第五話 崩れ去る平穏
「というわけで、改めておはようございます。」
「今更遅いっつうの…。」
深々と頭を下げて朝の挨拶をする僕に対して、向かい側に座る女性が吐き捨てるようにそう言った。
どうやらさっきの一連の流れで相当機嫌を悪くしてしまったらしい、たださえ怖いのに不機嫌そうな顔をするとその迫力は何倍にも増している。
「すみません…。」
そんな彼女に僕はただ縮こまって謝るしかなかった。僕と彼女の力関係上、文句を言うことなんて絶対に許されないからだ。
彼女は可憐さんが淹れ直した紅茶を啜りつつ、また僕の方を一瞥する。 少しだけ何か思案するような仕草を見せた後、何を思ったのか唐突に微笑んだ。
「…まあいいわ、あんたを強請るネタも増えたことだし、今回は特別に許してあげる。」
「ぐっ…。」
いきなり機嫌が良くなったと思えばコレだもんな…。
この人…姫野 和羽は昔からずっとこんな感じで、僕のことを苛めては嫌がる顔を見て楽しんでいる節がある。和羽さんは僕の父の兄の娘、簡単に言うと従姉だ。
子供の頃は親戚で年も近いとゆうことで良く遊び相手をさせられていたが、それがもう陰惨かつ凄惨なものだった。
家の番犬を解き放ってやる『鬼ごっこ』を始め、リアル包丁を使う猟奇描写ありの『おままごと』、鬱蒼と茂った森の中で行う誰も探しに来ない『かくれんぼ』などなど、様々な遊びとゆう名の拷問を受け続ける日々…。
唯月は和羽さんが来ると野生の感を発揮してすぐに逃げ出していたから、それら全てを僕が負うこととなり、結果的に多大なる心の傷を負うこととなった。
そんな少年時代のトラウマからか、今も僕は和羽さんに逆らうことができないでいる。
まあそれはいい、過去のことを思い返してもただ鬱な気分になるだけだし、今大事なのはなんでこの人がうちに来たのかとゆうことだ。
「…それで今日は僕に何の用事があってきたの?」
手早く本題を済ませて早急にお引取りを願うため、僕は前置きもなしにそう和羽さんに尋ねる。
「これをあんたに渡しに来たのよ。」
和羽さんはそう言って足元からなにやら取り出すと、それを無造作に僕の目の前に置いた。
そこにあるのは、デパートなんかで貰うものより少し大きいぐらいの紙袋。 表面にはなにやらメーカーの物らしきロゴが入っているけど、見たこともないデザインでどこの物かはわからない。
なにこれ…見るからに怪しい…。
「中身は?」
「開ければわかるわ。」
不審に思ってそう問い返してみたけど、返ってきた答えは曖昧なものだった。…ただ和羽さんが妙にニヤついているのがやたら気になる。
爆発物か何か…はないか、自分も巻き添え食らっちゃうし…となるとビックリ系?
意表を付いて何かの内臓とかグロ系だったりして…でもわざわざここまで自分で持ってくるか?
中身を予想してみようとするがさっぱりわからない、和羽さんが持ってきた物とゆう時点でなにかあるのは間違いないんだけど。
ここは言われた通り開けるしかないか…いつまでもグズグズしてると怒られそうだし…。
意を決した僕は紙袋を持ち上げると、取っ手に手を掛けて中を覗き込んでみた。
「…………………。」
中身を確認したあと、一旦紙袋の口を閉じてテーブルの上に置き直す。
なんだろう、今すごく見ちゃいけない物を見てしまったような気がする…。別に危険物とかではなく、普通に安全な物なのは間違いない、間違いないんだけど…。
――そんなのありえないよな、うん、ありえない。
何かの見間違いだろうと思い、もう一度紙袋の中を確認してみる…がやはり中に入っていた物は変わらない。
「あの…これなに…?」
「なにって、制服よ。」
制服…そう紙袋に入っているのは確かに制服だ、校章のようなワッペンが胸の部分に付いてるし、これが制服であることは僕にもわかる…が問題なのはそこじゃない。
紙袋の中に入っている制服を引っ張りだして、それを和羽さんにも見えるように広げてみせる。
「あのさ…。」
上下が一体になっているワンピース型の服に特徴的な形をした真っ白で大きな襟、その襟に巻くために添えられている同じく真っ白なタイ。
「…これ、セーラー服だよね。」
「ええ、セーラー服ね。」
『見てわかるでしょ?』とでも言いたげな顔で、可憐さんは臆面もなくそう言った。
わかるけども…僕が聞きたいのはそうゆうことじゃなくて…。
「なんでこのセーラー服を僕に渡すわけ?」
「あんたが着る制服だから。」
あぁ~…ヤバイ…本格的に意味がわからなくなってきた…なんとゆうか日本語がカタコトの外国人と話してる気分だ…。
とりあえず今までの流れを軽く整理してみよう。
和羽さんが家に来た⇒僕に渡す物があると言う⇒セーラー服(僕用)※今ココ
…更に意味がわからなくなった。
あまりの意味不明っぷりに軽い頭痛に襲われて、僕は思わず頭を抱え込む。
「これ結構かわいいでしょ、うちの制服ってかなり人気あるのよ。」
そんな僕を他所に、和羽さんは制服を手になにやら一人で盛り上がっていた。てゆうかあの制服って和羽さんが通ってる学校のやつだったのか…。
もはや理解不能と判断した僕はソファーに背を預けて適当に和羽さんの話を聞き流すことに決めた。
たぶんこれはいつもやってる和羽さんの悪ふざけだ…満足したら帰るだろうし、少しの間だけ付き合うか…。
「どっかの有名なデザイナーがデザインした物らしいわよ、名前は忘れたけど。」
「へぇー…そうなんだー…。」
「それにうちの学校ってよっぽど頭がいいか、相当の金持ちじゃないと入れないからかなり競争率高いし。」
「それはすごいねー…。」
「制服が可愛くてその上選ばれた一握りの人間しか通えない学校ってんだから、そりゃ人気でるわよね。」
「そうだねー…。」
「そんだけレベルの高い学校の生徒になるんだから、あんたも自覚を持って行動しなさいよ。」
「うん、わかったー…ちゃんと考えて…」
…ってちょっと待て、なんか今サラッとすごいこと言ったぞ。さも当然のように言うから一瞬聞き逃しそうになってしまった。
「今なんて言った?」
いきなり身を乗り出した僕に和羽さんは少しだけ驚いた顔をするがすぐにさっきの言葉を繰り返す。
「だから、うちの学校に入学するんなら、それ相応の自覚を…」
「ストップ。」
僕が違和感を感じたのはここだ、間違いない。
「誰が入学するって?」
「あんた。」
「どこに?」
「うちの学校。」
…待て、いつの間にそんな話になったんだ? 全く知らないんだけど?
「…和羽さんが通ってる学校って女子校だよね?」
「うん、女子校。」
やっぱりそうだ、前に聞いたときにそんな話をしていた覚えがある…となると、入学するとか以前にそもそも根本的なことを間違えてるし。
言っておくが僕は正真正銘の男、記号にすると『♂』、漢字にすると『雄』、 立派じゃないけど生えてるもんも生えてるんだ。
世の中には女性の心を持って生まれた男の人もいるけど、少なくとも僕はそうじゃないし、自分が男だってことも自覚してる。 そんな僕が一体どうやって男子禁制の『女子校』に入れるって言うんだ?