやらそれは僕の思い違いだったらしい。いくら和羽さんでも、性別を偽って女子校に僕を入学させることなど不可能だ。 しかしあの人が自ら動いたのならば話は別、その程度のことは造作もなくやってのけるだろう。僕や唯月、そして和羽さんの祖父は、それだけの力を持った人間なのだ。


「…あの人が言ってることなら仕方ないか。」


あの人の意向に逆らうことは、何があろうと許されない。 全てにおいてあの人は絶対であり、そこに僕の意思など存在しない。 あの人が『白』と言えば、たとえそれが『黒』であろうと『白』になる。

…正確には『黒』を『白』に【変えてしまう】と言った方が正しいか。

社会的にも経済的にもあの人の庇護を受けている僕には、最初から選択肢など与えられるはずもないだろう。


「行くよ…学校…。」


自分に言い聞かせるためにそう呟くと、テーブルの上に置きっぱなしだった制服を改めて手に取った。


「お前…」


そんな僕を見て唯月は何か言おうとするが、途中で言葉を飲み込む。たぶん今ここで文句を言ったところで何も変わらないとわかっているからだ。


「………だあぁーー!!クソッ!!」


唯月は飲み込んだ言葉を吐き出す代わりに大声で悪態を吐いた後、目の前の紙袋を乱暴に引っ手繰る。

それを盛大に破って中の制服を取り出すと、床の上へ思いっきり叩き付けた。


「上等だこの野郎!!こうなったらオレも行ってやる!!」


突然の行動にポカンとする僕の目の前で、唯月はいきなりそう宣言する。


「あの…唯月…無理して僕に付き合わなくても…。」


「うっせえ黙れ!!行くつったら行くんだよ!!」


半ばヤケクソ気味になっている兄に僕の言葉が届くはずもなく、なぜか行く必要のない唯月までが行くと言い始めた。

唯月は妙に頑固なところがあり、一度決めたことは絶対に曲げようとしない。こうなってしまった以上、諦める他ないだろう。僕を気遣ってくれての行動なのはわかるけど、今の状態を見る限り果てしなく不安ではあるが。


「じゃあ二人とも通うってことでいいのね?」


「おう!!」


江戸っ子ばりに威勢の良い返事をする唯月を見て、和羽さんはニヤリと嫌な笑みを浮かべた。

…この和羽さんの微笑みを見るたびに妙な不安感に襲われるのは僕の被害妄想だろうか?


和羽さんはカップに残っている紅茶を上品に飲み干し、ティーソーサーの上に置き直すと、そのまま立ち上がる。


「それじゃ色々準備するから、とりあえず制服に着替えなさい。」


「…なぜに今?」


制服を合わせるだけなら別に今日じゃなくてもいいと思うけど…。


「うちの学校って全寮制だから入学式の前に入寮式があるのよ、だから早く準備しなきゃいけないの。」


「ああ、なるほど。」


その入寮式ってやつがある分、普通の学校より少し早めの時期に学校入りしなくちゃいけないのか、それなら和羽さんが急ぐ理由もわかるな。


「ちなみにその入寮式ってのはいつあるの?」


「今日。」


まさかの当日でした、てゆうか『早め』ってレベルじゃねえ…。


「とゆうわけだから超高速で仕上げるわよ、可憐手伝って。」


「お任せください。」


なぜか嬉々とした様子で準備を始める二人を見ながら、僕は思わずため息を吐いた。何かもう色々あり過ぎてツッコむのすらめんどくさい…。


「あっ…そうだ。」


部屋を出て道具を取りに行こうとしていた和羽さんが、何かを思い出したようにこちらを振り返る。


「たぶん学校着いたら言うヒマないだろうから今言っとくわ。」


そう言った和羽さんはスカートの端を軽く摘んで、どこぞのお嬢様がそうするようにちょこんと会釈してみせた。




「聖鳳女学院にようこそ、九条 紗月くん。」





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